第19話

 暮らしている人間の生活音にさえ気を遣っているというくらい、王宮内の厳かな静けさは夜になると顕著だ。


ウィリアムとエリスの報告(決闘騒ぎは隠した)を聞いたトリスティニア国王と大臣、軍人の判断は迅速だった。


 人為的に騒動が引き起こされたのなら、謀反や他国の侵略を疑わざるをえない。各部署の責任者に的確な指示を与えつつ判断に耳を傾けている。


 流石にウィリアムも呑気に寝ていられない。エリス、レイチェルと歩きながら語っているのも責任の証だ。


「怪しいところがないだと?」

「ええ。魔法も薬の痕跡もないの」


 ウィリアムにも魔法の知識はある。魔法は攻撃だけでなく、様々な応用がきく。心を操る、意識を奪う、無理やり動かすということも可能だ。特殊な薬と併用すれば効果は増大する。


「アルラミジだけじゃなくて今までの魔物もおかしなところはなかった。死骸ではあっても薬や魔法の特徴は残るのよ」


 話ながら、レイチェルはウィリアムの成長を実感していた。


姉代わりの贔屓であっても、まだまだ至らない。一人前とは到底呼べない。自分のせいだと不甲斐ないと責めたことは何度もあった。


 けど、トリスティニア王国は一致団結して危機的状況に立ち向かおうとしている。ウィリアムも大人と遜色ない顔つきで、真剣な眼差しで、自分の意見をしっかりと述べている。


 まだ拙い部分はあっても、ウィリアムはもう過去のウィリアムではない。つい最近までの、引き籠もり&人を避けている王子とは別人なのだ。


「ぐす・・・・・・やだ埃が。エリスちゃんはなにか気づいたことある?」


 おもわず感涙したのも、無理はない。


「うん?」


瞼を瞬かせながらきょとんとしている。心ここに非ず、とばかりの反応だ。


「え~っとエリスちゃんが出会ったローブの人って、アルラミジの臭いがしたのよね?」

「うん」

「他になにかなかったかしら? 瞳の色とか、髪の色とか」

「うん」

「そっかぁ。わからないのね?」

「うん」

「ちょっとウィリアム君。こっち」


 ちょいちょいとウィリアムを手招きで誘って、声を潜めてひそひそ話をはじめた。


「ねぇウィリアム君。エリスちゃんどうしたの?」

「さぁな。例のローブ野郎が自分より強いって言ってからあんな様子だ」

「そう・・・・・・・・・おかしいわね。エリスちゃんは格闘術や鍛錬がとにかく大好きでしょ? 強くなるのが大好きでそれ以外どうでもいいくらい。だったら自分より強い人に遭遇したらもっとテンション上がるんじゃ?」


 たしかに。これまでのことを思い返せば、そっちのほうが自然じゃないか?

 エリスはどことなく上の空で、天井のどこか一点に視線を集中させている。どこか憂いがあって、落ちこんでいる。


 なんだか、ウィリアムはあんなエリスが嫌だった。調子が狂ってしまうしどこかもやもやする。


「ねぇエリスちゃん。どうしたの? ウィリアム君になにかされた?」


わざとふざけたことを聞いたのはエリスに対する配慮だろうか。質問を最初にするのは悪意がある。


「ううん。大丈夫。鍛錬のときくっつくと凄い怒ったり動揺すること以外は。レイチェルが教えてくれた思春期特有のやつでしょ?」

「そう。きちんと勉強の成果が出ているのね」


 エリスは暇なとき、レイチェルから一般常識や法律、男女の違いについて教わるようになった。以前トリスティニア国王の前で問題視されてからだ。本当に少しずつではあるが、エリスも変ろうとしているのだ。


 だが、なに教えているのだろうレイチェルは。


「他には? どさくさに紛れておっぱい触ろうとしてきたり下着を見ようとしたり盗もうとしたりないかしら?」

「うん、大丈夫」


仮にも一国の王子が、自分たちの主がそんなことするわけないだろと訴えかけたかった。


「そう。じゃあ他に心当たりがないわねぇ」


普段レイチェルは自分のことをどうおもっているんだろうかと悲しくなった。


「ウィリアムは別になにもない。変なのは僕なんだ」

「変? エリスちゃんが?」


 悩んでいるようで、伝えることがわかっているようで、動作、歩き方はまだるっこくて、とにかくエリスに似合っていない。


「どこが変なの?」

「わからない。どうしてそうかわかっているのに、上手く説明できなくて」


 エリスの瞳にはいつもの熱、元気がない。不安と弱々しさしかなく、普段と違っておしとやかな女の子特有の可憐さが垣間見れて。


 心ならず、ウィリアムの胸がドキンとときめいた。


「こわくなったんだ。すごく」

「「こわい?」」

「上手く説明できないけど、こわかったんだ」


 胸のあたりをぎゅっと両手で押さえるエリスの言葉には、苦しげな顔には実感がある。だからこそ二人は信じられない。このエリスにこわいとおもうことがあるのかと。


(陛下が仰っていたのはこのことだったのかしら)


 エリスは、臆病さがない。恐怖がない。感情の一部を欠落している人間はえてして無茶をしがちだ。


 戦争では一人で大軍に突っ込む。魔法においては危ない研究を平気でする。外交、政においては民や他国のことを鑑みない。それによって手柄をたてることも名を残すこともできるだろう。国を豊かにし、他国より先んじられるだろう。


 だが、周りにいる者はたまったものではない。個人のみが命を落とすことはいい。だが、下手すれば失敗の巻き添えをくうおそれがある。


 恐怖も、ときには必要だ。臆病の元になる。臆病さがあれば、デメリットや不利益を想定する思考の手助けとなる。強さと自信さえあればいいわけではない。


 エリスに足りないもの。トリスティニア国王が指摘していたのは絶対に勝てない相手への、そして自分が死ぬことへの恐怖だった。


「う、うう~~ん?」


 ウィリアムはしっくりきていないようだ。まだ自分のことだけで精一杯なこの王子には荷が重いだろう。 


「エリスちゃん。それはね? 当たり前のことなのよ?」


 レイチェルは、それから懇々とエリスに説いた。まだしっくりきていないようで隣で並んでいるウィリアムと同じ表情なのが微笑ましい。


「とにかく、私達はもっと詳しく調べ――あら?」


 エリスの頭を撫でだしたレイチェルが、訝しげに目を細めた。二人も視線の先を辿ると、意外な人が人目を避けるようにこっそりと歩いてやってくるではないか。


 二人は背筋を伸ばし、臣下としての礼を尽くしトリスティニア国王が通り過ぎるのを待った。ギロリと一睨みし、


「マーリンにも命じたが、魔法とは別の方法を調べよ」

「魔法とは別の方法でございますか? かしこまりました」


 トリスティニア国王は、それぞれに短く命じるとさっさと去っていった。レイチェルは早速命令を実行するつもりで、エリスらに就寝の挨拶をして戻っていった。


「どうしたの?」

「ああ。ちょっと行きたい場所がある。先に寝ていいぞ」


 トリスティニア国王がやってきた先には図書室がある。だが、その図書室に妙な哀愁を覚えた。


「そっか。わかった。じゃあ行こう。僕は護衛だし」


 なにか特別な思い入れがあるのだと察したエリスは当然のつもりだった。

「王族しか入れないんだ」

「じゃあ僕は入り口で待ってる。それならいいだろ?」

「それも無理だ。場所も知られちゃいけない、意味がないんだ」

「??」

「・・・・・・・・・・・・お前、絶対誰にも言わないって約束できるか?」 

「うん。約束する」

「軽すぎて逆に不安だわ。まぁいい。誰かに言ったらお前の首がマジで刎ねられるんだからな。それくらいの重大な秘密だ」

「秘密・・・・・・・・・なんだか面白いね」


 少し表情を綻ばせたエリスに、言ってみてよかったな、と喜びそうになった。

 

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