第10話

 「下ろせ下ろせ下ろせえええええええ!!」


 ウィリアムを担いだエリスは、颯爽と中庭へとやってきた。エリスはウィリアムなんておかまいなしだった。


 とんでもない速さなのもあって、脳が上下左右に激しく揺さぶられ顎がバウンドしっぱなしだったから、地面に足をつけた今も目眩で世界が歪んでいる。


「お・・・・・・前・・・・・・なにしてん・・・・・・だ!」

「だから鍛錬だって」

「誘拐さながらの強引さじゃねぇか!」


 ウィリアムは自分のツッコミの大きさに周囲を警戒する。誰かに気づかれないか、誰か来るんじゃないかと。


「いいじゃん。楽しいぜ? やってみようって」

「なんでお前は俺に鍛錬させたがるんだ! お前は只の護衛だろ!」

「君自身が強くなれば護衛必要ないだろ? 誰かに心配されることも、襲われたときも自分で闘える。良いこと尽くめじゃないか」

「俺はお前みたいに化け物じみた強さなんてほしくねぇよ! 第一、無理だろ俺には!」

「なんでさ」

「なんでもなにも・・・・・・・・・お前みたいにマーリンやグリフを倒せやしないだろうし。それに・・・・・・・・・」

「それに?」

「・・・・・・・・・」


 一人でウィリアムはいくらエリスだからとはいえ、自分の過去を赤裸々に教えられなかった。なにも知らないくせに、とイライラしても。


「やってもないのに、なんで無理って決めつけられるんだよ。大丈夫。人間誰でも最初は素人。赤ん坊だ。僕だって最初は弱かったさ」

「嘘つけ」

「嘘じゃない。だって僕君達に出会う前に師匠に負けたんだから」

「・・・・・・・・・は?」 

「僕は師匠に負けた。それで破門されたんだ」


 それからエリスはウィリアムに自分の境遇を語った。


 身寄りがなく拾われるという子供はごまんといる。金銭的問題や家庭の事情、そして突発的な事故や魔物の襲撃。


 王子にして国政の一端の一端を一応任されているウィリアムにとっては悲しむべきことであってもごくありふれた世界の一部でしかない。


 ウィリアムが驚いたのはそこではない。


「お前でも負けることってあるのか・・・・・・・・・?」

「あるよ~~? 特に師匠には今まで一度も勝てたことがないんだ」


 へへ、と何故か誇らしそうに鼻を擦るエリスだが、ウィリアムには信じられない。


「師匠はね~~? めっちゃくちゃ強いんだ。昔素手で地震をとめたこともあるし、落雷を浴びても無事だったし。若いときは一千の軍を一人でとめたって」


 ゾッとする。話を聞くだけでエリスの師匠という人がどれだけおかしいのかと。けど、このエリスの師匠だというのなら、不思議と納得できる。


「僕も最初は道場で一番下だった。けど師匠みたいになりたくて頑張ったんだ。例えば体を鍛えるために石や竹を殴っても、骨が折れて擦り傷ができるだけだった。でもね?」


 王宮の補修をしていたのか、それらしい工具類が置いてある。まだ作業途中らしい壁の近くには煉瓦や混ぜた粘土入りの木樽が。エリスはそこから煉瓦をひょいひょいひょいと積み重ねて腰の位置まで積み重ねる。


「ハァッッッッッ!」


 鋭すぎてウィリアムの視力では追いきれなかったが、腕が動いたとおもったら破壊音とともに積み重ねられた煉瓦が粉々に砕け、エリスの腕が地面に刺さっていた。


「こんなことまでできるようになった。けど、これでもまだまだなんだ」


 腕を引き抜くと、煉瓦の欠片を拾った。断面に罅が入っている箇所を示して、


「まだ力の加減が上手じゃない。あっちこっちに力が分散しちゃってこんな風にバラバラになっちゃう。もっと腕力と位置とタイミングと素早さ。それから気を練れないと」


「気?」

「そうじゃなかったから、僕は最終奥義を授けてもらえなかった。気を使う技だから。まだまだなんだよ。僕は」


 悲しげに眉が下がった瞳が、憂いを帯びた。一瞬だけ儚げな少女めいたエリスの横顔に胸が高鳴るも、すぐさま火が灯った瞳に射竦められた。


「一緒に強くなろうよ、ウィリアム。格闘術ってね? 強くなりたい、強くなろうって気持ちがあれば誰だって習得できるんだ」


「でも・・・・・・・・・」


 強くないとだめなのだろうか? 弱いのはだめなことか? 情けないことか? 

 エリスに謎の後ろめたさをかんじて、ぽつんと俯いてしまうしかなかった。


「君も変りたいんじゃないの? 弱いままなのが嫌なんじゃないの? だからレイチェルと一緒にあの街にいたんじゃないの?」


 図星だった。


それでも、十年以上こうして生きてきたウィリアムには簡単にできなくて。躊躇してしまって。臆病になってしまう記憶があって。


 いざ一歩を踏みだせても、結局はレイチェルに守られて。エリスに八つ当たりをして。


 わかっている。わかっているのだ。


「ああ! おいお前! 一体なにやってやがんだ!」


 厳つい職人風の男達が使用人達と一緒に戻ってきた。唐突な第三者達の登場で、伸ばし懸けたエリスへの手を引っこめてしまった。


「せっかくあと少しだったのに! どうしてくれるんだ!」


「ああ、全部壊れてる! これじゃあまた買い直さないと明日には間に合いませんよ親方!」


「あれ? 殿下? どうしてこちらへ?」

「う、」


 どうやら明日いっぱいまでで終わるところで、途中経過を直接見てもらおうとしていたらしい。けど、エリスが煉瓦を壊してしまったので明日の作業ができないと。つまりはそういうことだ。


「う、うう・・・・・・・・・」

「ウィリアム!?」


 がやがやと集まってくる人達を前にして萎縮したウィリアムは、逃げてしまった。

 まだエリスに怒っている職人達と今後の作業や賃金の話をしているが、悪いほうで噂になっているエリスも叱責しようというのだろう。どうもそんな気配がある。


「おいウィリアム!?」


「待て坊主! お前どこいくんだ!」

「これは報告せねばなりませんな」


 やっぱり、だめだ俺は。


 取り残されたエリスを連れていく余裕もなく、ウィリアムは泣きそうになりながら逃げるしかなかった。

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