第12話 竜の姉弟

 『天鱗祭』。

 それは『ドラゴニア』で行われる五年に一度の祭りであり、王族の持つ竜の力を国民や他国の者達に知らしめる重要な儀式でもあった。

 三日間は続く、この祭事によって『ドラゴニア』は列強諸国に最強であると再認識させている。


「あと一週間で『天鱗祭』だ。ジョエル」

「陛下、やはり今回は矢面に立つ事は控えた方がよろしいかと思われます」


 城の自室から眼下の国を見下ろす少年――ヴァルダルム・ドラゴニアは外務大臣のジョエルへ向き直る。


「それは、お前の“当て”が外れたからか?」


 ジョエルがジェンダーに依頼を出し、クティノスが出発したと言う報告を受けてから既に一ヶ月と半月。彼らが国境を越えたと言う話すら聞かない。

 そして、一ヶ月前に大陸を横断する、ある飛行船が不運な“事故”により墜落したと言う情報も耳に入っていた。

 

「最強も所詮は“人”だったと言う事だ」

「いえ……クティノスは必ず来ます」

「えらく信用しているな。根拠はなんだ?」

「ジェンダー・フリーが彼の仲介者だからです」


 ジェンダーの名前にヴァルダルムは反応する。


「ジェンダー? あの・・フリー家の小僧か?」

「はい。思い浮かべている者で間違いありません」

「そうか」


 ヴァルダルムは何かを思い出す様に微笑む。


「それならば来るかもしれないな。だが、『天鱗祭』は欠席しない」


 国民も他国も『ドラゴニア』の現状は理解しているハズだ。クライブ前王が殺された事実は隠せる段階を越えている。


「国の威信と国民への安堵。その両方を同時に平定するにはこの身を晒し、国の威光に一変も陰りがない事を見せなければ」

「ご立派です。しかし……それでも陛下の御身が第一でございます。せめてジェンダーが到着するまで延期には出来ませぬか?」

「それは『闇の魔人衆』へ恐れを抱いている事の証明になる。奴らに隙を見せてはならない。絶対に」


 ヴァルダルムは殺された兄とその護衛達の事を思い出し握る拳が強くなる。

 その時、自室の扉が勢いよく開いた。


「しばらく見ないうちに立派になったものだ」


 そこから現れたのは白髪のショートに平民のような服を来た女だった。

 ジョエルは驚きながらも胸に手を当てて女へ一礼し、ヴァルダルムは呆れた様に嘆息を吐く。


「……どういう風の吹きまわしだ?」

「どうもこうもないよ。兄貴が殺されたとあっちゃ家出してる場合じゃないからな」


 不敵に笑う女――セラフィス・ドラゴニアはジョエルに部屋を出るように合図を送るとヴァルダルムへ近づく。


「……なんだ?」

「“なんだ”……か。お姉さま、お姉さまと後ろを着いてきた我の可愛いヴァルはどこへ行ったんだか」


 ぽんぽん、と頭に手を乗せるセラフィス。ヴァルダルムは鬱陶しそうにその手を弾いた。


「止めろ。今の私は『ドラゴニア』の王だ。立場を――」


 すると、セラフィスは小柄なヴァルダルムを抱き寄せた。


「辛かったろう?」


 抵抗しようとしたヴァルダルムはその言葉に力を抜く。


「家族の死は……誰だって辛い。我もだ。お前は泣いたか?」

「……まだ泣けない。王としての責務を果たしてから――」

「今は王じゃなくて良い。今はここに居るのは姉と弟だけだ。ヴァル、我は泣いたぞ。気が済むまでな。だから戻ってきた」


 一人命を狙われる恐怖から誰にも弱音を見せずに立ち振る舞っていたヴァルダルムは家族に抱き締められて初めて安息を感じた。


「……セラ姉さん……クライブ兄さんが……殺された」

「ああ」

「今度は……僕の番かもしれない……姉さん……怖いよ……」

「大丈夫だ。お前の番は永遠に回って来ない」


 セラフィスはヴァルダルムの眼を見て告げる。


「その為に我は帰って来た。兄貴を殺したクソ野郎共を一匹残らず始末する為にな。お前を指1本も触れさせはしない」


 いつも自信満々な姉の瞳は幼き王には何よりも心強いものだった。






 それは暗闇の中。

 場所は地下室か、洞窟か……解るのは彼らだけ。上から零れる夜光だけがスポットライトの様に闇を照らしている。


「全員揃ったな」


 闇から夜光に半身を出した者が言う。

 それは皆が仮面を着けた異質な集団。誰一人として同じ服装の者はいない。

 ドレス、メイド服、民族着、トレンチコート、和服。

 唯一共通しているのは、全員が闇に紛れる“黒”で統一されている事だけだ。


「まだギルが来てないわ」

「ギルバートは死んだ」


 姿を晒している男は淡々と事実を述べる。それは、同士の死であり、最も信じがたい言葉だった。


「ギルバートは次期“魔人の長”候補だっただろう?」

「アイツは実力では頭一つ抜けていたが少々配慮に欠ける所はあったのも事実」

「ギル様は本部待機ではなくて? 本部に敵が押し入った報告はなかったと記憶していますわ」

「奴は勝手に出ていった。興味があったのだろう。クティノスに」


 クティノス。その言葉に場は珍しくざわつく。


「ギルの様な三世代はクティノスを知らない」

「クティノス。確か……先代の“長”が手を出すなと釘を刺した男……」

「対峙したのは私を含めた当時の魔人候補。そして、生き残った者は今や魔人だ」

「ほっほっ。老骨には荷が重い。クティノスは若い者に譲るとしよう」

「ワタシが殺します。兄の仇ですし」

「今はソレを考える必要はない。ギルバートは死んだが、クティノスを飛行船と道連れにした」


 『ドラゴニア』に向かう一隻の飛行船が落ちた話はこの場の皆が知っていた。


「情報が古いですわ。例の飛行船が落ちたのは一ヶ月前。もっと最新の情報を誰か持ってなくて?」

「この件に関しては新たな情報はないのぅ。皆は言わんでもわかると思うが、西の大陸でワシが諜報を取り漏らす事はない」

「誰もドゥを疑ってはいない。いくら“最強”を誇張しようとも、死ぬときは死ぬ。“最強”など所詮は砂上の楼閣に過ぎない」

「外部からの懸念は失くなったと言う所か。まぁ、納得しない者も居りそうだがのぅ」


 クティノスの件は『闇の魔人衆』にとって直接始末するべき事案でもあった。

 特に三年前に身内を殺された者としては大陸を跨いででも始末しに行きたいと告げる者もいる程である。

 依頼としては不安要素が消えたと喜ぶ所ではあるが……


「ヤツはもう過去だ。相討ちとはいえ隣の大陸で有名なクティノスを討った事実は覆る事はない」


 場を取り仕切る声は話を戻す。


「一週間後に『天鱗祭』。各々既に知っていると思うが、セラフィスが戻ってきている」


 それは『ドラゴニア』でも不良娘と名高い王女。

 自由奔放で、気まぐれ。誰の言うことも聞かず気に入らない事があれば王にさえも噛みついた。

 対して民との触れ合いに楽しさを見出だしていたセラフィスの支持は厚かったと言う。


「ワシが若い頃じゃったな。セラ殿下が王によって国外追放されたのは」


 『闇の魔人衆』も当時のセラフィスの噂は耳にしている。

 油断ならぬ存在であり、我が強過ぎる欠点を除けば優秀な官僚として申し分ない人材だったとのこと。


「流石に一ヶ月以上も王の暗殺に手間取れば戻るのは仕方ない。だが、我々にとっては好都合だ」


 今回『闇の魔人衆』への依頼は『ドラゴニア』王族の断絶。

 護衛と行動範囲を王宮内のみに絞った現王の暗殺はほぼ不可能に近かったのだが、それ故に残りの王族であるセラフィスを帰らせる事が出来た。

 しかも、弟と言う枷を背負いにわざわざ戻ってきたのは僥倖と言える。

 

「一週間後の『天鱗祭』。そこで全て終わる。世界は私たちの与える暗闇の深さを改めて重い知るだろう」


 “最強”など時と時代によって移り変わる。

 一週間後、最強の国『ドラゴニア』はその事実を世界に知らしめる事になるだろう。

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