第31話 夫婦に見える高校生

 こんなに嗚咽おえつする程に泣いたのは初めてだ。

 どんな悲しい映画よりも、ずっとずっと悲しくて、それを涙をにじませて話してくれるあおいさんを見ていると、俺の心が切り裂けそうで、今すぐにでもあおいさんを抱きしめたいと思ってしまう。


 あおいさんはみおちゃんを優しく抱いて、涙ながら笑っている。


 ――――妹。


 みおちゃんはずっと彼女の娘さんだと思っていた。

 どうして、旦那は何もしてくれないのかと腹を立てた時もあった。

 でも……娘ではなく妹だった。

 彼女はきっとみおちゃんを育てると覚悟を決めたのだろう。

 そうでなければ、まだ高校二年生で、子育てと学業を兼業するなんて無理だろうと思う。


 一体、どれだけ悲しんで、どれだけ泣いて、決めた覚悟なのだろうか。


 母さんがあおいさんとみおちゃんを優しく抱きしめてあげる。

 俺はただ彼女達の前で涙を流すしか出来なかった。




 ◇




 その日から母さんの申し出により、母さんとあおいさんとみおちゃんは三人で寝る事になった。

 あおいさんは申し訳ないと断ったけど、母さんが引かなかった。

 俺もその方がいいと、母さんの味方をすると、何とかあおいさんが折れてくれた。


 それから、ずっと疑問だったあおいさんの生活について教えてくれた。


 まず、お金はお父さんの事故による保険金と、お母さんの保険金で十分過ぎる額を持っているそうだ。

 お父さんが亡くなられた時、お母さんはもしもの時を考えて、多くの保険金でさらに死亡保険に入り、それでさらに多くなったそうだ。

 みおちゃんを育てる為に、そのお金を使って子育てをすると覚悟を決めたそうだ。


 未成年には受け取れない法律とかあるはずだけど、司法書士さんを特別代理人として立てて、受けたそうだ。

 そこの詳しいルールは俺にも良く分からないので、興味半分で聞いた。


 それと、どうやらあおいさんのお母さんの実家には、全く連絡を入れないと決め込んだみたい。

 恐らくだけど、何かの因縁がありそうで、実家とは関わらないとあおいさんも言っていた。


 このまま成人したら、みおちゃんを養子として迎えて、事実上の娘にしたいと語っていたあおいさんの顔は、決意を感じられた。




 こうして、修学旅行に行かなかった事で、俺はあおいさんの秘密を知る事が出来、お互いにずっと一緒に過ごす事となった。




 ◇




 修学旅行が終わり、次の休日。


 ゆみちゃんにはまだ事情は伝えないでおこうと思っていたけど、どうやら俺達の雰囲気で色々察したゆみちゃんは、事情が分からないまま、あおいちゃんを抱きしめて、「これからお兄ちゃんが守ってくれるから」と言っているが、どうやら、旦那・・の方の事情を知ったと勘違いしているようだ。


 妹だけど、成人したら娘に迎えるから、今も娘として接しているし、問題ないよね。




 休日が明け、学校に登校すると、青山先生からそれはもうこっぴどく怒られた。

 何故か、ゆみちゃんまで怒られる。

 どうやら、俺を見逃した罰だそうだ。

 俺とゆみちゃんは、あおいさんに見守られながら、懸命に反省文を書いた。

 お互いに見せ合いをしたら、無茶苦茶な事を書いていてお互いに笑う。

 先生に持っていて、さらに怒られたのは言うまでもない。


 それと木船くんから、「遂に姫と付き合ったのか!」と言われたけど、残念ながら全然違うと答えると、悔しがっていた。

 どうやら、クラスメイトの男子組で賭け事をしていたらしい。

 お金とかではなく、健全なやつで。




 ◇




 あれから、特段変わった事はなく、時間が過ぎていき、秋も深まり少し肌寒い時期に入った。


 今日はすっかり大きくなったみおちゃんの為に、服を買いに来た。

 子供服を買いに来るなんて、初めての経験で少しドキドキする。


 まだ幼さが残るあおいさんと俺が店に入ると、何組がいる夫婦がチラチラ見てくる。

 まあ……物珍しさは認めるよ。

 うちらって、まだ高校生だからね。

 知らない人が見たら、そう見えるのかもね。


「そうたくん、ごめんね?」

「いや、俺が来たかったから、こういうのも見ておきたかったし」


 きゃっきゃー!


 みおちゃんは今日も元気に声をあげる。

 いつもの空気と違う事を直ぐに察知したようで、周りをキョロキョロ見始める。

 手足も元気に振り回すくらいには、成長しているみおちゃん。


 0歳児用と書かれている売り場に向かう。

 色とりどりの可愛らしい赤ちゃん服が並んでいる。


 あおいさんと一緒に色んな服を取り出しては、みおちゃんに当ててみる。


「ん~みおにはこの色は微妙ね」


 と言いながら、次々服を取り出す。

 結局、五着もの服を買い、会計に並ぶ。


 隣のレジでも、赤ちゃんを抱いた男性と、会計をする女性が見えた。

 きっと夫婦なんだろうな。


 夫婦に見える。


 いわば、当たり前だよな?

 旦那さんが赤ちゃんを抱いていて、奥さんが会計をする。

 単純な話だ。

 何もおかしい事はない。


 そう。


 何もおかしい事がないのがまずい。


 俺はみおちゃんを抱いて立っている。

 あおいさんは買った服の会計をしている。


 つまりだ…………。


 今の俺達って、夫婦に…………見えているのだろうか。


 その時。


「あら、可愛らしい赤ちゃんですね、何歳ですか?」


 優しい笑みを浮かべた奥さんが声を掛けて来た。


「はい、まだ0歳なんです」

「あら、生まれたばかりなんですね~でも首は座っているから半年は経過しているんですね。まあ、可愛らしいですね」

「ええ、女の子です」


 奥さんは優しい手で、みおちゃんの頭を撫でてくれると、みおちゃんはすかさず嬉しい声をあげる。

 あおいさんがチラッとみて、小さく微笑むのが横目で見える。


 会計を終え、俺達は帰宅路についた。




「ねえ、そうたくん」

「うん?」

「私達って夫婦に見えたのかな?」

「ぶふーっ!」


 紅茶飲んでいなくて助かった!

 最近、事情を教えてくれたあおいさんは、時折こういう話題で俺をイジメてくる。

 その証拠に、俺の反応を見て、大笑いをしているのだ。


「あははは、ごめんってば~」

「ふぅ…………そういう事は冗談でも言わないで欲しいな!」

「そっか。そうたくんは、みおのお父さんに見えるのが嫌なんだね」

「違うー! それであおいさんに何か迷惑をかけるのが嫌なんだよ」

「え? 迷惑? どんな?」

「こんな冴えない男が旦那だと思われたくはないだろう?」

「えっ? そうたくんは冴えない男じゃないよ?」


 いえ、何度も自分の顔は見て来たけど、冴えない男である事に自信があるね。


「そうたくんは外形で私を判断しているの?」

「い、いや? そんな事はないけど、ちょっとだけあるかも知れないけど」

「なんだ~ちょっとだけはあるのか」

「ほ、ほんのちょっただけだよ! だって、あおいさんはめちゃくちゃ可愛いし」

「!?」


 急にあおいさんが黙る。

 どうしたんだ?


「…………私は他人の目は気にしません!」

「さいですか……」

「なので、そうたくんも気にしないように!」


 いたずらっぽく笑うあおいさん。

 うん。ものすごく可愛い。


 きゃっきゃー!


 ああ、みおちゃんも可愛いぞ。


 家に帰り、みおちゃんの服を洗濯機に入れてリビングにくると、そこで待っていたのは――――




「みおちゃん!?」




 俺の驚く声に、料理をしていたあおいさんが、その手を止めて、こちらに走って来た。




「みお!?」




 あおいさんも同じく驚く。


 その理由というのが、いつの間にか、みおちゃんが覚束ない『はいはい』をしながら、こちらに向かって来ていたからである。

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