第16話 ディリオスの陽動作戦

 鬼たちの緑を踏みつける足音が、ガサガサと聞こえるほど近くまで来ていた。


その音を聞き、高閣賢楼の智の番人は、いつでも動けるよう警戒していた。

鬼たちは、いつも釣りをしている湖の水を飲み、一息入れている様子を見せていた。


ディリオスは最初の命令を撤回し、城壁から全員を下ろして、静かに時が過ぎるのを待つよう命令を出していた。己の気配を消して様子をうかがっていた。


第四の勢力の情報を得ようと書物を色々読んだが、

鬼の情報は多くは語られていなかった。


その理由は、戦ったものしか分からないと、話の出だしから不明な点が多い事は、理解できた。鬼の一族は皮膚が硬く、鋼の剣程度では全く通用せず、動きも素早く、

全ての鬼たちに共通する点は、赤い鬼は火の属性を操り、青い鬼は水、

そして稀有な存在である、黒い鬼と白い鬼には

手を出すなとしか、書かれていなかった。


「お前たちも下で新たな知識を身につけよ。お主らがここにいても意味は無い」

智の番人にそう言われたが、二人が下へ行く事は無かった。


時間の無駄だと言われても、今の状況を知ってしまった以上、

此処に残る事は、確かに無駄な事だと分かってはいたが、

想像を絶する戦いが始まる可能性がある為、

二人の心はそこにあった。だから心と耳を澄まして、警戒していた。


能力で探りを入れるのは危険すぎると、言われなくても

二人はそう判断した為、能力は一切発動させなかった。


ある程度、休息を入れた後、巨大な鬼が何かを感じ取ったように

その周囲の鬼たちも静かになった。

そして森から一斉に鳥たちが飛び去った。


鬼に探知能力は無かったが、感じた事の無い程の殺気が、森からもれていた。

それは挑発なのか、それとも制御できないものなのかは、

分からなかったが、確かに先ほどの悪魔のような雑魚では無い。

強い相手に対して、強い者のみが放てる殺意を、感じ取った。


試しに、最弱の鬼たちを、十体ほど放ってみた。

森に入ってそう長くは無い間に、全ての鬼の気配が消えた。


 そしてそれから間もなくして、その森から丸い玉のようなものを投げて来た。

それは——鬼の頭だった。それらの表情から、恐れを抱いて死んだ事は

簡単に分かるほど、怯えた顏をしていた。中には目玉をくり抜かれていた、頭部もあった。


森に入った鬼たちが如何に弱かろうとも、このような事態は初めてだった。


大きい鬼は思った——第四の勢力かと。


それならばこの森は回避するべきだと、暫く考え込んだ。


あの悪魔程度が、強いと認められている時代でありながら、全く森から動こうともしない強敵で、天使や悪魔では無い者たちがいる事は知っていた。


しかし、長い間、地上に出て出会うことは、今まで一度も無い事だった。

お互いに会いたくはない相手である事は、第四の勢力の誰もが思っていた。


そして大抵は独りであり、自分たちのように一族を封印されている者たちは、

自分が知る限り他にはいなかった。頭部を引きちぎり、投げて来た事により、


自分たちと同じように、力が属性であろうと思った。その行為自体は力が属性で無くても、誰しもが出来る事であったが、これはただの挑発だと理解していた。


 突然、突風が吹いた。しかも森にだけ吹き荒れる嵐のような風は、明らかな挑発を見せて来た。森はまるで会話でもしているように、激しく騒めきを見せていたが、少しずつその荒波のような突風は消えていった。


何事が起きたのか全く分からなかった。これを知るまでは——。漆黒の男が突然現れると、漢の燃えゆく魂が乗り移った飛苦無の全てを、一番巨大な赤い鬼に向けて、力は抑えつつも、今の全力の全ての力を希望に変えて襲いかかった。


智の番人とサツキとアツキは、呆気あっけに取られた。アツキは思わず軽く笑い声が出た。あまりの有り得ない様に、いつも驚かされる。自らをギリギリまで追い詰めていく程の限界までの死闘に身を置く、その姿にいつも勇気づけられる。


所作の中にバレないように、智の番人に出ないよう制して、飛苦無もほんのかすり傷程度しか傷を負わせる事が出来なかった。


ディリオスは開いた傘の様に、飛苦無の陰に身を潜めていた。傘が閉じるように陰が収まるまで待ち、最後の一矢は、体内でずっと練り込んでいた力を開放させると、心臓目掛けて、風を切り裂く勢いで内殺拳を打ち込んだ。


大きな鬼が掴もうとしたが、ディリオスはその手からスルリと逃れるように、間合いを取って緑の大地に降り立った。


 ディリオスは直に拳打を入れて、己の拳打では仮に全てのエネルギーを一点に集中させても今はまだ勝てない事を悟った。しかし、予定通り、己に注意を引く事に成功した。後は奴に任せる為に森の中に入る事だけだった。


しかしそれも困難であった。鬼の数が思っていたよりも多くいたが、地面に力任せに引き千切ったような首が幾つか目に入った。智の番人では無く、これほどの事をやってのけるのは奴しかいないと理解できた。


やはり奴に任せるしかない。問題は三つある事も問題だな。男はその道を開くために、事前に仕掛けていた飛苦無が通用しない事になり、幾つかの策は潰れていた。

そして大きな鬼、故に内殺拳が通じなかったのだと、改めて思った。


 強靭な肉体に対して、己の全力で拳打を打ち込んだが、まるで効いていない事は直ぐに分かった。それは肉体を殴っているのかと、疑う程の硬さと厚みがあったからだった。これほどまでに強いとは計算外であったが、拳打が当たった事により、硬さは変わらずとも厚みが違う、厚みさえ届けば内殺拳で殺せると、彼は周囲に警戒しながら考えていた。


赤い大鬼が、直ぐに殺しの命令を下さなかったのは、小さな人間が内殺拳という技を、使った事には気づかなかったが、指先で摘んで潰せるほど小さな人間が、放った拳打の威力は本物だったからだった。


自分は体の大きさに救われたが、同じような背丈の鬼では、絶対に敵わない程の強さを認めていた。いつものように、直ぐに殺すよう命じない大鬼に対して、他の鬼たちは不思議でしか無かった。


負傷した訳でもない、ただの人間に対して、いつもとは違う何かがあるのかと、他の鬼たちは考えた。






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