第11話 ディリオスの誤算

 ディリオスは再び、悪魔兵の陣営まで戻っていた。先ほどのように端だけ見ても、それらしきものは、何も見えなかった。まるで罠に自ら飛び込む愚か者のようだと、自分自身でも思った。そしてあの兵士たちはヴァンベルグの元兵士であり、能力者では無い故、能力者対策はしなくて済むのが、唯一の救いでもあった。全てを倒さなければならないのか? 圧倒的な力を見せれば逃げるのか? 同化した兵士の事は一切分からなかった。その為、どうする事が最善なのか? 彼には珍しく分からないことだらけであった。


 黒衣の男は覚悟を決めて、そのまま身を晒して歩いて進んだ。当然、格好の餌食だと分かっていた。しかし、相手の力量を計るにはこれ以上無い手であった。素手で進む事により、相手の油断も誘え、そして油断しない者たちは、武器を手にする。それらを同時に、しかも最速で知るには、この方法が一番だと考えた。相手の強さに合わせて、まずは同程度の強さで敵を倒していき、強い者だと確信を得たら本気で挑むつもりであった。


 悪魔兵たちは何かの作業をしていたが、その手を止め、近づいてくる無防備な男に対して、集まりだした。ひとりの悪魔兵が近づいてきた。ヴァンベルグの兵士ならば気づくはずであったが、吸収された形での同化であった為、人間の時の記憶は完全に消えている事が、まずは判明した。そして腕を掴まれて、どこかへ連れて行こうとした。予定外ではあったが、彼女らを収容している所までディリオスは連れて行かれた。彼はまず最初に、彼女の記憶を探ろうとした。


ディリオスは小声で、君の名前は? と尋ねた。彼女は不審がり、無言のままだった。イザベラから、これを預かってきた。と男が言うと、今度はしっかりと反応して答えを求めた。「貴方は何者なの?」

「その前に聞きたい事がある。イザベラとベイラードは何者だ?」

「わたしの母と父よ。祖国を捨てたと聞いたが、もう二人には愛情は無いのか?」

「そうじゃないわ。わたしは外の世界を見たかっただけよ……でも外の世界は危険に満ちていたわ。もう手遅れだけど後悔はしてるわ。貴方が持っているペンダントは母の物よ。貴方が何故持ってるの?」

「洗脳はされてないようだな。俺は君たちを助けに来た。他の者も洗脳のような何か暗示のような事をされたか分かるか?」

「いいえ。助けに来ておいて騒ぎにもならない程、簡単に捕まったの?」

「いや。君らが洗脳されていたら厄介な事になるから、確かめに来ただけだ。今から俺は戦うが、加勢も逃走もするな。アドラム列島諸国には、イストリア王国に行くよう指示を出した。もう今頃はレッドストーン以外の国の者は、船上にいるだろう。こいつらは俺が殲滅する。その後でイストリア王国に向かうから、安心して黙ってみてろ」


 黒衣の男は立ち上がった。どうやったのかは不明であったが、足に繋いであった鎖は消えていた。そして手に付けられている枷を力任せに破壊すると、消えていた鎖は、敵目掛けて凄まじい勢いで、回転しながら敵をなぎ倒していった。ディリオスは上空に移動させていた飛苦無を、一斉に敵に向けて豪雨のように降り落とした。そして愛刀である黒刀も上空に隠していた。苦無で倒された者は無視して、彼は跳び上がると愛刀を手にして、その身ごと回転して敵を斬り裂いた。向かって来る敵に彼は再び地面に落ちた飛苦無を投げつけ、避けた相手には、鎧ごと彼の漆黒の刃の餌食となった。



 突然、砂のように小さな雪の粉が大きな音と共に震え出した。大きな鉄混を持った、おそらくはボスであろう巨体な悪魔が現れ、歩く度にその鉄混が地面を揺らした。周囲にいた悪魔たちは逃げるようにして、道を空けた。ディリオスは刀を空中に投げると、悪魔たちや人間たちは、それを目で追った。そしていつの間にか、ボスよりも前方にいたはずが、ボスよりも後方にいた。彼は上空から落ちてくる黒刀を受け取った。そして、その身の丈の大きなボスの胸には、風穴が空いていた。そして緩やかな風が吹くと、その悪魔は倒れて動かなくなって塵と化した。悪魔兵たちは、人間の兵士よりは臆病では無かった。しかし邪魔だった為、ディリオスは離れた距離にいる敵に対して、連続して拳打を放った。一番近くの悪魔兵の頭が吹き飛び、連鎖するように次々と頭が、ただの肉片に変わっていった。近づけば死ぬという、恐怖心を与えられた悪魔の兵士たちは、我先にと見苦しく、一斉に逃げ出した。



 ディリオスは鎖で繋がれている人間たちの鎖を握ると、全ての鎖は千切れていった。「お前たちは、ここから南にある高閣賢楼に行って、イストリア王国まで移動するよう準備してある。この中にレッドストーン国の者がいたら教えてくれ。伝言を頼まれている」

数人が手を挙げた。男は彼らに前に出るよう伝えた。五名が前に出てきた。「もっといるとグランド王に聞いたが、これだけしかいないのか? レイドからの情報もある。いるのなら心配せずに出て来てくれ」そう言うと、更に数名出てきた。

ディリオスは一瞬で、名乗り出た十二名の首を刎ねた。


突然の出来事に啞然あぜんとした。何が起こっているのかも、分からなかった。


「先ほど話した通り、全員、南の高閣賢楼に向かってくれ。食料や水もあるが、イストリア王国まで、一瞬で移動できるよう準備してある。レッドストーン国以外の全てのアドラム列島諸国の者は、イストリア王国に向かっている。高閣賢楼の背後にある森には絶対に近づくな。あの森には悪魔よりも、恐ろしい奴がいる。森が見えたら行き過ぎたと思っていい。手違いのないよう、一応、私の配下を配備してある。では進んで行くんだ。俺にはまだ用事が残っている」


「ちょっと待ちなさい! 一方的に話されても納得できないわ」

「強きなだけじゃ生きていけない事が、まだ分からないとは、なんという愚か者だ。

お前は分かってないな。レッドストーンの王グランドは裏切り者だ。本来はアドラム列島諸国の、一万の兵士を、グランドは悪魔に捧げるつもりだった。あのままヴァンベルグに連れて行かれたら、奴ら同様、ただの悪魔の兵士にされただけだ。お姫様だからって何の価値も無い。文句があるならそれなりに賢くなってから言え! もうそういう時代じゃないんだ。目を覚ませ!」


「またイストリアで会うことになるだろう。今は時間がない。言われた通りに行動しろ、さっさと行かないと奴らがまた来るぞ。その時にはもう助けは来ない。逃げるように急いで南に行け」ディリオスはそれだけ言うと、飛苦無に乗って、一気にグリドニア神国を目指した。悔しいが、どうやっても追いつけない速さだった。そして一息つくと、恐ろしい相手だったと、今更ながら後悔した。助けてもらいながら、安全になれば、文句を言った自分を恥じた。彼女は配下と共に、言われた通り南下して行った。


 ディリオスは、裏切り者は誰か見当はついていた。奴は人間のはずだ。もう既に人間が、人間以外の味方をしだしている事は、頭に無かった。だがそれは、大問題だ。

決して口外するべきものでは無い。しかし、グリドニア神国の民たちだけでも助けてやりたい。生きた心地もしないだろう。戦況報告をして、様子を見ることにしよう。


 漆黒の男はそのままグリドニア神国へ入って行った。そして門番に悪魔の兵士の事を告げ、戦況に関わる事なので、直接レイドと話したいと伝えるよう言った。

すぐにレイドは駆けつけてきた。ディリオスは戦況が一変したので、二人で話したいと提案した。レイドは納得して、自室へと招き入れた。ディリオスはレイドが裏切り者だと思っていた。しかし、この対応は裏切り者がする行為では無いと、考えを改めて新たに頭の中で検討してみた。


「ここなら誰にも聞かれません。何か問題がおありの様ですが、何でも話してください」レイド以外だと一体誰が裏切っているのか、最初に接触したレイドしか知らなかったとは言え、答えを出せないままでいた。悪魔思想よりの人間。それだけしか、分からなかった。危険性はあるが、レイドに直接聞いてみるしか、道は無いと判断した。


「実はレイドが、レッドストーンの王グランドと、裏で裏切り行為をしているのかと思っていた。だが、グランドは裏切りが確実なのだが、グランドはこのグリドニア神国の何者かとも、連絡を取り合っていた。グリドニア神国の全ての人間を悪魔の兵にするよう企んでいた。それは阻止したが、この国の誰かが裏切っているのも確かな事だ」


「阻止したというと、あの悪魔の兵士たちを倒したのですか?!」

「ああ。戦う前は不安もあったが、やはり能力者でもない者が、同化した程度では、俺からすればただの人間と変わらない事が分かった。明らかに回りの悪魔たちが怯えていた、人間との同化では無い悪魔の指揮官も一撃で倒した。だから奴らの事はもう心配しなくていい。それよりも裏切り者が問題だ。俺はもう帰らなければいけないが、またここには日を置いて来る。もし調べて、裏切り者が特定できたとしても接触はするな。悪魔かもしれないし、お前では危険すぎる」


「わかりました。ひとまずは安心しました。本当にありがとうございました」

「いや、あんなに弱いとは逆にびっくりした。それよりも教皇が父親だからと言って民を守ろうともしないのであれば、意見するのもお前の役目だ。厳しいだろうが、頑張ってくれ」


「仮に裏切り者が判明しないまま、再び攻めて来ようとした場合は、俺がまた倒してやる」

「どうすれば、それほどまでに強くなれるのですか?」

「当然、資質も必要だが、一番は日々鍛錬する事だ。俺の配下には毎日厳しい鍛錬をしている者は大勢いる。ヴァンベルグのリュシアンもそうだが、資質だけあっても駄目だ。体が日に三度、悲鳴を上げるほど、毎日鍛錬してみろ。すぐに強さを実感できるはずだ」


 その言葉を残して、突風のように彼は去って行った。しかし、ディリオスは何かがおかしいと感じていた。北西最強と云われた教皇の特殊部隊が、あの程度の悪魔たちに、圧倒されたとは思えなかった。裏切り者が何かを仕組んだのか? 仕込むとしたら、食事に遅効性ちこうせいの毒を混ぜるのがバレにくい。裏切り者が分からない限り、自らも長居は出来ない以上、レイドに託すしか無かった。ディリオスは珍しく、読み間違えた。彼はイストリア城塞に向けて走りながら、罠を仕掛けて、あぶり出してやろうと考えた。策が練り込まれ、彼は安心したのか、速度を更に上げながら緑の大地を駆け抜けて行った。




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