第4話 素質だけは立派

 魔力を吸い出される感覚は本当に気持ち悪い。胃を掴まれてぐるぐる振り回されているような、そんな気持ち悪さがある。

 

 うぅ……、吐きそう。

 

 そして苦しんでいる俺のことをよそに、ティアとタイガーの2人は勝手に盛り上がり始めた。

「まさか!?全属性に反応があるわ。」

 ティアが愕きの声を上げた。その言葉に呼応するように、タイガーは食い気味にティアに確認する。

「本当か!?空間魔力もか?」

「ええ。えっと、Dランクくらいね。……まさか、Aランク!?何よこれ?」

 ティアは驚いてタイガーを振り返ると、タイガーも急いで魔力測定具を覗き込んだ。

「何だこれ?こんなの見た事ない。」

 そして、ティアとタイガーは興奮してお互いの顔を見合わせた。俺には何が起きているか理解できずに置いてけぼりだ。この頃には魔力が吸い出される感覚は止まっていた。


「ちょっとやり直してみるか。」

「そ、そうよね、さすがにこれは鵜呑みにできないわ。」

「でももしこれが本当だったら……。」

 落ち着かない様子で組んだ腕を指でトントンと叩きながら、タイガーが再検査を指示した。

「いいわ。コーヅ、一度魔力測定具から手を放して。」

 俺はティアに言われて手を放した。だけど今の話だと俺はもう一度魔力測定具を使ってあの気持ち悪さを味合わないといけなさそうだ。そう思うと俺はげんなりとした。

 ティアは魔力測定具の状態をリセットするための操作を始めた。


 でも魔力を吸い出される感覚で、魔力の流れというものは分かった気がする。そしてちょっと魔力を扱えるか試してみたくなった。

 手のひらを上に向けて……


 ボフッ

 

「えっ!?」

「なっ!?」

 

 タイガーとティアが驚愕の表情で俺の方を見た。


「ファイアーボール……」

「なんちゅーヤツだ。」


 俺は火と魔力のイメージを手のひらに集めてみただけだ。確かに魔術を使ってみようとは思ったけど、本当に魔術が使えるとは思っていなかった。

 

 ティアが魔力測定具の操作を止めた。そして少し問い詰めるような口調で俺に問いかけてきた。

「あなた、何で魔術が使えたの?……本当は何者?」


 やばい、何かまずい事をしたのかもしれない。


 ティアの剣幕にちょっとビビってしまった。そしてこれ以上の失敗を重ねるようなことにならないようにと、言葉を選びながら答えた。

 

「えっと、魔力測定具に魔力を吸い出された時の感覚を覚えたから、その感覚を自分で操作できるか試してみたら……できた……感じ?ははは」

 

 ティアに気圧されて、上手く喋れずにむしろ不信感を抱かせてしまったかもしれない。俺は慌てて取り繕うように、あれこれと説明を繰り返したがティアは眉間に皺を寄せて険しい表情を崩さない。

 そんなきょどり気味の俺を見かねたタイガーが助け舟を出してくれた。

 

「コーヅは魔術の才能があるんだな。魔術に興味あるみたいだし、良かったじゃないか。天才魔術師の出現だな。」


 タイガーにバシッと背中を叩かれた。ティアは何か言いたげにタイガーをジトっと見たが、諦めたようにため息をついた。

「まぁいいわ。そうすると賭けは私の勝ちね。」

「そこはもう一度やってみないと、な。もしかしたらコーヅはコツを掴むのが上手いのかだけかもしれないし。」

「往生際が悪い。魔力測定にコツなんてないわよ。」と首を振った。そして俺に向かって「もう一度手を置いて。」と魔力測定具を指した。

 

 またあの気持ち悪さを感じないといけないのかと思うと躊躇してしまう。でも今の俺に選択肢なんて与えられていない。諦めのような覚悟を決めて手を置いた。


 うぷっ


 魔力が吸い込まれていくと、胃の方から込み上げてくるものがある。とはいえ、ここで吐く訳にはいかない。俺は喉まで上がってくるものを何度も無理やり飲み込んだ。


 本当に止めて欲しい。うぷっ


 そんな俺の苦労を知る由もない2人は魔力測定具を覗き込んで唸っている。

 魔力が引き出される感覚が止まると吐き気も収まった。

 2、3度深呼吸をしてから、俺も魔力測定具を覗き見ると、やっぱり先ほどと同じところを差し示していた。

 

  火  …… B

  水  …… B

  風  …… B

  土  …… A

  光  …… C

  生物 …… A

  心  …… B

  空間 …… D


「信じられない。本当に全ての属性を持ってる上にAランクが2もあってBランクが4つ……。何なのよ、これ。」

「これは……、すごい瞬間に立ち会ったな。」

 

 ティアやタイガー、衛兵たちまでがいつまでも信じられないという表情をして魔力測定具を見つめている。

 俺にはこの値がどういう意味を持つのかはよく分からない。通知表で言えば平均Bくらいでそれなりに良いくらいに思うんだけど。


「これは国王様にも報告しないといけないな。お前さんと同じで王都に呼ばれるかもしれないな。」

「あれは本当に嫌だったわ。」

 ティアは苦虫を嚙み潰したような表情で首を振った。

「それは申し訳ないが、勝手が分かってる教育係のお前さんが連れて行くんだぞ。」

「え?ちょっと勝手に決めないでよ。」


 ティアとタイガーで言い合いを始めた。また置いてけぼりをくってしまった。俺は諦めて魔力測定具を見つめていた。時間が経っても測定結果は変わってこない。

 やがて2人の言い合いが落ち着いた頃合いを見計らって声をかけた。

「この結果の意味を教えてもらえますか?」

「魔力のA判定を持ってるって人はこの国の中でも数えられるだけしかいないの。それを2つも持っていて、しかも空間魔力も持っている。そんな話は聞いた事ないし、文献で見かけたことも無いわ。」


 説明によるとA~Eまでの5段階。Aは国に1人か2人くらいで、まれにそんなAを大きく突破するような天才が居て、それをSとしているそうだ。


 すごいと言われてもピンとは来ない。でもきっと俺はこの魔術の力を日本に帰る為に役に立たせないといけないんだと思う。今はまだどうしたら良いかも分からないけど。

 

「ありがとうございます。良い結果という事は分かりました。」

 俺の心の籠らない返事にタイガーは苦笑した。

「並外れた素質があったってことはお前さんにとっては良い知らせだな。」

「タイガー隊長にとっては悪い知らせだったけどね。」とティアが笑う。

「うるさいな。魔術属性の検査は終わりだ。次は体力測定だ。兵士としての素質を見極める。……ただ見た目でひょろいからな。こっちはあまり期待はできないな。」


「また賭ける?」と、ティアが挑発的な目をタイガーに向けた。

「いや、もういい。」と、タイガーは苦笑しながら首を振った。

 

 俺は大学を卒業してから5年になるが、その間はまともに運動していないので体力測定なんて言われても全く自信は無い。学生時代だったらサッカーしてたし足腰には自信があったけど……。


―――


 体力測定は衛兵の訓練場で行われるそうで、その訓練場は砦の敷地内にあった。

 訓練場に着くと、タイガーから皮でできた軽鎧を渡され、更衣室で着替えて来いと放り込まれた。

 それにしても軽鎧なんて言葉通りではなく、俺にはずっしりとした重みを感じるものだった。


「何なんだ、その着かたは!?」

 更衣室から出た俺を見たタイガーは呆れたような顔を見せた。そんなタイガーに俺は不満げな顔を向けて「鎧なんて着たことないですから。」と答えた。

「向こうを向け。」というタイガーの言葉に、後ろを向くとタイガーが間違って着ていたところを直して、紐をしっかりと縛り直してくれた。


 訓練場はサッカーコートを半分くらいにしたくらいの大きさで、周囲には打ち込み台のようなものがいくつもある。そして立派な鎧に身を固めた衛兵たちが打ち込み訓練や、グループに分かれての魔術やコンビネーションの訓練をしている。

 剣を合わせる鈍い音、そして魔術が飛び交う訓練に目を奪われた。


 タイガーとティア、衛兵の2人と俺が訓練場に足を踏み入れると、そこにいた衛兵たちは訓練の手を止めて興味津々にこちらを見ている。

 見世物みたいだから見ないで欲しいと思ったが、それは叶わないことだった。それどころか、衛兵たちは見やすい位置に移動して見物する気満々なようだった。 


「よし、それでここから走ってあそこの棒に触るんだ。これを5回繰り返すぞ。瞬発力とスタミナを見極める。」

「まじすか……。」

「そうだ。その後は実戦形式だ。動体視力、反射神経、力など総合的な兵士としての素質を見極める。」

 

 体育は柔道じゃなくて剣道を選択しとけば良かったよと頭を抱えてしまいそうになった。まさか実戦形式で剣を扱うことになるとは……


「準備はいいか?」

 全く良くないが「はい……。」と答えてスタートの構えをした。

「用意、スタート!!」

 

 合図とともに俺は半ばやけになって走りはじめた。しかし軽鎧が邪魔で走りにくい。


 ダダダダダ……バシッ、と柱を叩く。


「はぁ……はぁ……」

 

 やばい、1回目でもう息が切れた。これがあと4本!?こんなの最後まで持たないだろ。


「ゆっくりで良いからこっちに戻ってこい。」

「は、はひ……」

 

 なるべくゆっくりと歩いて元の場所に戻ったが、まだ息は乱れて心臓は激しく鼓動していた。


「次行くぞ!用意、スタート!!」

 

 2本目を走る。

 ダダダダダ……バシッ、と柱を叩く。


 肺が痛いし、足がプルプルして力が入らなくなってきた。酷い運動不足だと思う。我ながら情けないレベルだ。


―――


 5本目を終える頃には走ってるとは言えず、歩いてるような状態だった。

「おいおい、だらしねぇな。」「しっかりしろよ。」

 野次が飛んてくるが、苦しいし、辛いし、気持ち悪くて全く耳に入って来なかった。

 そして走り終えた俺はその場に倒れ込んだ。

 

 もうだめ、苦しい。気持ち悪いし吐きそう……


「基礎体力は全く無いな。でも諦めないだけの根性はあるようだから鍛えがいはあるか。」

 ニヤッとタイガーは笑う。俺には悪魔の笑顔にしか見えない。


「こういう苦しい状態も生物属性の魔術で回復できるのよ。」

 そう言うと、ティアはゆっくりとこちらに歩いてくる。

 俺は倒れたまま、ティアが歩いてくる姿を眺めている。そしてティアがかざした手から柔らかな光が出て俺の体を包み込む。


 次の瞬間には呼吸が苦しくなくなり、心臓の鼓動も正常に戻った。そして足腰も楽になった。すごく不思議な感じがする。


「すごい……。魔術はこんな事もできるのか。」

「そうよ。これは生物属性の魔術。体を修復する魔術よ。ヒールって呼ばれているわ。あなたはAランクだからもっと上級の回復魔術を使えるようになるわ。努力次第だけど。」

 ヒールについてもっと教えて貰おうとティアを見たが、タイガーがそれを遮るかのように次の指令を出した。

「よし、次は実戦形式だ。」

「コーヅの相手を誰にしてもらうか。」

 タイガーは衛兵たちを見回す。すると衛兵たちは俺が俺がと一斉に手を挙げた。そんな様子に俺はオオカミの群れに迷い込んだ羊を想像していた。

 タイガーは全体を見回しながら誰にするか迷っているようだった。やがて視線がある男性のところで止まった。

「そうだな……。ショーン!お前が相手しろ。」 

「はっ!」

 ショーンと呼ばれた男は身長が180cmくらいある爽やかなイケメンだ。キラキラした金髪が眩しい。


 くぅ……俺はこのイケメンに叩きのめされるのか。悔しい……

 勝つ気がしない俺にはこの時点で既に屈辱まみれだ。


「ショーン。こいつは全く実戦経験が無い。素人と思って相手してくれ。」

「はっ、分かりました!」

 

 俺に木製の剣と盾が渡される。木刀でも当たったら痛そうだな……、というか絶対痛いな。

 そんな俺の不安気な表情を汲み取ったのだろう。ショーンが話しかけてきた。


「安心していいよ。訓練だし、寸止めするから。」

「あ、うん。ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ。」

 

 そしてタイガーがルールの説明を始めた。これはあくまで能力判定のためなので、判定ができた時点で終了だそうだ。

 だからショーンは寸止め。でも俺は振り切って良いそうだ。


「では。始めるぞ。用意はいいか?……始め!」

 

 俺は盾を前に構えて、相手の出方を伺う。しかしショーンからは打ってくる気配がない。かと言って、俺も踏み込むことができずにいた。


「最初は君から打ち込んでおいで。」

 

 ショーンは嫌味なく言う。

 くそー爽やかイケメンめっ!完全に格下のモブ扱いだ。実際その通りなんだけど。

 打ち込むにも、相手の体まで届く気がしない。どうせ相手は受け止めるだけだろう。俺は意を決して、一度打ち込んでみることにした。大振りにならないように、小さく構えて頭部を狙うような視線を送りながら、右足を狙った。


「おっと!」

 

 ショーンに一歩下がって避けられた。でも俺はその勢いのままに左足を突きで狙う。今度は盾で受け止められた。


 まじか……


 そう思った瞬間には、ショーンの剣先が首元に突き付けられていた。


「それまでだ。」

  

 ショーンは剣を降ろし、俺から少し距離を取った。そしてタイガーの指示を待つために直立の姿勢をとった。

 俺は木刀とは言え、首元に剣先が突き付けられるという体験を初めてしたので、ショックで呼吸もできずにその場で固まってしまった。

 

「まぁまぁだな。しばらくは体を鍛え直し、戦い方の基礎を学んでもらうのが良いだろう。」

 慌てたようにティアが口を挟んできた。

「ちょっと、タイガー隊長!コーヅは魔術師になりたいって言ってるのよ。なんで衛兵なのよ?」

「勘違いするな。これじゃ魔術師になったところで王都どころか隣村のプルスレにだって行けるか分からんぞ。魔術師を目指す事は止めんさ。それにしたって最低限の基礎体力と基礎技術は身につけた方が良い。」


 ティアは引き攣ったままの俺の顔を見て「確かにそうね。」とため息混じりに呟いた。

「午後は領主様への報告書を作る。ティアも来い、こいつの扱いを相談しよう。」


 ……どこの世界でも人事って本人の知らないところで決まっていくんだな。

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