第24話 囮


「だから何でまたあやめを脱がすんだよ!あれから何日経ったと思ってるんだ!」

 イリスがファウストの襟首を目の高さまで持ち上げる。ファウストも怒鳴った。

「あれから何日経ったと思ってるんだ!見たいなら見とけよ!」

「何だと!」

 痛いところを突かれたらしい。イリスが真っ赤になった。

「イリス、私は何ともないから、ケンカしないでファウスト博士の言うことを聞いて」

 センサーを着けられながら下着姿のあやめがイリスに懇願し、イリスがファウストを持ち上げたまま俺が嫌なの!と爆発した。


 その敵機はいつもとは少し様子が違っていた。


 真紅に輝く装甲の敵機は、いつもとは違い作戦行動らしいことはせず、剣を携えてじっと佇んでいた。先日の青紫や、この白い魔女のデアクストスと同じ、向こうの通常機より大型のものだ。

「俺と一騎打ちしようってのか?面白えじゃねえか」

 輸送されながらイリスが笑う。

「イリス、挑発に乗らないで」

「男なら引けねえときが」

「女も乗っているのよ」

 あやめはこわばった顔でイリスを見た。

「ここにも、そしてきっとあの機体にも。きっと何かあるわ、気をつけて」

「あやめがそう言うなら」

 イリスはあやめの手を強く握った。


 真紅の機体はデアクストスと対峙してもしばらく動かなかった。上空から見た時も、敵機はそれだけだった。前回のように潜んでいることもなさそうだ。

 本当に1機で来たのか。こいつが親玉か?

 イリスは油断なく周囲に気を配りながら真紅の動きを注視した。

 真紅が動いた。

 ゆったりと剣を正面に掲げ、まるで決闘開始の礼のような仕草をする。デアクストスは応えず、臨戦体勢を崩さない。

「確かに何だか嫌な感じだ」

 イリスは意識して呼吸を整えた。緊張で浅くなっている。

 あやめはデアクストスの全身に正体のわからない重圧を感じていた。何かある、しかしその姿が見えてこない。


 剣を腰にためて、真紅が突進してきた。

 速い。

 デアクストスは盾で何とかその一撃を流した。衝撃をまともに食らって体勢が大きく崩れる。

「あやめ、集中しろ!まわりを見ながら付き合ってられる相手じゃねえ」

 イリスが手に力を込めた。あやめははっとして力の方向を真紅に集中した。

 速い。重い。そして、おそらく本物の剣士だ。

 真っ直ぐな剣筋は奇をてらうことなく、洗練されていた。にわか仕込みの素人や戦闘機乗りの剣とは違う。

 デアクストスは必死に剣を受け続けた。一旦距離をとって立て直したいが、真紅の方が速い。

 イリスは歯を食いしばった。状況を打開できない。じりじりと押されている。さっきから防戦一方だ。

 あやめは息を吐き、より深くデアクストスに溶け込もうとした。

 もっと早く、もっと力を。

 体中に貼り付けられたセンサーは、それでも力をうまく伝えきれないように感じる。

 少し、重い。

 あやめは目を閉じた。

「イリス」

 私にもっと力を出させて。

 あやめがつないだ手に力を込める。

「あやめ」

 イリスが応える。

 デアクストスがより輝きを増した。


 デアクストスが剣を弾いた。真紅がわずかにのけぞり、その一瞬をついてデアクストスは真紅から距離を取るため大きく後ずさった。真紅が追いすがる。デアクストスは更に下がった。

「いいぞ、あやめ!」

 イリスはさっきよりまた一段と速さを増したデアクストスに何とか対応しながら叫んだ。あやめの力が増している。いや、あやめが魔力を発揮することをためらわなくなっているのか。

 真紅の動きに対応できる。力も負けていない。

 これなら!

 デアクストスは少しずつ真紅を押し返し始めた。斬り込む回数が増え、真紅は盾を使い始めた。

 変だ。

 しかし、イリスは背中がちりちりするような気がした。

 デアクストスが追ってくる真紅を狙いすまして剣を振るう。真紅は紙一重でかわし、飛び退いた。

 今のは、もっと離れることができたはずだ。

 真紅が剣を振り下ろす。デアクストスは低く飛んで避け、追撃をかわした。

 イリスは確信した。

 こいつは囮だ。

 必死なフリをしているが、殺気がない。デアクストスを倒す気がない。こいつの役目は。

 わかっていたのに、反射のように隙をついて繰り出してしまった剣を、イリスは止められなかった。

 剣は真紅を袈裟懸けに深く斬り裂き、腹に食い込み、剣を振るった腕ごと真紅の手に捕らえられた。


 俺たちをここに釘付けにする気だ。


 恐怖と痛みが洪水のように襲いかかる。真紅の魔女が切れたのだ。イリスとあやめは必死に耐えながら、その中に抑えようのない歓喜を感じていた。

 デアクストスの剣と腕を掴んだ真紅の機体が、徐々に灰色に変わっていく。しかし灰色の手はそのまま固まってしまったかのように離れない。

 このままではまずい。デアクストスはもがいた。手が離れない。意識も朦朧とする。

「イリス、上!」

 あやめが鋭く叫んだ。イリスは引くことをやめ、真紅だったものに渾身の力を込めて体当たりした。共に倒れ込みながら機体の位置を入れ替える。

 空から新手が襲ってくる。逆光で色が見えない。剣の切先だけが光って白い。太陽を背負って、3機。

 いや、違う。あれは太陽じゃない。太陽と見紛うほど光を反射して輝き、錯覚かと思うほど大きな機体。

「あれも敵か!」

 デアクストスは何とか真紅だったものの手を振り解いた。剣は腹に食い込んだままだが、間に合わない。そのまま刃となって降ってくる敵機に向かって真紅だったものを蹴り上げる。翡翠色の敵機が避け切れずぶつかったが、あとはかわしたようだ。

 もちろん、輝く巨大な機体も。

 デアクストスが立ち上がったとき、周囲は囲まれ、正面には見上げるほどの、白いデアクストスよりも大きなそれが立ちはだかっていた。

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