第8話 若竹道場入門

「ポーションの革命だ、このポーションにこれを入れれば、ポーションの革命だ」





「本日のクエストは収集任務になります」

「んだよ。討伐じゃねーのかよ」


いつものように仕事を説明するミーユに不満を述べているのはグラムドだ。

皆さんはグラムドを覚えているだろうか、もう忘れたかも、でもこれを聞けば思い出すはずだ。と。


「はい、新しい回復剤の材料になるグリーンヨモギをできるだけたくさん集めてきてください。買取価格は1㎏あたり480円となります」


「たったそれだけかよ、ケッ、シケてやがんな」

まるでスリか山賊めいた発言をしたグラムドであったが、生活費もなくなってしまったのではしかたない。安い仕事も引き受けざるを得ない。


「安い仕事でもまずはしっかりとこなして、信用を得ないと儲かる仕事は紹介してもらえないでしょう」(実際には、ただ危険なので積極的に話さないというだけであって、冒険者としてのランクが低くても、聞けばたくさん稼げる危険な仕事は教えてもらえる。もちろんそれをこなすだけの腕前が無ければ、まったく稼げないのだが)

三衛門は仕事にありつけるなら何でもやるといった面持おももちだ。


「何も殺さなくていいというのは案外いいものだぞ、心の平穏を保てる」


「誰だー?てめえ」

グラムドは話しかけてきた男に名前を聞いた。


「私はラールスゥ。シャーマンだ」ラールスゥはゆっくりと答えた。


「シャーマンってなんだい? 呪いで人を殺すのかい」

楽し気に会話に割り込んできたのはお調子者の茂助だった。茂助も手ごろな稼ぎのできそうな仕事やパーティーが見つからず、グリーンヨモギの採集任務をやることになった一人だ。


「いや人は殺さない。殺すのはモンスターだが、なるたけモンスターも殺したくはない」ラールスゥはまたゆっくりと答えた。


モンスターは人間を殺す、ごく弱くて人間を殺せないモンスター以外はすべて。だからこそ人間もモンスターを殺す。やられる前にやらなけれな自分が死んでしまうからだ。モンスターと人間の殺し合いが世の常であるのに、モンスターを殺さないとか言ってるこの男は頭がイカれているのだろうか?


いやイカれてはいない、闘争の世界に心の平穏をもたらす方法を知っているかなりの熟練した冒険者だ。冒険者だからって全員が争いごとが好きなわけではない。


そして意外と熟練の冒険者にとって採集任務は安全にお金を稼げるいい仕事なのだ。それゆえに、中級者当たりの冒険者で戦いをやめて採集のみで生活をしていくものも案外いるものだったりする。



「これは変わった御仁だ。しかし安全に金を稼げるならそれに越したことはありやせんぜ」

三衛門はできることならドミールに危険な冒険者稼業などはやめて欲しいと思っていた。


「これが今日のメンバーです、臨時でパーティーを組むことをお勧めします」とミーユは言った。


「パーティーを組むことに何か意味があんのかよ」とモヒカンのグラムドは素朴に質問したのだが、言い方がいちいち怖いですね。違った。元気がいいですね。


「弊社では冒険者の皆様に、少しでも生存率を上げてより難易度の高いクエストに挑んでもらうため、パーティーの結成を推奨しております。そのためパーティーを組んでグリーンヨモギを集めていただきますと、買取価格が1㎏あたり20円増加しますよ」とミーユは言った。


「たっく、しょうがねえな。買取価格が上がるんなら、仕方なくパーティーを組んでやんよ」グラムドは下がった顎を上げながら言った。


「俺も異存はありやせん、少しでも稼がねえと」と三衛門。

「あっしもお世話になりやす」と茂助

「それでは私もご一緒させていただこうか」とラールスゥ


モヒカンのグラムド、使用人の三衛門、お調子者の茂助、呪術師のラールスゥはパーティーを組んでグリーンヨモギの調達をすることにした。




”今日の天気は曇りところにより悪天候、ゴブリン指数は100です”




ネオ人材派遣会社田中マックスの地下にやってきたグラムドたちは転移門も守番に行き先を尋ねられた。

「こんにちは、冒険者の皆さん。本日はどちらへ?」



「ヒーヤー、どこだっていい、グリーンヨモギがいっぱい生えてるところにだぁー」

グラムドはいつものように適当な返事をした。元気はいいが言われた人が困ってしまう答えだ。


「それでは天上界のサナサ山なんていかがでしょう?」


「それでいいぜー」とグラムドは元気よく言った。

「それでかまいやせん」と三衛門。

「あっしもでさ」と茂助

「決まりだな」とラールスゥ


4人は天上界のサナサ山へと向かった。


「山だ、草だ、グリーンヨモギだぁー、ヒャアー取りつくすぜ―」

グラムドは勢いよく草を取り始めた。手当たり次第だ。


「グリーンヨモギ、グリーンヨモギ、グリーンヨモギ」

まぁまぁ素早い動きで茂助はグリーンヨモギだけをうまく拾い分けている。


「グリーンヨモギ、グリーンヨモギ、これとこれとこれとこれとグリーンヨモギとこれだー、ヒャー」

実際にはグラムドが拾ったのは草草草グリーンヨモギ草グリーンヨモギあとは草だった。


「これを一つづつ抜いて集めるのはなかなか骨がおれやすぜ」と三衛門はグリーンヨモギを根元から抜いては土を落としていった。


ラールスゥはかなり素早い動きで次々とグリーンヨモギを取っていく。こいつはかなりの高レベルものに違いない。


「ヒャッハー、ヒャッハー、ヒャッハー」


「グリーンヨモギ、グリーンヨモギ」


グラムドは相変わらずハイテンションでグリーンヨモギと草を集め、茂助も今にも歌い出しそうなリズムでグリーンヨモギと口ずさみながら集めている。


それとは対照的に、三衛門とラールスゥは黙々とグリーンヨモギを集めた。


グラムドはグリーンヨモギを入れる袋が次々といっぱいになって山のように積み重ねた。


ラールスゥはグリーンヨモギを集めた袋を、異次元につながっているアイテム袋へと入れていった。その様子を見た三衛門は

「それが噂の異次元袋ですかい。本当に荷物が消えちまいやすんでね」


ベテラン冒険者なら皆持っていて当たり前だが、冒険初心者の三衛門が手軽に持てるほど安価な品ではない。


「そうだ。荷物の輸送にはとても便利だ。本来なら必須と言いたいところだが、値段が値段だ。初心者はまず装備を整えなくてはならないが、できるだけ早いころからお金をためて異次元袋を買うといい。面倒を大幅に減らせる」

ラールスゥはゆっくりとした口調で三衛門に教えてくれた。


「へ、あっしもいずれ買いたいと思ってやすが、今はまだ手がでやせん。旦那の異次元袋を一緒に使わせていただけやしませんでしょうか?」と言ったのは茂助だ。


「構わぬが、私がおぬしのグリーンヨモギを横取りするとは考えないのか?」とラールスゥ


「あっしはいろんな人間を見てきやした。旦那はそういうのはしない人間です。間違いありやせん」


「そうと言われては、ずるいことはできないな」ラールスゥはもともとずるをするつもりなどはなかった。


「へ、ありがとうございやす。よ、大統領」


「ふ、まったく調子のいいやつだ」堅物のラールスゥでさえ、茂助の調子のよさに、少しばかり笑みがこぼれてしまった。


「よけば皆のも私の異次元袋で運べるがどうする?」ラールスゥは親切に他の物にも異次元袋を使うかどうかを尋ねた。


「ぜひお願いしやす。それと後で異次元袋を見せてもらえやせんか」と三衛門は言った。


「いいだろう」とラールスゥ


「ヒャッハー、グリーンヨモギだぜ―、ヒャッハー」グラムドは話も聞いていなかった。


そんな感じで彼らは丸一日グリーンヨモギを取り続けた。


グラムドが集めてたグリーンヨモギと草40袋、三衛門が集めたグリーンヨモギ16袋、茂助が集めたグリーンヨモギ33袋、ラールスゥが集めたグリーンヨモギ172袋をラールスゥの異次元袋にしまう前にラールスゥはそれぞれの袋に名前を書いておくように指示した。


「預かる前に、自分の袋には名前を書いておいてくれ」

「へえ」

「へえ」

茂助と三衛門は同じような返事をした。


「ヒャッハー」

ダメだこいつ聞いててない。


自分のグリーンヨモギの袋に名前を書いたあと、三衛門は異次元袋の中に手を入れてみたり、顔を入れてのぞき込んだりした。異次元袋の中は虹色に光る背景の中でしまった荷物がまとまって宙に浮いていた。これはすごい技術だ。異次元袋の開発者が大金持ちになったこともうなずける。冒険者になって魔法を開発したり、魔法を駆使した商品を開発してお金持ちになるという道もあるのだと三衛門は思った。そのためにもまずは冒険者として腕を磨かなければならない。



「皆様お疲れ様です」

ネオ人材派遣会社田中マックスへと帰ってきた皆を出迎えたのは受付係のミーユだった。

「それでは皆様にとっていただいたグリーンヨモギをお出しください。この大型のアイテム鑑定ボックスに入れていただきますと、重さと品質をチェックして、お支払い金額を決定いたします」


「わかった」ラールスゥは異次元袋からそれぞれの名前の書いた袋を取り出した。

「まずは茂助さんのですね…はい、品質も大丈夫なようです。これですと買取金額は4万9千500円です。よろしけれな買取となります」


「へえ、ようござんすよ」と茂助は答えた。


「それではこちらお支払いです」茂助はお金を受け取り、ミーユはカウンターテーブルの奥へと茂助から買い取ったグリーンヨモギの袋を置いた。


「お次は三衛門さんのですね…品質をチェックします。少々品質の悪いものが混じっていたようです。それらは、買取額が減額となります」

ミーユは鑑定装置を動かしながら三衛門にそう言った。


「へえ」


「三衛門さんの買取金額は、2万2千500円となります」

三衛門は同意してお金を受け取った。


「次は…」


「俺だー、ヒャー」


「あ、はい」ミーユが喋ろうとしたとたんグラムドが勢いよく返事をしたのでミーユは面食らってしまった。


ラールスゥは異次元袋からグラムドの取った袋をすべて取り出した。


「これがおぬしの取った袋全部だ」


「ヒィヤー」グラムドはいつものハイテンションだ。


「それではチェックいたしますね」ミーユもだんだんグラムドのハイテンションにれてきた。


「買取価格は1万500円です」


「ちょっと待てー、こんだけあってそんだけかよ!? どうなってんだ。コリャー」


ミーユは小さく息をつくと丁寧に説明を開始した。

「グラムドさん品質も悪いものが多いですが、そもそもグリーンヨモギじゃない物が多すぎますね」ミーユはややあきれた顔だ。


「結局全部草なんだから、一緒だろーが、いいじゃねーか一緒に買い取ってくれよぉ」


「ダメです」

ミーユは強かった。


キッパリと断ったミーユにグラムドの方が少しばかりたじろいだ。


「むしろ選別が大変なんですからこっちが選別料をいただきたいところですよ。これ以上文句をいうなら、買取価格を下げますよ」

ミーユはグラムドの目をキッと見据えた。


「わーったよ。買い取ってくれや。金が無きゃあ飯も食えねえ」グラムドはしぶしぶ金を受けとった。

「ちっ、しけてやがんなぁ」

さすがのグラムドもこの発言には元気がなかった。


「最後はラールスゥさんのですね。品質はすべて良いようです。すごいですね。買取価格は25万8千円です」


「ありがとう」とラールスゥはお礼を言ってお金を受け取った。


「これで精算は完了だな」とラールスゥ




精算のおわった後、まだ彼らはすぐには家に帰らなかった。

「グリーンヨモギなんざ何に使うんでしょね?」と茂助は言った。

冒険初心者の三衛門は回復剤という話を聞いてそういう物かと思っていたが、冒険初心者以外は使い道については少しばかり気になっていた。



「よくぞ聞いてくれた」

突如ビジネススーツにネクタイ姿といったいかにもサラリーマン風の男が現れた。全員の思いは一致していた。その思いを口に出したのはグラムドだった。

「誰だ? こいつ」


「私はポーションに革命を起こす団子屋の社長だ。名前はどうせ覚えないだろう。私のことは団子屋の社長とでも呼べ」


「それで団子屋の社長が何のよーだよ」とグラムドは聞いた。


「君たちが知りたがっていたグリーンヨモギの使い方について教えてあげよう…本当は企業秘密だが、今回だけ特別だぞ」

団子屋の社長はウキウキしていた。言いたくて仕方がないという風だ。


ミーユを含め、一応皆は興味を持って話を聞いた。


「何を隠そう、グリーンヨモギを使ったポーション、その名も、グリーンヨモギポーション団子を作るのだ」もしこれがテレビ番組なら画面から顔がはみ出すくらいの迫力のドアップで映し出されていたことだろう。


「ここにサンプルのグリーンヨモギポーション団子がある。食べてみるがいい」

どっからどう見ても普通のヨモギ団子が皿にのせられている。皆はどうしていいのか困惑した。


「なんだ、みな腹が減っていないのか。毒なんて入っていないぞ」


「腹は減ってるぜ―、ヒャー、いただきだァー」グラムドは皿から1串とって団子を食い始めた。


「それではあっしも」茂助も団子を手に取って、グラムドの様子を確かめてから食べた」


グラムドのHPが回復した。茂助のHPが回復した。どうやらちゃんとした回復剤らしい。


「二人の様子を見て三衛門もミーユもラールスゥも団子を食べた」

3人のHPが回復した。


「おいしいですね」とミーユは素直な感想を述べた。

「うんめーなこれ、もうねーのかよ」とグラムドはもっと食べたそうだった。


「試供品だからな。もっと食いたければうちの店で買ってくれ。1本500円だ」


「ただの団子に1本500円だと? ぼったくり過ぎだろうがよぉ」グラムドはその値段に驚いた。


「ふっ、甘いな、ただの団子ではない、何しろこれは、グリーンヨモギポーション団子だ」


「ポーションって言葉の意味がが行方不明ですね」とミーユ


「細かいことは気にするな、ファンタジー世界でポーションと言えば回復剤のことだろう。イメージとしては液体のやつだ。グリーンヨモギポーション団子のポーションは回復剤という意味で受け取ってくれ」団子屋の社長は熱く語っている。


「このグリーンヨモギポーション団子のすごい所は、うまい団子としてだけではない、普通に回復剤として有用な上に、保存食としても、なんと常温で1カ月の保存が効くのだ。しかも虫とかもつかない。これによって回復剤と食料というかさ張る荷物を大幅に減らせる。しかもお値段通常のポーションよりもお安いたったの500円。これはお買い得でしょう!?」



「へぇそれはすごい」とミーユだ。

ミーユは冒険者たちの道具なんかの相場も仕事柄よくわかっている。通常のポーションが千円近くする昨今。同じだけの回復力を得られるのならグリーンヨモギポーション団子はすごい品だと思った。名前の長さ以外は。


三衛門とグラムドは特にわけがわからないという顔をしていた。


「そして私はその団子屋の社長として、これから伸びるグリーンヨモギポーション団子のに投資する者を探しているんだ。どうだ君たち、話に乗らんか? 一口100万から投資できるぞ」


「100万だぁ、ふざけんなよ、そんな金あるわけねーだろう?」グラムドは嵐のごとく声を発した。


「そう怒るなよ、無理やり奪い取るわけじゃないんだ別にいいだろう。そっちのあんたらはどうだ?」


「100万なんてもってやせんぜ」と三衛門は悲しそうに言った。

「私もだ」とラールスゥ


ミーユさんも受付業でそれほどお金がないわけでもないこともないが、職場に突然やってきて自社の宣伝始めちゃうどころかいきなり投資を持ちかけてくる人間なんて信用できるわけがない。


しかしミーユは案外うまくいきそうかなと思ってもいた。少しもったいない気もするが、規約違反にもなるしやっぱりここはスルーするしかない。


「なんだ、冒険者は儲かる職業じゃなかったのか。誰もこんなおいしい投資に乗ってこないなんて、やはり冒険者は商業のセンスが終わっているのか」


「へえ、社長さん、素晴らしい商品をお作りですね。味よし、保存よし、値段よしってね。あっしもその話、是非とも一口乗りたいところなんではありますがね…」

茂助は社長のご機嫌を取るように話を初めた。


「おおそうか。君は見る目があるな」


「何分がありませんで、その投資待ってくれないでしょうか」

茂助は手でお金のマークを作って見せた。


「いやなに、あっしは金さえあれば10口でも100口でも投資をしたいところではあるんでさぁ。なのであっしの投資分は支払いをちょいとばかり待っていただけねえかと思いやしてね。あっしら冒険者稼業だ。今は金がなくてもすぐに大金を稼げるに違いありやせん。金が入り次第支払うってことで、ここはひとつ投資させてくれませんかねぇ?」


「それじゃ先行投資の意味がないだろう」


「そりゃその通りですね、つきましてはネオ人材派遣会社田中マックスさんに給料の前借をお願いしたいしだい」


「ダメです」

ミーユはきっぱりと断った。


「ええ?」となぜかミーユが受け入れる流れだと思っていた団子屋の社長はガックリうなだれた。


「というか、うちの会社で、投資の勧誘をしないでください。普通に規約違反ですよ。当面うちの会社へは出入り禁止とします」



こうして、団子屋の社長はネオ人材派遣会社田中マックスから追い出されたのであった。


「皆様も本日はお引き取りください」ご機嫌斜めなミーユの言葉に押されて、他のメンバーも会社を出て帰って行った。




ラールスゥは帰り道が違ったようだ。


それ以外の三人、三衛門と茂助とグラムドは帰り道が同じだった。


「しっかし、もったいない話でやんした」と茂助。

「そうなんでさぁ?」と三衛門。

「ヒャー」グラムドも一日の疲れがあって奇声に元気がない。もちろんこいつは話なんて聞いてない。


「そうですぜ、旦那、金さえあれば何口でも乗っかるところでしたよ。あれだけの品物がポーションの半値程度で手に入るとなりゃあ、ポーション世界に革命が起きやすぜ」


「そうなんでさぁ?」三衛門はまだグリーンヨモギポーション団子のすごさがわかっていない。まだ冒険でポーションを使うような機会がなかったからだ。回復役のいないパーティーは回復剤代が結構かかってしまうものだ。それゆえ稼ぎの割りに出費がかさんでしまうのだが、グリーンヨモギポーション団子はその改善に一役買うだろう。


「しっかし、あっしのようなしがない冒険者には、とてもポンと出せるような金額ではありやせん」と茂助は言った。


「冒険者は儲かるって聞いて冒険者になったんはいいが、ほとんどその日暮らしじゃいけやせんぜ。お嬢も一族の復興をする日がいつになることやら」三衛門は先のことについて迷っているようだ。


「冒険者になって金を稼ぐには、危険なモンスターを倒すのが一番でしょうよ。そのためにはモンスターを倒してレベルをあげなきゃなりゃせん」茂助は答えた。


「レベルを上げるにしたって、どうやってモンスターと戦っていいやら。迷っちまうなぁ」


「あっしもどうも戦闘ってのが苦手でしてね。全然レベルが上がらないんでさぁ」茂助も一応レベルが上がらないことを悲観しているようだ。


「はぁ、どこかに戦い方を教えてくれる人でもいないもんか」と三衛門はうなだれた。


「ヒーヤー」

こいついつも楽しそうだな。レベル低いけど。それがグラムドなのかもしれない。


ヒュー


風と共に一枚の紙が舞ってきた。その髪は三衛門の顔にぶつかりそうになったところをキャッチされた。


「なんだこりゃ」三衛門は紙に書いてある文字を読み茂助もそれを覗き込んだ。


若竹道場 生徒募集 冒険者を目指す方、異世界に飛び出す新星になろう。

戦い方教えます。素手から九節棍まであらゆる武器を取り扱っています。


「若竹道場? 戦い方を教えてくれんのかい?」

「そうみたいでやすね」

三衛門と茂助はその道場のチラシをしげしげと眺めた。


「何みてんだてめーら」


グラムドは二人の見ているチラシを奪い取って読んだ。


「若竹道場? 生徒募集? 冒険者を目指す方異世界に飛び出す新星になろう? 戦い方教えますだぁ? 素手から九節なんたらまであらゆる武器を取り扱っていますだと?」


グラムドはチラシを読んでしばらく考え込んだ。


「おいおい。こちらが読んでいるんだ、取るなよ…」と三衛門はゆっくりと手を伸ばしグラムドからチラシを取り戻そうとした。


「これだー…これしかねえぜ…俺は天才だぁっ!」グラムドは勢いよく紙を握りつぶした。


「おい、まだ見てるんだ返してくれ、何かあるのか」三衛門は紙を返して欲しがった。そして一応グラムドのことも気にした。


「今すぐここに行っくぜー、ヒィィィィヤァァァア」グラムドはすごい全力で走って行った。


「一体何でやんすか」茂助も興味本位でついて行った。


「何なんだい、あんたたち。一体何があるんでさぁ?」三衛門も二人を追った。




「ヒィィヤァァァ、ここだー、突撃するぜ―」

若竹道場という看板がある建物のところへやってきた3人。インターホンを押す間もなくグラムドは道場の中へと突撃して行った。


「何なんだよ、もう」三衛門もわけがわからずについて行った。

「へえ、旦那置いて行かないでくだせぃ」茂助も何が起こるのかわからないまま後に続いた。


道場へ入ると白髪の老人が立っていた。

「おいおいなんだ、騒がしいな…客人か」


「ヒィィヤァァァ、おめえがココの道場主かぁぁぁー? ぁあん?」


「そうだが、用事があるならインターホン押しな」男は落ち着いていた。

「それで、なんのようだ?」


「おめーを倒して、この道場をいただくぜぇー-」


「ええー!?」

茂助と三衛門は声をそろえて驚いた。


「行くぜ―、しねぇぇぇえ」グラムドはいきなり男に襲いかかった。


男は軽く身をかわし、グラムドの攻撃をかわしながら話を続けた。

「おいおい、そんな用件ならインターホン押せよ。どんな急用かと思ったじゃないか。せめてお互いに名前くらい名乗ってからにせえ」


男はグラムドの腕をつかんで軽くひねるとうつ伏せにして軽く殴って気絶させた。


「なんだ、やけに弱かったが、そっちのが本命か?」男は茂助と三衛門に問いただした。


「いえ、あっしらはそこの伸びている旦那があまりにも急いで走り出したので、何の急用かと思ってついてきただけでやす」茂助はは驚きのあまりとってつけたような語尾でしゃべった。


「なんだぁ、お前らも道場破りじゃないのか?」


「あなたは…何者でさぁ?」三衛門は目の前のできごとが理解できずに何者なのかを聞いた。


「知ってて道場破りに来たんじゃないのか…まあよい、わしはこの道場主の若竹源二わかたけげんじじゃい」


「若竹…源二、いえ若竹先生、俺を弟子にしてくだせえ」三衛門は土下座して頼み込んだ。


「おーけー、そういうことか、そりゃ師匠の実力は知りたいわな。おーけーおーけー三人まとめて面倒見てやるぞい」若竹源二は何かを誤解していた。


「いえあっしは…」茂助は何かを言おうとしたが、若竹源二に遮られてしまった。


「心配するな、おぬしらをいっぱしの武道家にしてやるわい」


「いえ、俺は冒険者でして…」三衛門は冒険者であることを告げた。


「そーか、冒険者か、最近の若者は度胸があってええのう。わざわざ危険に身を置いて稼ごうなんて見あげた根性じゃ。この先が楽しみじゃわい」

若竹源二は楽しそうに話を続けた。


「ほら、これが入会書だ、これにサインして、月謝は月3万円、2か月間は体験可で無料だからご安心ください。ほれ、紙とペンじゃ」

若竹源二は紙とペンを取り出して三衛門に差し出した。三衛門はすぐさまサインをして、茂助に渡した。


茂助は迷ったが、冒険者として稼げるようになれば、暮らしぶりも楽になるだろうと少しだけ思った。何よりもその場の人々の勢いに押されてサインをしてしまった。


「はいはい、三衛門君に、茂助君ね」


グラムドは寝ているままサインもできないので、後回しにすることにした。


三衛門は寝ているグラムドの周りを見回したよく見ると畳も壁もボロボロだ。


「先生、つかぬことをおうかがいしますが、もしかしてこの道場は流行っていないのでは?」


「おおそうじゃ、最近は冒険者になる前や後で道場に通いたがるやつが少なくてのう、今ここの門下生は主ら3人だけじゃ。あとわしのことは師匠ってよんでくれ」

若竹源二はこの道場の経営状況を示唆した。


茂助は失敗だったかなと思ったが、先ほどの若竹源二の動きを見て実力は本物であると分かった。ええい、今さら引けないと茂助も覚悟を決めた。


「ところで主ら、冒険者だといったな、レベルはどれくらいだ?」と若竹源二は尋ねた。

「レベル2でさぁ」と三衛門

「3でやす」と茂助


「えっ? それは本当か? それは育てがいがあるなぁ、ただ、おぬしらが活躍して道場の評判が上がるにはずいぶん先になりそうじゃな。」と若竹源二。

「ちなみに寝転がってるこいつのレベルを知っているか」


「知りやせん」と三衛門。茂助も首を横に振った。


「起こして本人に聞いてみるか」若竹源二はそういうとグラムドの背中のあたりを指で触ったようだった。その瞬間、電池切れのおもちゃに急に電気が流れたかのように、グラムドはビクッと反応して目を覚ました。


「やぁ、私は若竹源二、君の師匠になる男だ。君の名前とレベルを教えてくれるかな」


グラムドは目を覚ますと何が起きているのかよくわからずに、素直に名を名乗った。

「俺はグラムド、レベルは5だ」

グラムドはまだ頭はフラフラさせている。

「ところで師匠ってなんだ?」


「まぁ細かいことは気にするな、これにサインすれば君ももっと強くなれるぞ」

「あぁん? サインすりゃ強くなれんのかよ? サインするぜ。グラムドっと。ほらよこれでいいのか? まだ強くなんねえぞ」グラムドは書類にサインをした。


「なぁに心配はいらん。わしが武術を教える以上はすぐに強くなるぞ」

若竹源二は自信満々に依頼を請け負ったという顔をしていた。

「なんだと、教えるってなんだ、サインしても強くならねえじゃねえか騙したな」


襲い掛かるグラムドを若竹源二は軽く肩越しに投げ飛ばした。怪我をしないようにうまく投げている。

「騙してはいない。おぬしらは強くなるぞ。それにな、強くなればわしに勝てるかもしれないぞ。もしわしに勝つことができたらこの道場をやろう」


「言ったな。それなら弟子になってやるぜ。ジジイ早く教えろ」


「わしのことは師匠と呼べ」


バキッ


グラムドが返事をする前に、若竹源二のパンチがグラムドのあごに入り、グラムドは再び気を失った。


「そっちの二人もな」

「へぇ師匠」と三衛門は言った。

すこし間を開けてからもすけも。若竹源二に媚びるように「へぇ、お師匠様」と言った。


「ところで君たち、希望の武器ってある? フレイルやモーニングスターもあるよ」


「特にありやせん」

「あっしもです」


「こっちの寝てる彼は釘バットとかがいいかな?」若竹源二は寝転がっているグラムドの顔を覗き込んで言った。


「最近の子たちって主張が薄いのよな」若竹源二はもっとグイグイとあれがいい、これがいいと騒ぎ立てる弟子たちを想像していた。

「ならば、一通り触ってみるのがよかろう」



九節棍

若竹源二が振り回すしぐさをみて茂助は真似してみた。

「あいたっ」

茂助の頭部に命中。これはダメそうだな。


「ちょっと可動部分が多かったかな? なら三節棍くらいでどうだ?」

若竹源二は見事に三節棍を扱って見せた。


三節棍

三衛門はどうしていいかわからずに適当に振り回してみた。

「あいたっ」

「痛っ」

三衛門の振り回した三節棍は茂助の頭部に命中し、その反動で三衛門の指を挟んだ。


「これもダメみたいだな。可動部のある武器ややめておこう」と若竹源二は次の武器を持ってきた。

「薙刀だ。これはどうだ」


薙刀

薙刀を渡された茂助は薙刀を振ってみた。しかしその様子は薙刀を振っているというよりは薙刀に振られれているという感じであった。うーんいまいち。


「いまいちだな、他のにしよう」

「いっそ武器を使わない素手ではどうだ。ほら武器なんか捨ててかかってこい」


三衛門は言われた通りかかって言った。三衛門はあっとゆう間に宙に浮き、床に転がされてしまった。もちろん怪我をさせないように若竹源二は最大限の手加減をしてだ。


「これが素手の力だ。素手なら己の身を鍛えるだけで武器になるし、なくす心配も買い変えの必要もない。まずは簡単な板割りでもやってみよう」


若竹源二は薄い板を持ってきて三衛門と茂助の前に板を構えた。



素手

「ほらやってみよう」

若竹源二はウキウキ気分だ。

「へぇ」

三衛門は板の前に構えた。

「いきやすぜ」

「さあ来い」

「ていや」

パキ

薄い板は見事に割れた。

「そうだ。いいぞー」若竹源二は三衛門をほめた。


「そうだな次は2枚にしてみよう。まぁもともと薄い板だから2枚でもまだだいぶ薄いが、まずは簡単なことをから初めて自信をつけような。では次はそっちのだ。茂助君だったね。さぁやってみよう」


力強く茂助は板にパンチした。

「せい」

パコン

「痛った」

板は割れなかった。茂助は手を振って痛がった。


「うっそ?」

あまりの弱さに若竹源二は驚いた。

「うーん、これも合わなかったかな。うーんどうしよ、うーん。そうだ。やっぱり武器は最初は無難に剣を使おう。慣れてきたら他の武器に挑戦してみるのもいいだろう」


そんな話の流れで三衛門も茂助も、訓練用の木剣もっけんを渡された


「やっぱり強くなるには地道な努力と基礎が大事だからね。まずは素振りから」


若竹源二は縦斬りの動作をやって見せた。


シュバッ


とても素早い太刀筋だ。そのあともう一度同じ太刀筋をゆっくりとやって見せた。

「こうやるんだ。これを200回から初めてみよう」


三衛門は素振りを始めた。

茂助も素振りを始めた。


ビュ ビュ


スイー スイー


三衛門はまあまあ鋭い太刀筋で素振りをして、茂助は弱弱しい素振りだった。


「198…199…200」三衛門は200回の素振りをやり切った。

茂助もやや遅れて200回の素振りをやり切った。茂助は息が上がっている。


若竹源二は茂助はレベルの割にやけに体力が弱弱しいなと思った。これはごくまれにいる、レベルにステータスが比例しないタイプだ。そのタイプは2種類いて、ずっとステータスが低いまま伸びていくタイプと、高レベルになるにつれて急激に成長するタイプだ。どちらにしても低レベルの内は、何をするにも苦労する。


そのことを若竹源二は茂助に話すと茂助はゆがんだ笑いをしながら、そういうもんですかねぇと言っていた。


茂助が低空成長型だとしても、レベルを上げれば今よりも強くなることは間違いないのだ。あとはその人がその成長の低さに耐えて鍛えることができるかどうかだ。どのような成長をしたとしても、体を鍛えたり、レベルを上げることをやめてしまったら、その人の強さはそこで終わってしまう。若竹源二は茂助を励ました。


「道場に通い続ければ必ず強くなる。そうして見せる。わしを信じて道場に通うのじゃ」

「へえ、師匠」

「へえ、お師匠様」

三衛門と茂助はそれに肯定の意味で答えた。


「次はそうじゃな、走り込みで足腰を鍛えようぞ。グラムドとか言ったな、こっちのモヒカン君も起こそう…はっ!」


若竹源二がグラムドの首の後ろあたりを人差し指でつつくと、グラムドは目を覚ました。


三衛門と茂助はその様子を不思議そうに見ていた。

「ほれ、三人ともランニングに行くぞい。今日は軽く5kmからじゃい」


「んあぁ? ランニング? なんでそんなことしなきゃならねえんだ?」

「強くなるためだ、ほれ、行け」若竹源二はグラムドの尻を叩いた。


「ほれ、わしにつづけ」


若竹源二は3人の前に出ると走り出した。若竹源二としてはかなりゆっくりとしたペースで後ろの三人が何とか追いつけるように速度を調節していた。


「待ってくだせえ、師匠」

「お師匠様早すぎます」


「ヒィィイ、ヤーーーー」グラムドは元気いっぱいだった。というかそれは長距離走の走り方じゃない。全力疾走をして若竹源二を追って行った。

「ほら、おしゃべりをしながら走ると余計に疲れるぞい。わしに追いついたら今日の走り込みはそこまでにしてやろう」若竹源二はグラムドに追いつかれないように速度を上げた。


ビューン


あっという間に見えないところまで走りさり、あっという間にグラムドはへばった。その様子を見て若竹源二はまたすぐ近くまで戻ってから3人の前をぎりぎり追いつかれないくらいの速度で走り始めた。グラムドが再び速度を上げると、若竹源二は速度を上げてまたあっとゆう間に遠くに行ってしまった。



5kmを走り終わって弟子の三人は皆疲れ切っている。肩で息をしながらすわり込んでしまった。


「よし、初日の訓練はこのくらいでいいじゃろう。どうせおぬしらろくに仕事もしていまい。仕事の無い日は毎日道場に来るようにな」5kmも走った後に若竹源二は息一つ切らしてはいなかった。


「へ、へぇ師匠、わかりやした。俺も鍛えりゃ、師匠のようになれますかい?」

「それはお主しだいじゃ」若竹源二はにこやかに答えた。


「それではお師匠様、なんでそんなに早いんですか?」茂助が聞いた。

「それはレベルが高いからじゃよ」


まぁまぁ身もふたもない答えでもないこともない。


「一体何レベル何ですか師匠」

「86レベルだ」


「へー」と茂助は感心した様子だ。


「レベルさえ上げれば誰でも強くはなるが、戦い方がわからなければレベルを上げてる最中に命を落としてしまうかもしれぬ。身を鍛え、レベルを上げること。まずは皆30レベルを目指すぞ。今日はこれでしまいじゃ」


三衛門も茂助もグラムドも、今日はクタクタになって帰って行った。


こうして、若竹道場での初日の訓練は終わった。


次回:魔王躍進(コワイ)


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