第46話 旅の終わり

「なんか、凄いことになってるわねえ」

「そうだな」

 さて、九尾の力を最大限に利用して京都へと移動した天夏と保憲は、気が入り乱れ始めたのを感じて苦笑してしまう。

 最後はここで溢れた気が融合するとは、なんとも不思議な気分だ。しかし、これ以上お誂え向きな場所はないなと納得もする。

「おっ、ようやく登場か」

 そんな二人に声を掛けたのは、運転で疲れたと休んでいた亜連だ。ぞわぞわとした気配に、さすがにのんびり寝ていられないと出てきたところだった。

「他の奴らは」

「京都御所に行ったらしいって、さっきまで一緒だった松尾芭蕉が言ってたよ。その芭蕉はやることが出来たって、どっか行っちゃったけど」

「ふむ。まあ、この気の変動で起きてきた連中に関して、俺たちは何も出来ないからな。ただただ利用されるだけだ」

 東京でのことを思い出し、保憲はつい舌打ちしてしまう。

 かの御仁は関東の封じが終わったのを確認すると

「では、もう寝るぞ」

 さっさと消えてしまった。

 普段は封じの礎として、眠った状態でいるのだろう。だがしかし、もう少し手伝ってくれてもいいのではと不満になる。千年以上ぶりに起きたというのに、そうあっさり寝に戻れるというのにもびっくりだ。

「ははっ。なるほどね。あくまで、あの人たちは案内役なんだ」

 亜連は突然わらわらと車に現れたもんなあと苦笑する。彼らは京都に向かう呪術師がいると、その気配に引っ張られて出てきたというわけか。

「そういうことだ。そして、京都に向かうメンバーの中に信長と将門が入ったのも、最終的にここに呪いの気配を満ちさせ、封印に使った霊気を中和するためってわけだな」

 保憲は周囲を探り、なるほどねえと一人納得する。

「中和」

 それって必要なのと天夏は首を傾げてしまう。言われるままに保憲と組んでやって来たが、未だに本質は解り難いままだ。

「そう。本来、この世界にこれほど多くの気は必要ないんだ。どうして世界でも同じ現象が起こっているのか不思議だったけど、結局のところ、世界中で気の余剰が発生したこと、他の国でも信仰を疎かにしている部分があったことが合わさり、同時多発的に起こることになったんだろうね」

「へえ」

 なるほど、気の総量が変わったために他でも同じ現象が起こった。これは解りやすい。

「そう。そして今、一番大きな気を溢れ出させていた日本が鎮まろうとしているのだから、他でも鎮まることになるだろう。問題は時間の巻き戻しが起こっている点だが、こればかりはこの京都での封じが完成しないことには、何がどうなるかは不明だな」

 しかし、ここまで解き明かすことが出来た保憲にも、気を封じたら町並みが戻るという現象は理解できない。手掛かりは平安時代まで飛ばされたサラなのだろうが、彼女は完全な妖怪になったわけで、この現象に合致しない。

「ううん。それはそうよね。どうして時間が戻るのかしら。っていうか、私たちは結局何をしていたのかしら」

 くすくすと笑う天夏だが、内心は複雑だ。今までの努力が、式神たちの登場によって大きく覆され、この保憲と那岐自由が総てを掻っ攫っていくことに不満がある。しかし、自分たちがどれだけ足掻いても、この結論には達せなかったことを考えると、後は流れに身を任すしかないとも思える。

「不思議よねえ」

 一つでも掛けていたら回らなかった、この世界を変える手段。まさに二人と式神たちは歯車で、噛み合わない限り次に動けないようになっていたわけだ。

「まあ、そういう歯車的な要素は感じていたから、戦国時代では避けていたんだけどね」

 嫌なもんだねと保憲は苦笑する。

「あら。そう言えば、戦国時代はあなたって何をしていたの?」

 ずっと話題になっているけど、どこで何をしていたのか天夏は気になった。それに保憲は少し嫌そうな顔をしたが

「千利休だよ」

 と、その頃の正体を教えたのだった。




 伊勢での儀式は次の段階に入っていた。

「くっ」

「うっ」

「踏ん張れよ」

 大きな力を受け止める役目を担うことになった式神四人を励ましつつ、自由は印を組む。すると、サラがしゃらんっと鈴を鳴らしながら、華麗な舞を披露する。

「鎮まれ」

 自由は一心に祈りながら、次々と印を組む。

 何をすべきか、自然と理解できる。

 不思議な感覚だが、自分はこのためにこの時代の、この場所にいるのだと強く意識する。

 そして、このまま進むべきだと複雑な印を組み換え、そして言霊を口に乗せ、式神たちが支える力に乗せることを繰り返す。

 すると、それに呼応するように、気にぶつかるものがある。京都御所で咲斗が儀式を始めた証拠だ。

「ここからだ」

 自由は両足にぐっと力を籠め、踏ん張る。

 ここに溜まってしまった総ての気を吐き出させ、咲斗が注ぐ呪いの気配に当てて中和させる。そうやって綺麗になった気を、式神たちの力を使った日本中に飛ばす。

 それがやるべき最後のことだ。

 自由の脳裏に、サラと出会った場面が思い出される。


 ぼてっと、何かが落ちる音がして振り向いたら、尻尾が二本ある子猫が落ちていた。最初、祓って終わりにしようかと思ったが、ただの妖怪とは違う気配を感じ取り、思い止まった。

「ううん」

 抱き起こしてみると、それは普通の猫と変わらなかった。ぐったりとした様子に、取り敢えず気が付くのを待つかと、晴明は簀子縁の日の当たる場所へと移動し、子猫を温かい日向に寝かせた。

 しばらく、くうくうとのんびり眠っていた。その猫が突然目覚めたかと思ったが

『な、何これ?』

 猫の鳴き声に、人の声が混ざっていた。

 晴明はびっくりしたが、平静を取り繕い、その猫から話を聞き出したのだ。


 あの時、本当は焦っていたし、とんでもないモノが現れたと思っていたと知ったら、全幅の信頼を置いてくれるサラはどう思うだろうか。

 今や美しい女性の姿を難なくと取り、自分の儀式の補助まで出来るようになったサラ。その努力は並大抵のものではない。それを知っているからこそ、今の今まで、あの時はびっくりしたとは言わなかった。

 何より傷ついているのはサラだから。

 もし自分が何も出来ないとなったら、困るのはサラだから。

 知らない間に時空を超え、たった一人になってしまった少女。

 その姿は、保憲に出会う前の自分にどこかそっくりで、だからこそ、多くの部分で共感したのだ。

 同じだと気づいたから、晴明から本音と嫌だという思いを取り去った。今風に言えば先輩らしく頑張ろうと思ったのだ。

 今と同じく、十代だった。そのおかげか、寂しさには敏感だった。

「サラ」

 自由が小さく呼ぶと、サラがこちらを見て微笑む。

 もう独りぼっちじゃない。

 晴明も、自由も、そしてサラも。

 長い年月が掛かったけれども、多くのものを得た。

「もう少しだ」

 自由がそう言うと、サラは嬉しそうに笑った。

 そう、本当にこれで終わる。

 自由にとっても、いや、晴明にとっても長かった旅が。

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