第40話 難し過ぎる

「あっ!」

「ななっ!?」

「こりゃあ、凄いね」

 その頃、地震が収まって周囲を確認した礼暢たちは、すっかり元通りの太宰府天満宮に驚いていた。

「おおっ。お主たちが私を起こしてくれた者たちだな」

 と、そこに朗らかな声がする。一体誰だと三人が声の方を見ると、冠束帯姿の御仁が立っていた。その気配は明らかに人でも妖怪でもなかった。

「ひょっとして、菅原道真」

 月乃が思わず指差して言うと

「いかにも。元気なお嬢さんだ」

 道真はからからと笑って答えてくれる。それに三人はほっとしたが

「えっ? どういうこと?」

 路蘭は何で道真が出て来るんだよと礼暢を突っつく。

「解らん」

 あらゆる展開が思考を調節していて、どうすればいいんだと戸惑うことしか出来ない。それは天夏の右腕として、今まで自由と戦ってきた礼暢も同じだ。

「そなたたち、変わった気配をしておるな。おかげで私は目覚めることが出来たようだ」

 そんな呆然とする三人に、道真は朗らかにそんなことを言う。

 目覚めた。

 今、霊場の封じを行おうとしているのに、真逆のことが起こったことになる。

「この辺りに漂っていた良くないモノは祓ったが、他はまだまだだ。そなたたちが手伝ってくれるのだろう」

 まだまだ戸惑う三人に、道真は早く行くぞと促してくる。

「ええっと」

「良くない気。つまり、妖気ですよね。それ、俺たちからも漂っていませんか」

 だから、月乃の戸惑う声を受けて、礼暢がそう質問した。しかし、道真は何を言っているんだという顔をし

「お主たちからは、かつて出会った陰陽師や僧たちと同じ気配がしておるよ」

 にこっと微笑んだ。

 ますます、ますます解らない状況だ。しかし、自分たちが出来ることがあるらしいと、それは理解できた。

「道真を信じよう。行くぞ」

 礼暢が覚悟を決めると、そこにひらりと何かが舞い落ちてきた。

「なんだ」

『封じるものが何か解ったぞ』

 拾い上げると、いきなり保憲の声がした。どうやらこれは、陰陽師の術らしい。

「封じるものが何か解ったって、気じゃねえのかよ」

 原理は解らないが電話のようなものだろう。そう思って礼暢は訊く。すると、予想通り保憲が答えた。

「現在、この世界を覆う現象は、歴史を忘れたことに起因するんだ。単純に気だと考えていたから、今まで本質に気づけなかったんだよ」

「ん?」

 本質。なんのこっちゃ。それが礼暢の、そして路蘭や月乃の率直な感想だ。

「日本以外でも同じような現象が起こっているらしいが、今は横に置いて考えよう。そもそも、この変動は富士山の噴火が原因だ。日本の歴史で解決できると思う」

「ん?」

 ますます解らん。

 三人はそろって首を傾げる。一体、何がどうなっているのか。そして保憲は説明をする気があるのか。

「すぐに理解できなくてもいい。ともかく、その土地のキーパーソンと合流してくれ。そして各地の霊場に封じを施すんだ」

 保憲の言葉に、三人の視線は道真に集まった。

「なあ、それって菅原道真でいいのか?」

 路蘭が問うと

「ああ、もう会えたのか。じゃあ、後は彼と協力して動いてくれ」

 保憲はほっとしたようだ。

「ということは」

 先ほどの、道真の証言は正しかったことになるのか。礼暢は何が何やらという気分になっていく。

 自分たちは妖怪化した嫌われ者で、この世界を覆う気の影響を色濃く受けているのではなかったか。

「それに関しても解っている。俺たち陰陽師や、君たちのような強い力を受け継いだ妖怪化した人たちは、この乱れた気を鎮める巡礼者に選ばれた証拠というだけだ。忘れられた、歴史の闇に埋もれ、封じられた者たちが、陰の気に親和性のある人間を選び、自分たちを思い出させようとしただけだったんだよ」

「ええっと、ごめん。理解できん」

 難し過ぎるんだよ。そう文句を言いたいのを堪え、礼暢は無感情にそう返していた。

「俺も理解不能だったが、ともかく、妖怪の力を持つ俺達でも封印は出来るってことだな」

 フリーズ寸前の礼暢に代わり、路蘭がそう訊ねる。

「そのとおり。九州から京都へ向けて封印を開始してくれ」

「えっ」

「ちょっと。それって広範囲過ぎない?」

 三人では無理でしょと月乃が悲鳴を上げる。

「大丈夫。途中で晴明と合流できるはずだ」

「へえ」

 あいつも来るのか。礼暢はようやく思考停止状態から立ち直り、では、それまでは頑張るしかないなと頷くのだった。

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