第30話 勝てない相手

「なるほどね。つまり、この状況の鍵となるのは、お前ってわけか」

「えっ」

 しかし、鍵と言われて思い切り驚いてしまう。

「だってそうだろう。ああ、あとは晴明か。奴の前に現れたわけだし、なにより、あいつは今、能力が異質だ。そのことを合わせて考えると、ははっ、少し面白くなってきたな」

「――」

 やはり頭の回転が違う。何をどう思考しているのか、それを追い掛けることは無理だが、保憲には解決策が見えているのだ。それは今、彼がこの場で初めて見せた、本当の笑顔から読み取れる。

「保憲様」

「さて、まずはこの場を収めるぞ。サラ、お前も手伝え」

「あっ」

 名前を呼ばれて、あの頃とはちょっと違うけど、それでも懐かしさが込み上げてきた。サラはぽんっと人型に変化すると

「何をすればいいですか」

 指示を仰いだ。

「そうだな。一先ず、あの二人のケンカを止めろ。やり方は任せる。俺はそれ以外のケンカを止めてくる」

「はっ、はい」

 反射的に頷いたサラだが、待て待て。自由と大江のケンカを止めろだと。

「俺は純粋な霊力だけで良かったんだ。こんな中途半端な霊力のせいで、どれだけ半端者と言われたか、お前には解らないのか」

「はんっ。能力の高さの自慢にしか聞こえんな。そもそも、お前が全く妖怪化せずに妖気を使っていることこそ、融合が可能なことの証明だ」

「例外でしかない」

「いいや。必ず策はある」

 胸倉を掴み、時に殴り、時に蹴っ飛ばしながら口論を続ける二人。ここにどう割り込めばいいというのか。

「で、でも、あまりも不毛な言い合いだし」

 ええい。こうなったら――

 サラは覚悟を決めると、猫の姿に戻って自由の肩へと飛び乗った。それから、大江の頭の上に乗っかり、今度は自由の頭に乗っかりと、二人の間をうろうろとする。

「な、なんだ、この猫」

 大江は鬱陶しそうにサラを捕まえようとし

「サラ、邪魔すんな」

 自由はどこかにやろうと奮闘する。

 そうしている間に、ケンカに関しては忘れてしまったようで、二人揃って何なんだよと、肩をがっくりと落とした。

「にゃあ」

 二人が落ち着いたところで、サラは地面に着地した。

「よくやったな」

 そんなサラを、遅れてやって来た朱雀が褒めてくれる。

「ははっ。他に止め方がなかっただけだけど」

「で、この状況は何がどうなっているんだ?」

 なんか一杯人がいるけどと、朱雀は周囲を見渡す。式神と妖怪化した人間の戦いは保憲によって鎮圧され、誰もが呆然とその場に立っている状態だ。確かに、これは何がどうなっているのか解らないのも無理はない。

 と、そこに保憲がぱんぱんっと手を叩いた。場の中心は完全に彼に移ってしまっている。が、これには誰も文句を言えなかった。

(さすがは陰陽寮を乗っ取った男)

 その様子に、サラは苦笑するしかない。

「ここでちまちま戦っていても無駄だ。ここは互いの情報を共有し、最適解を見つけるべきなんだよ。それに、晴明の式神が現れたことではっきりしたことがあるだろ」

 保憲はそう言って天夏、自由、そしてサラの順に視線を巡らせた。

「はっきりしたこと? っていうか、てめえは誰だ?」

 大江がいつの間にあいつの仕切りになっているんだよと、はっと気づいて訊ねる。それに保憲はすっと眼を細め

「あいつ、まだ思い出していないのか?」

 その横にいる自由に訊ねる。

「ええ」

 自由は、晴明としての記憶を取り戻しつつあったので、それに素直に頷いていた。昔から、こういう言い方をする人だ。それがすんなりと理解できている。

「思い出すって」

 大江は意味が解んねえぞと自由に突っかかる。

「はあ。なんで俺が説明する流れになっているんだか」

 それに自由はやれやれと頭を掻いたが、その手をぽんっと大江の肩にやり

「お前はかつて道満だった。で、俺は安倍晴明、あっちは賀茂保憲。その生まれ変わり。以上終わり」

 めちゃくちゃ簡潔に言い切った。

「あらあら」

 その説明に笑ったのは天夏で、大江を含め、事情を知らない面々は呆然としている。

(そりゃそうだ。話が突飛だもん)

 他に言い方はなかったのかとサラは呆れ、ひょいっと自由の肩に乗った。それから

「お久しぶり。思い出した?」

 大江に向けて、そう訊ねてみた。

 しかし、大江はまだフリーズ状態から戻れないらしく、無反応だ。

「衝撃がでかすぎたか」

 それに保憲は意地悪く、くすくすと笑っている。その顔はまさに、平安時代と同じだ。

「あっ、やっ、えっ」

 ようやく、大江が反応する。そして頭を押さえてううんと唸り

「唐突に思い出した。っていうか、勝手に記憶が流れてきた」

 そう白状して座り込んでしまった。

 ああ、そうか。名前を教えられ、記憶が呼び起こされて一瞬混乱状態に陥っていたのか。大江の状態でサラは納得した。戦国時代に再会した晴明も、似たような状態になったのを覚えている。

「そういうことだ。残念ながら、俺たちは前世からの因縁があるうえに、昔も呪術師だったらしい」

 自由が諦めモードにそう言うと、大江はそうだなと項垂れた。

(今までいがみ合っていただけに、この事実って意外と二人にとってダメージが大きいみたいね)

 サラはそんな二人の反応に、困ったものだと尻尾を揺らす。

 とはいえ、今までは何となく意見が合わない、反りが合わないと思っていたものが、実は前世からの因縁に振り回されていただけというのは、気分のいいものではないだろう。

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