第28話 さすがは晴明様の師匠

「くそっ。気の奔流が凄まじすぎる」

 その頃、下で戦う白虎と朱雀は苦戦を強いられていた。激しい勢いで流れる妖気に、普段通りの戦いが出来ない。そんな中で、相手に致命傷を負わせずに動きを止めなければならないのだ。正直、難し過ぎる。

「くっ」

 ぶんっと、大きな音を立てて耳の横を気弾が掠めていく。あの少女が放ったものだ。とはいえ、今は――

「一般の人間たちが恐れるのも解るってもんだな。ありゃあ、俺たちとも異質だ」

 全身を鱗に覆われ、頭部には角の生えた、異形の姿をした人型の何かだ。意思があるとは思えず、ただただ周囲のものを薙ぎ払おうと動き回っている。

「ぎやああああ」

 しかも、たまに思い出したように咆哮を上げるのだ。式神ですら萎縮しそうなその声に、人々が逃げ惑ったのも無理はない。

「くそっ。どうすれば」

「ともかく、捕獲するんだ」

 朱雀と白虎が何とか連携技で止められないかと思案していた時

「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

 唐突に薬師如来真言が聞こえたかと思うと、霊気が爆発した。

「うわっ」

 朱雀はよろめき、白虎は何事だと気が流れてきた方へと目を向ける。そこにいたのは保憲だ。

「お前は」

「賀茂保憲。説明は後だ。お前ら、晴明の式神だろ。援護しろ」

「えっ」

「ああ」

 あの時のあいつかよ。そう思った二人だが、今、まともにあの妖怪化した少女に対抗できるのはこの男だけだ。

「ぐうう」

 実際、あの爆弾のような霊気のおかげで、少女を覆っていた鱗の一部が剝がれている。

「あの鱗」

「あれは妖気が結晶化したものだ。身体に入りきらなかった分が、ああやって身体にくっ付くことがあるんだ」

「な、なるほど」

 ということは、この部屋にある妖気は少女の身に余るというわけか。まだまだ知らない不可解な現象があるものだと、白虎は舌打ちする。

「お前らの知識はそこらの一般人に毛が生えた程度のようだな。結界を張れ。俺に霊気を供給しろ」

「わ、解ったよ」

 いちいち嫌味を言わねえと気が済まないのか。

 そう言って殴り掛かりたかった朱雀だが、そこはぐっと堪える。保憲とあまり面識がない朱雀だが、ここで挑発に乗ったら碌なことにならない、というのは瞬時に理解できていた。

「場の気の流れを変えるんだ」

 保憲は理解力は高いようだなと、にやりと笑う。

「了解」

「やってやるよ」

 それに式神二人は見てろよこの野郎と、怒りを力に変換し、自らの身の内部に流れる霊気を練って障壁を作り上げる。と同時に、保憲の霊気と波長を合わせ、一部を彼へと渡した。

「さすがは晴明の式神」

 流れ込んでくる霊気の多さに、保憲は僅かによろめいた。だが、それもすぐに馴染み、複雑な印を組む。

 妖怪化した少女は、そんな大きな場の変化に戸惑い、攻撃を忘れていた。鎮圧するには今しかない。

帰命頂礼大勧請きみょうちょうらいだいかんじょう

 保憲の口から、光明真言和讃が零れる。

 平安時代には馴染みのあった妖怪の倒し方だ。しかし、この混乱の世の中になってからは、さっぱりお目に掛かっていない、前時代的方法でもある。

「あれで行けるのか?」

「しっ」

 首を傾げる白虎だが、保憲は自分の戦いやすいフィールドで戦っているだけだ。朱雀はそれに気づき、気を乱すなと注意する。

「ぐっ、ぐううう」

 和讃が紡がれる度に、少女の口からは苦しそうな声が漏れる。しかし、その身に張り付いていた鱗は、ぽろぽろと確実に剥がれていた。

「凄い」

 和讃は単純に霊気を一定に流すために使っている。それそのものに意味はない。しかし、確実に妖怪化した人間を慰撫している。

南無大師遍照尊なむだいしへんじょうそん

 保憲がそう和讃を歌え終えた時、少女の姿は元へと戻っていた。しかし、その身に流れる妖気はそのままだ。

「ちっ。妖怪化が完成しているな」

 保憲の舌打ちに、この人もちゃんと呪術師なんだなと安心した二人だ。

「どうしますか?」

 朱雀が訊ねると、保憲は一瞬不快そうな顔をしたが

「どうしようもない。ともかく隔離だ。この後また暴走するのは、過去のデータから明らかだからな」

 的確な指示をしてくる。

「このビルの中に、隔離する場所もあったな」

「うん。じゃあそこに入れておくか」

 朱雀と白虎は頷くと少女を移動させようとしたが

「うわっ」

 どんっと大きな気のぶつかり合いを感じ取り、よろめく。

「まったく。次から次へとトラブルが起こるな。だから晴明に近づきたくなかったんだ」

「えっ?」

 保憲の言葉が予想外で、思わず聞き返した朱雀だったが

「お前らはその子の隔離を優先しろ! これ以上トラブルが重なるのはごめんだ」

そう言って、さっさと上に戻っていった。そんな背中を見て

「口は悪いけど」

「さすが、晴明様の師匠ね」

 二人は納得だなと笑ってしまったのだった。

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