第26話 身に馴染むのは

「妖怪化した連中は言わずもがなだな。せっかく得た大きなパワーを捨てる意味はない。どれだけ嫌われようと、この世界では上位の存在だ」

「くぅ。そうか。でも、メリットがないなんて」

 純粋な妖怪であるサラたちからすれば、今の世界はデメリットの塊だ。だからこそ、早く晴明の生まれ変わりと合流し、元に戻そうとしていた。特にこの世界で、呪術師は邪魔者だ。すぐに実行出来るだろうと考えていた。

 しかし現実は、いや、人間たちにとって、この世界の捉え方は違ったのだ。今の乱れた気を戻す必要なんてない。

「お前たちにとって、この世界は住み難いのか?」

 意外に思うのは自由も同じで、つい訊ねてしまう。それに、サラは躊躇いながらも頷いた。

「正直、しんどいです。平安京のように、気の流れがおかしいから、その影響をダイレクトに受けてしまいます。式神が昼間寝ているのも、力の制御に神経を使い、疲れてしまうからです。本来、それほど睡眠を必要としないのに」

 サラはそう言うと、ぽんっと猫の姿になった。それに自由は驚いた顔をしたが

「人間の姿を保ち続けるのはしんどいのか?」

 すぐに理解していた。

「はい。すみません。お話している間は人の姿でいたかったんですが」

 限界が早いのだと、サラはしゅんとしてしまう。もう大丈夫だと気を抜いた瞬間、変化が解けてしまった。

「深刻なのはお前たちも、か」

 疲れ切ったサラを見て、思わず舌打ちしてしまう。

 自由の本音としては、この霊力を抑えたいと思っている。しかし、霊力を手放してしまった後、この世界は立ち直るかと言えば、ノーとしか言えない。だからこそ、強く主張はしない。やはり、メリットが大きいと考えるしかない。

 何もない世界で、今や霊力を自在に操ることこそ復興に必要なことだ。だから、研究して妖怪化を抑えよう、呪術師が暴走しないようにしようと努力している。

 それでも――

「晴明様、大変です!」

 慌てて顕現した青龍に、思考が遮られる。

「どうした?」

 晴明と呼ぶなと怒鳴りたい気持ちを押さえ、何が起こったと確認する。この式神たちが慌てるとなると、よほどの事態だ。

「結界にいる、あの少女が」

「!」

 最後まで聞くことなく、自由は走り出す。

 同じ地下にいたというのに、変化に気付けなかった。その落ち度に、腹立たしくなる。

「ちっ。式神の気配のせいか」

 そう責任転嫁するのは簡単だが、違う。自由の力がまた、妖力側に傾いているのだ。だから変化に気づけなかった。自らの気に馴染むものが増えただけでは、反応が遅れるのは当然だ。

 そもそも、地下にいながら結界から離れた場所にいたのも、清浄な空気に息苦しさを覚えたせいだ。

「くそっ、俺は」

 妖怪じゃない。そう否定したいが、言葉にはならなかった。

「魂に狐を飼う者」

 代わりに、耳に響くのは天夏の言葉だ。

「っつ」

 悔しい気持ちを押し殺し、自由は結界のある部屋へと駆け込んだ。

「なっ」

「うわっ」

「なに、この妖気」

 清浄な空気を凌駕する莫大な妖気。それに、慌てて顕現した他の式神たちが驚きの声を上げる。

「くっ」

 あまりの強さに、自由の後ろをついて来たサラが、気を失ってしまう。そんなぐったりした黒猫を、すぐに青龍が抱き上げた。

「サラ、お前は異空間にいろ」

「んっ」

 そう声を掛けている青龍も辛そうだ。式神は妖怪というより精霊に近いせいだろう。それほどまでに、この場所は妖気に支配されている。

「お前たちは下がれ」

 そんな中、自由だけは平気だった。いや、あまりにもその気に馴染み過ぎていた。自分の身体から呪力が湧き上がるのが解る。

「那岐様」

「いえ、見過ごせません」

 その変化を、式神たちは敏感に感じ取っていた。だから、この部屋から下がるべきは自由だと訴え、白虎と朱雀が自由の前に立つ。

「お前ら」

「我々の役目は那岐様を、晴明様を守ることにあります。危険な任務はどうぞ私たちに。それと、どうかご自愛を」

「っつ」

 ここに飛び込むことは妖怪化を進める。いや、完全に妖怪になるかもしれない。それを彼らに見抜かれたことに、自由は歯噛みしてしまう。

 それにご自愛だって。こんな半端者を、誰が必要としているというのか。

 こうして呪術師の集団に属しているものの、疎外感は常につき纏う。

 自分の呪力と他の呪術師たちとの呪力の差を感じてしまう。

 あまりに強すぎる力に、多くの人が畏怖し、自由を別個のモノと扱おうとする。

 それなのに――

「晴明様」

 妖気のせいで暗い思いに囚われていた自由を、弱々しい声が呼び戻した。見ると、いつの間にか自分の肩の上に、猫姿のサラがいる。

 しかし、意識は戻ったようだが、強い妖気に当てられてフラフラだ。肩から落ちそうになったところを、自由はしっかりと抱き留めた。

「あっ」

 その瞬間、脳内に大量の記憶が流れ出した。

「サラ」

 愛おしそうにこの猫を呼ぶのは、自らの声。

 どんな場所にもこの猫を連れ、苦楽を共にしてきた。

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