第10話 運命を背負った名

 それにしても、秘密って何? 保憲の関係といい、十年経っても解らないことだらけだ。美少年から美丈夫へと変化した晴明だが、成長とともに秘密が増えている気がする。

「秘密ね。つまり、俺たちと同じか。それが宮廷陰陽師とは笑わせてくれる」

 しかし、それだけで道満に伝わったようで、くつくつと楽しそうに笑い出す。すると、晴明の身体からぶわっと怒りの波動が噴出した。

「余計な事を吐かすと、ここで封じるぞ」

「顔に似合わず好戦的だな。まあ、こちらもお前とここで事を構えるつもりはない。だが、我々と同じだなのだから、この都のために働くのは止めるべきだな。ここにお前の望むものはないぞ」

「煩い。半分だけだとしても、俺は都人だ」

「くくっ。なるほどね」

 あの屋敷の幻術を解き明かした後の会話は、以上だった。道満は晴明の言葉から言いたいことを汲み取り、さっさと去って行った。




「同い年だったら、余計にいがみ合うんだろうなあ」

 いくら道満が厄介な呪いを仕掛けていたとはいえ、出会い頭からケンカを仕掛けていた晴明を思い出し、サラは先が思いやられると頭痛がしてきた。

 あの時は道満が大人だったから、そのまま呪術合戦になることはなかった。だが、今同じように出会ったら、確実に呪い合うことになるだろう。

「ああ、そうかもね。私はその当時のことは知らないけど、反りが合わないってのはずっと同じだし、ケンカするでしょうねえ。ちょっと見ただけでも、現在対立中ってのが解ったわけだし」

 玄武は困った人たちねと、ワインに口を付けながら笑う。だが、笑っている場合ではない。この時代では対立していては困るのだ。特に呪力が強い道満、ではなく大江咲斗は、この世界を元に戻す戦力になる。

「ただいま」

 と、そこに晴明、ではなく那岐を尾行していた青龍も戻って来た。こちらもぐったりするほど疲れたようで、手にはコンビニの袋があった。

 どれだけ荒れ果てた世界だろうと、コンビニは今も存在する。逆にスーパーが廃れてしまったのだから、どれだけ人の心に余裕がないかが解ろうというものだ。みんな、その日を生きるのに必死で、食材を買い置きするという発想がなくなってしまっている。

「サラ、ケーキやるよ」

「やった。って、どんだけ甘い物買ってるのよ」

 ケーキを貰うついでに袋を覗き込めば、たんまりと甘い物が入っている。

「いいじゃねえか。無駄に疲れた。っていうか、晴明様と合流できるのか不安になったよ。早めに前世の記憶を取り戻してくれると有り難いって感じだ。このまま出て行っても、信用してくれそうにない」

 青龍はモンブランを取り出して、それを一口でぺろりと食べてから、そう不安を吐き出した。それに、三人は顔を見合わせるしかない。

「確かにかなりグレている感じはあったけど」

「やっぱグレているのか」

「っていうか、保憲と会う前は平安時代の晴明もグレまくっていたんだろ」

 そして口々にそんなことを言ってしまう。

 そう、晴明は昔から好戦的だし、どこかグレている。それはすでに知っている。あの頃は秘密だらけだったが、今では詳らかに知っているからこそ、余計に空気が重くなる。

「だからさ。今すぐは無理ってわけ。今のあいつは那岐自由なぎじゆうという名前の、反抗期真っ只中の高校二年生なんだよ」

 青龍は二個目のケーキ、チョコケーキを食べながら言う。

「自由くんっていうのか。なんかまた」

「運命を背負わされた名前だな」

 サラがうわっと口を押えてしまった後を、あっさりと言ってくれる玄武だ。そんな彼女もしっかり甘い物のご相伴に与っている。ワインのつまみに、おはぎは合うのだろうか。

 それにしても、平安時代の晴明という名前に続き、なんとも意味深な名前だ。特に呪術師ともなれば、その名前が持つ意味の力は大きくなる。

「自由か」

 それは一体、何からの自由なのだろう。

 千年もの時の間に見た彼は、いつも不自由だっただろうか。

 サラは解らず、それでも不安にならずにはいられないのだった。




「幻術か。それは面白いね」

 翌日の昼。保憲邸を訪れて、夜中にこっそり調査した結果を報告したところ、保憲はとても楽しそうな顔になった。おかげで晴明は深々と溜め息を吐く羽目になる。

「面白いじゃないですし、それに保憲様も気づいていましたよね、幻術かもしれないって」

「いやいや。呪いと同一だとは考えていなかったよ」

 どうせからかってるんだろうと文句を言おうとしたのに、意外なほど真面目な答えが返ってきた。それに、晴明はどういうことですかと睨む。

 そう、睨んだ。横で見ていたサラは、駄目じゃんと尻尾で晴明の背中を叩く。

「ふふっ、サラちゃんは優しいねえ」

「猫に癒やされている場合じゃないですよ。同一だとは思わなかった。この理由を教えてください」

 とんとんと、持っていた扇で床を叩いて晴明は話を戻す。この師匠の悪い癖は、すぐに話を脱線させることだ。おかげで肝心な部分が聞き出せないことが多い。

「ああ、そうそう。だって、三条殿が掛かっている呪いと幻術は、どう見ても同一ではなかったからね。依頼を受けた時も、陰陽師の派遣を決めた時も、蠱毒こどくに近いものではないかという印象を受けたんだ。それが幻術こそ呪いの本質だとは、思いもしなかったんだよ」

 保憲はあれはどういうことだろうねと、逆に疑問を投げかけてくる。ちなみに三条殿とは、依頼人が住んでいる屋敷のことであり、本人の通称でもある。

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