第2話 式神たち

「宇宙って言われても」

 また物理じゃんと沙羅は唇を尖らせる。

「天体望遠鏡が見ているのはなんだ? 未だに原初の銀河系が発見されたと話題になるのは何故だ?」

 しかし、悠馬に言い募られて、なるほどねと沙羅は大きく頷いた。自分たちは当たり前のように過去を垣間見ることが出来る。それならば、過去に行くことも、素粒子くらいならば簡単だというわけか。

「ん? 簡単か?」

 納得しかけて、やっぱり納得出来ない沙羅だ。

「まあまあ。難しく考えるとマジで物理学上の問題を考える羽目になるからさ。ともかく、素粒子を過去に飛ばそうっていう実験なわけ。その機械が馬鹿でかくて格好いいんだよ」

 大輔がこの問題に立ち入ると大変なことになるよと苦笑する。つまり、悠馬が言うほど単純なものではないということだ。

「あっ、お前。馬鹿にしたな。言っておくけど、その素粒子を過去に飛ばすってのは、宇宙の謎を解くためにやる実験なんだぜ。無関係じゃねえからな」

 理解していないと疑ったのがバレたようで、悠馬がふんっと鼻を鳴らしてくれる。

「まあまあ。ね、暇な行こうよ」

 すぐにケンカする二人の間に割って入り、美香は面白そうじゃんと話をまとめる。

「ううん、まあ、そうねえ。説明は解らなかったけど、行ってみようかな」

 沙羅は仕方ないなあと頷いた。まさかこれが、自分の運命を大きく変えるなんて、気づくはずもなく、だ。



「あのタイムマシン、まだあるのかしら」

 同僚たちとの合流場所、とある廃ビルの四階に落ち着いたところで、サラはあの日のことを思い出していた。あの時は何の危機感もなく、見学したところで自分の人生に影響を与えることなんてないと思っていた。それなのに、現状はこんな感じ。

 自分は猫又になり、晴明の式神になり、同じく式神だったメンバーと、現世に転生したはずの晴明を探しているのだ。

「ん? どうした?」

 サラの呟きに、横でむぐむぐと口いっぱいに焼きそばパンを放り込んでいた青龍が首を傾げる。イケメンな顔が台無しになっているぞと、サラは睨んでから、何でもないと首を振った。

 今更見つけてどうするというのか。

 あのまま大学生をやっていたって、遅かれ早かれ富士山の噴火に巻き込まれ、こんな変な世界に放り出されていたではないか。ということは、時代を逆行してラッキーだったのかもしれない。

「タイムマシンって、ああ、あれか。サラが巻き込まれたってやつ?」

 しかし、向かいにいた同僚、同じく晴明の式神としてずっと時空を旅する白虎が、にやっと笑ってくれる。その顔が同じネコ科仲間なのに獰猛に見えるのは、彼女の性質が虎だからだろう。人型を取っている時は可愛い系の少女のはずなのに、たまに本性が垣間見えちゃうところが残念だ。

「ほう。確かマシンが暴走して、それで時代を逆行することになったんだったよな」

 さらに白虎の横にいた朱雀、がっちりした体型の男子だ、が思い出したと笑ってくれる。

「あの頃は何を言ってるんだと思ったけど、どんどん科学技術が発展していく様を見ていると、なるほどなあと納得させられたよ」

 そしてそんな感想を呟く。

 朱雀と会ったのは平安時代の終わり頃だ。そりゃあ、タイムマシンなんて荒唐無稽な話に聞こえたことだろう。サラは苦笑するしかない。

「私も見てみたいな。どんな機械なの?」

 それまで黙っていた妖艶なお姉様、ではなく、同じく同僚の玄武がにこりと微笑んだ。手にはどこで手に入れたのか、ワインの瓶が握られている。彼女の酒好きは平安時代から変わっていない。

「どんな、って。一言で言うと馬鹿でかい機械よ。素粒子なんていう、目に見えないような小さなものを飛ばすのに、あんなデカい機械がいるんだって呆れちゃったもん。まさかそれが故障して暴走し、さらに私が時代を逆行することになるなんて、全く以て想像できなかったんだから」

 見学した感想はこのくらいなものだ。建設に何億と掛かるそうだが、だからどうしたという感じ。近未来的でカッコイイのは間違いないが、やっている内容が理解出来ないので、それ以上の感想は持ちようがない。

「へえ。で、訳の解らないまま飛ばされたってか。で、気づいたら晴明の横にいて、しかも猫になってたってか」

 何度聞いても納得出来ねえなあ。焼きそばパンを食べ終えた青龍は、顰め面になってしまう。

「私だって納得出来てないし、理解も出来てないわよ。まあ、現代がこうなっちゃっているのを見ると、私が猫又になったのは、富士山噴火の予兆みたいなものだったんでしょうね」

 やれやれとサラは溜め息を吐き、まさか現代に戻れたら、これほどまでに様変わりしてしまうなんて思わなかったと呟く。

「まあ、そうだろうな」

 サラを気遣うように、青龍がわしゃわしゃと頭を撫でてくれる。それは、すでにあの大学が無くなってしまっているのを知っているからだ。

「富士山の噴火の影響で、サラの友達は死んじゃったんだよね」

 朱雀もよしよしと甘やかしてくれる。この二人はいつも、兄貴風を吹かせてくるのだ。おかげで気分が落ち込むことは少ない。

「あらあら、サラちゃん、良かったわねえ」

 それを白虎がからかってくるのも、平安時代から変わらない。だから、サラはくすっと笑うと

「もういいわよ。時代を逆行したおかげで、私の思い出は千年も前の話になっちゃうのよ。友達の顔もうろ覚えよ」

 これは本当だ。あの時のことは思い出せるけど、遠い昔の出来事になってしまっている。

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