第26話 トキが消えた翌日

トキが行ってしまった。


レオナは 祖母の死以外に人と別れたことがない。

人と交わったことが無いのだから当然と言えば当然だ。


トキが居なくなり 初めて”喪失感”という感情を知った。

でも トキは望みが叶ったのだから 喜んぶべきだ とも思った。


気持ちが整理できないまま、翌日もガーデンへ行った。

トキが居なくても、 居ないからこそユキや理央 ソラに会いたい、この気持ちを分かち合いたいと思った。



「おねーさん!」


ガーデンの門で深淵をつれたソラが出迎えた。

いつもは 横にしっかりと手をつないだトキが 最近はちょっと笑顔でいっしょに迎えてくれてたが今日はソラと深淵だけだ 

そんな現実に レオナはまた泣き出したくなった


「僕 トキと会わなければよかった---」

「レオナちゃん はろー ソラが居るの?」


ソラの言葉と 理央の挨拶が重なった。

レオナは理央に向かって小さく頷く 

それだけで 理央はソラが居る事を理解する


「ソラ 暑いから俺の背中にくっついてよ で 今日はまず図書室行こ!

 外に居たら死んじゃうよ」


返事を待たずに 理央はさっさと図書室に向かって歩く その背中にソラはベッタリとくっついている 



いつもの指定席にユキが居た。 ”居ないのはトキだけだ。”


「今日は暑すぎるから ユキが図書室に居てくれてよかったあ」

「理央は 急がないと終わらないからか?」


トキが居ないのに そのことには触れずに ユキと理央はふだん通りに会話をしている。

それが”大人”なのだろうか?


ぼんやり考えながら レオナもノートを取り出した。

ソラはどうする?と 自分の前に居はずのソラを見ようとすると ソラはユキの目の前の机に胡坐をかいて座っていた


ユキが顏をしかめて ソラを睨んでいる。


今日のソラは変だ 寂しすぎておかしくなっているいるのだろうか?


レオナは 酔っ払い というものをあまり見たことがないけれど 今日のソラは

”深夜の24時間!”とかいう番組に出てくる タチの悪い酔っ払いのようだ。


”絡み酒”というタチが悪い酔い方の酔っ払いさん(子供)が ユキに絡んでいる それをどう理央に伝えようかと思いながら レオナはペンを取った。



「ねえ ユキさん 次の紙芝居は ”星の王子様”にしてよ 僕 星の王子様 大好きだったんだ … 僕も身体を置いて王子様に会いに行きたいと思った 今はトキに会いに行きたいなあ」


 夢見るように言ったソラの顔がなんだか泣きそうに見える


「僕は この世界が嫌いだったんだ 僕を僕自身でいさせてくれないこの世界が嫌だった 」


”星の王子様” ”体を置いて トキに会いに行きたい” ”この世界が嫌い” レオナは慌てて書き留める


図書室では叱ることも出来ないユキは黙ったまま ソラを睨んだ


理央が小声で窘める


「ユキ! 相手は子供じゃんか? 落ち着けって」


「ソラ おいで~ ユキはちょっとそこでクールダウンね レオナちゃん 俺ちょっとソラと話するけど 視えないから もし ソラが逃げたら教えて」


理央とソラは書架の向うへ消え 指定席にはユキとレオナが残された。



書架の陰に置かれた小さな椅子に座り 右手に白石 左手に黒石を乗せる

そして 囁く


「ソラ この前と一緒ね 俺の質問に答えて YESなら白 NOなら黒な」


「始めていいかな?」

YESの白石が揺れた


「ソラ 今日は楽しいですか?」

黒 NO


「寂しいね」

白 YES


「辛いね」

時間をおいてから 白 YES


「ト キを送ったこと後悔している?」

黒 NO


「送って良かったね」

白 YES


「トキ 家族に会えたよね?」

白 YES


理央は 揺れた白石を軽く握って言う

「大事なトキの事を思って 辛くなることが分かっていても送り出したソラが俺は大好きだよ 偉いと思う 頑張ったね」


それから また 碁石を乗せた両手を開いた

 

「ソラ 君は俺たちと同じように この世に居たことがありますか?」

YES


「ソラ 君は深淵の中から呼ばれたことがありますか?」

YES


「ソラ その声に答えましたか?」

YES


「ソラ 今 それを後悔していますか?」

YES 


「ソラ こちらに戻りたいと思っていますか?」

YES 


理央が 少し考えるようにしてから また質問する


「もし 戻れたら 深淵をちゃんと躾けられますか?」

YES YES 


「命を大事にすると 約束できますか?」

YES YES YES


「ソラ自身とソラの周りの人を幸せにする努力をしますか?」

少し時間をおいて  YES 


「よし ソラの望みを叶えられるか 何年かかるか分からないけどソラ それまで俺のそばにいればいいじゃん?」

石は動かなかった


「大丈夫 俺の事好きだろ?」

YES 


「そらが居たいだけ俺のそばにいればいい」

YES


ヨシっと 理央は二つの石をシャツの胸ポケットにしまう

ソラを抱きしめられるように 手のひらを上にして 膝につけて


「おいで ソラ」


理央にはソラを見る事も感じる事も ソラの声を聞くことも出来ない。

だから ソラを抱きしめた理央は ただ 信じただけだろう

ソラがここに居ることを ソラが理央に抱きしめてもらいたいと思っている事を


「ソラ トキの事”先に何とかして”って言ったんだって? 次はソラの番じゃん?

 よく考えて よく思い出して そしてユキと俺に教えて ”何とか”してやるから

 ソラの望みをよく整理して話をしような」


残されたユキとレオナは 最初は自分たちの課題をしていたが、少しすると 最小限にまで潜めた声で会話を交わし始めた


「理央さん どうするんでしょうか?」

「ソラと意思の疎通を図れる方法を考え出したから それをやっているんだと思う」

「意思の疎通?」 

「大丈夫だよ」


ふーん?っと思いながら レオナは”あれ?トキは?”と思って探そうとして もういないのだと思い出す。


「今 トキを探しちゃいました」


言いながら 泣きそうになる 

ユキがレオナに優しい視線を向けて 

 

「また 会えるといいね」


といって 輪廻転生 と自分の広げていたノートの片隅に書いた


「生まれ変わって また 会えるってことですか?」

「しばらくは 家族と過ごすかもしれないけどね」

「ゆっくりしてきてほしいような 早く会いたいような…」


「お待たせ!」

「キャー!!!」


ソラが突然 レオナの前に現れたので レオナが驚いて悲鳴を上げた


「し~」

「静かに」

ユキと理央に言われ 他の利用者からも非難の視線が注がれた


「すいません」

レオナはペコペコと謝り その視線から逃げるように 図書室から退出した。




「あんなに驚くとは思わなかったから すいません」


あまり 反省した風でもなく謝るソラだが それがいつものソラに戻っているようでレオナは安堵した





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