ユーリ・シーウェン②

 ユーリの、月のような明るくもどこか冷たい瞳に射貫かれ、しかしエンドは怯まずに口を開いた。


「……俺の目的は妹を助けることだけだよ、誓って嘘は言わねぇ……。昔語りになっちまうけど、俺らの血筋はさ、特別な力があったんだ。もしかしたらあんたらの言う《神使オラクル》とかの類だったのかもな」


 断片的な記憶を探りながら、ゆっくりと語り出す。とはいえ昔の事はエンド自身にも曖昧でよくわかっていない……何故なら、ずっと彼はクレアに助け出されるまで、あの城の中のごく限られた空間で生活していたのだから。


「俺達は生まれてこの方ある城から出たことが無かった。確か九つ位になるまで、ずっとその中で暮らしてたんだ。地下には、すげーデカイ部屋があって、そこには一つの像が祀られていて、俺らの一族がそれに力を注ぐことで国はこの数百年の間天災や疫病から守られ、豊かな暮らしを享受しているとかなんとか……言ってたあれは多分親父、だったんだと思う……いつも金ぴかの服着て、俺を睨んでた奴」 


 彼には、殆ど顔を合わさないような父親のような人間と、妹が一人いた。母は妹を生んですぐに亡くなったらしく……城に肖像画があった事は覚えているが、もう面影も思い出せない。


 今思い返せば、幽閉に近いような生活だったのかも知れない。

 いつも部屋から出ないよう数人の世話係が付いていて、エンドと妹が自由に動けるのは、手洗いや浴室の付いた自室と、場内の吹き抜けに作られた小さな庭園位だけ。

 だが不自由は感じなかった……外を知らなかったから。

 

「一日に一度、俺達は像に祈りを捧げた。それ以外は決まった時間に教育を受けて、小さな庭で妹と遊んで……本当にその箱庭みたいな空間だけが、俺達の世界の全てだった。でも別に良かったんだ、ずっと隣にはシィがいたから」


 小さな庭でも、子供達にとっては丁度いい遊び場だった。やがて体が大きくなれば手狭に感じるのかも知れなかったが……その中でエンドは妹とかくれんぼをしたり、歌を歌ったり、綺麗な小石を探したりして過ごした。年の小さな妹より中々背丈が大きくならないのが不満だったが、悩みと言えばそんな小さなことしか無かった。


「でもある日、あいつらが、赤い服の奴らがやって来た……それがきっかけだった。そいつらが俺を見て『出来損ないフェリア』とか言ったのを覚えてる。地下のあの部屋に人を入れる事はほとんど無かったから、嫌な予感がして……。あいつらはシィを俺から引き剥がすと、何か飲ませて……その後妹が叫びだした。力の暴走が始まって、周りの何もかもを消し去っちまいそうになった妹を助け、俺達を匿ってくれたのがインクレア……師匠だったんだ」


 室内に沈黙が満ちた。

 腑に落ちない点が多いのか、何らかの情報とつなぎ合わせているのか……しばしユーリは視線を彷徨わせた後、エンドに幾つかの質問を投げかける。


「……《神使》の力は血筋により継承されるものでは無いはずだけど?」

「その辺りは詳しくは知らねェ。でも俺達の国では、血筋の者が代々その力を継いで動かしてたらしい。……メルベリカって知ってるか?」

「大大陸南端の小国だね……七年前位に突如王宮が崩落し、王族全員と権勢を担っていた重臣が死亡し、その後軍が政権を担う事になったって聞いてる。クーデターか何か起きたとか色々噂が流れたけど、結局真相はよくわからないままで……現政府に対する風当たりは強く統治もうまく行っていないみたい。君がその七年前の事件の当時者ってわけ?」

「あぁ……そんなとこだ。もし師匠がいなかったら街の一つ位は消えちまってたのかもな……。でもその事は今の俺にとってはどうでもいいんだ。妹を早く自由にしてやりたい……本当にそれだけで。師匠は【時】の神器で、時間を戻して、【魂】の神器で力だけを切り離せば、普通の人間に戻れるって言った。だからさ、頼む! 協力してくれとは言えねえ、けど……邪魔はしねえでくれ」


 要領の得ない話にジェイザは判断をユーリに委ねた。

 一方のユーリは何か思う所があるようで、エンドに間近に顔を近づけて瞳を覗き込む。鼻先が触れそうな位まで近づいた彼女の顔に思わずエンドは仰け反った。


「な、何だよ。嘘じゃねえぞ……」

「それはこっちが判断すること。でも、君のは只事で身に着けられるような力じゃ無いし……嘘は言ってない事はわかるよ。ただ、気になるのはクレアの方の目的なんだよね……」

「……単純に彼らを助けるために手を貸している訳では無いんですか?」


 腕を組んだジェイザに、ユーリは呆れたように掌を挙げる。


「だぁめだめ、あの子を常人の物差しで測っちゃうと、手のひらで踊らされるだけだよ~。最低二つか三つ位は思惑があると見るね、わたしゃ……。あの子と連絡は取れたりしないの?」

「悪ぃけど……無理かな。ほら、これ」


 エンドは自分の左耳を指す。そこには小さな黒い石のピアスが付いている。


「あっちは俺のことを見てっと思うけど、こっちからは連絡できねぇんだ。何か有れば向こうから動くんじゃねえかな。そういうのは逃さねえ人だから」


 小さな口に指を当て考えに沈み始めたユーリだったが、無駄だと悟ったのか重々しく頷き、腕を大きくクロスさせた。


「コホン! よーし、いいでしょう、拘束はナシ! 正直ギルドを巻き込んでクレアがどういう舞台を作ろうとしてるのかはわかんないけど……彼女とは長い付き合いだしね。それに外から見てるより中に入って楽しむ方がきっと面白いに違いないし! 細かい事は気にしないで今はユーリちゃん、君とクレアに手を貸してあげよー!」

「やった! そう来なくっちゃな……流石師匠の友達! ……どうした優男?」

(オィィ……! こんな大事になるとは聞いてないぞ! 謎の危険人物と稀代の好事家が手を組むなんて絶対にろくな事になるはずがない!)


 楽しそうにハイタッチしていた二人が、門で軽率に声を掛けた過去の己を呪うジェイザを不思議そうに眺めるが……彼は作り笑いで応えると、後ろにジリジリ下がり始める。


「いや、何でもないんだ。で、では僕はこれで! ……別の仕事があるので失敬ッ!」


 手に負えぬ厄介ごとの気配を敏感に察し、バッと逃げるようにドアノブに触れたジェイザ。

 だがそれでも遅かった。冷たく細い指で腕を掴まれ心臓が凍り付く。


「もう逃げられないよ~ん? もちろん、君にも色々頑張って貰う予定だから、よろしくぅ♪ ……後この話、誰かに漏らしたりしたら……わかってるよね? それともこの私から逃げられるかどうか……試してみちゃう? それも楽しいかもね、ジェイザちゃ~ん?」

「う……ぁぁぁぁぁぁ」


 有無を言わさない天使ユーリの微笑みが彼を絡めとり、逃げ道が無くした彼は青ざめた顔を地面に向け膝を落とす。


 平穏な生活に乱暴に終止符が打たれたジェイザだったが、誰も周りにそれを擁護してくれる人がいないのがひたすら哀れな彼だった……。

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