09:地下

 明け方。


 谷の中央、瓦礫の少ない場所に焚き火が燃えている。

 調査を進める傍らにしつらえた野営地だ。

 そこにベルハイドとシロップが大の字に倒れ込んで、疲労の声を上げた。


「み、見つからねえ~!」

「居なかった~!」


 二人は集中して、一気に崖を調べきった。

 数日を予定していた調査を、一晩で終えたのである。


 徹夜となったが、とにかく調べ終えたのだ。

 しかし、眠れる巨神は見つからなかった。


「どうするんだ、これから。まさか見つからないとは」


 仰向けのベルハイドは徐々に白んでいく夜明け空を眺めながら聞いた。


「ここで見つかってくれるのが一番良かったんだけど、しょうがない。次、次」


 意外なことにシロップは、あまり落ち込んでいない様子だ。

 しかも続きがあるような言いっぷりである。


 ベルハイドはガバッと上半身を起こし、シロップの方を向いた。


「ん、どういうことだ?」

「口伝には『巨神は谷にある荘厳な神殿で眠っている』というくだりがあるの。巨神を探すのは勿論そうなんだけど、では谷の何処のに『神殿』があるのか」


 ベルハイドは頭を掻いた。


「神殿。神殿か……。少なくとも、今日調べた範囲は『荘厳な神殿』っぽくはなかったな」

「そうね。最大の収穫は、今回の調査で『この無数の洞窟の中に神殿は無い』と確定できたことよ」


 そういうものだろうか。


「何世代も掛けて見つからなかったことも、ある意味前進だと?」

「そう。私は谷のどこかに神殿に通じる道が隠されていると思っているの。その前にまず『洞窟の中に神殿は無い』と確定させないと、次に進めないでしょ」


 ベルハイドは腕を組んで唸った。


「いや、うーん。神殿に通じる道と言ってもな。だいたいシロップの祖先はどうやってその道を――」


 言いかけて、気が付く。

 来る途中、シロップの父親が調べた後に崩れたと思われる崖があった。

 この谷では崖崩れで地形が変わることなど、珍しくも無いのだ。


「待てよ、そうか。地形が変わったんだ」

「うん。そもそも祖先の時代は、谷から神殿にすぐ行けたんじゃないかしら。当時は神殿そのものも、神殿への道も隠されていなくて」


 ベルハイドは指をパチンと鳴らした。


「それだ。だから道筋を書き残さなかった。ところが崖崩れで地形が変わり、神殿への道が閉ざされてしまった」

「おそらく祖先が目撃情報を持ち帰った直後に。それじゃあ後の者には見つからないはずよね」


 シロップが鞄から地図を出す。

 二人は指を差しながら慎重に読み取った。


「探すべきは、地形が変わったと思われる場所ね。曾祖父が地図を作った時に、既に崖崩れが起きていたところは……ここと、ここかしら」

「あと、ここもだが……怪しいのは、ここだな」


 そう言ってベルハイドは地図の中央を指でトントンと示した。

 丁字路の中心、南北の谷と東西の谷が交わる所だ。


「神殿が重要な場所なのであれば、どこからでも行きやすい場所にあるはずだ。つまり、中心部だな」

「なるほど。早速向かいたいんだけど、良い?」

「ああ、勿論だ」


 二人は立ち上がって、準備を始めた。



◇◇◇



 一路、谷の中心部へ。

 来た道を戻りながら、ベルハイドが言う。


「未だ信じられない気持ちが強いんだが……」

「うん?」

「この谷の地形は全て、建造物だな。間違いなく」


 シロップは頷いた。


「やっぱり、そうよね。私も今日の調査で確信したわ。中に階段やら、扉もあったもの」

「そうだな。太い金属で大まかな骨組みを作り、細い金属を網のように組んで、そこに漆喰のような物を塗り固めている。凄い技術だ」


 二人は走りながら改めて周囲を見渡す。


「階層や部屋の数も、毛民の作る建物とは、桁が違うわね」

「ああ。この谷全体が、神話の時代の巨神世界の名残と言う訳だ」

「そうなるとベルハイドの言っていたように『何故この近辺だけ名残があるのか』という問題が残るわねぇ」


 ベルハイドは笑った。


「フッ。それこそ、シロップが言ってたじゃないか。巨神を見つけ出して、直接聞いてみよう」

「あはは、同感」



 程なく二人は、巨神の谷の中心部まで戻ってきた。

 北側の壁面に古い崖崩れ――いや、建造物の倒壊跡がある。


 かなり大きな建造物が崩れたのだろう、大量の瓦礫が山となっている。

 長い年月でその上に土が積もり、小山のようだ。


 そこに一陣の風が吹いた。

 その音に耳を澄ませたシロップが訊く。


「ベルハイド、なにかわかる?」


 ベルハイドはしゃがみ込み、地面に手を当てている。

 洞察力を研ぎ澄ませているのだ。


「シロップも気付いているな? ここは音の反響具合、風の吹き抜ける音が、他の場所と異なる」

「うん。だけど、それが何を意味するかがわからない」

「ふーむ……」


 地面とコツコツと叩く。

 固い地面はひび割れ、割れた所から草が生えている。


 ひび割れた所から破片を拾い上げて眺めた。

 この地面は土ではない。何かで塗り固めて整地した名残のようだ。


 それから、おもむろに地面に耳を付ける。

 ――と、ベルハイドは何かに感づいたようである。


「そうか。巨神の文明では、地面すらも建造物と言うことだな」

「え? つまり?」

「地面にも階層があるんじゃないか? と言う話さ。多分、今立っているこの地面は『一番下』じゃないんだ。さらに下があると思う」

「それが、風の音や空気の流れの違和感の正体?」


 ベルハイドは頷きながら立ち上がる。


「ああ。大体わかった。おそらく、地下に道がある。それが神殿への道だと良いんだが」

「おお~!」


 シロップは感心して手をパチパチ叩いた。

 ベルハイドはフッと笑って、小山のような瓦礫を見やる。


「まあ、ここだろうな。百年前はここに地下へ降りる階段があったんだと思う。建造物が崩れて、それが埋まったんだ」

「うーわ、こんな瓦礫、取り除けないよね」


 ベルハイドは瓦礫を見て回り、積もった土をバンバンと叩く。

 すると、瓦礫の隙間にゴソっと土が落ちて、折れ曲がった鉄の骨組みが見えた。


「いや、意外と隙間があるな。行けるか?」


 そう言うやいなや、土が落ちて口を開けた隙間から、するりと瓦礫の山に潜り込む。

 驚いたシロップが止めようと声を掛けた。


「ちょっと!あぶないわよ!」


 少しだけ間を置き、ベルハイドの返事が聞こえた。


「大丈夫だ。この先から空気の流れを感じる。少し待ってくれ」


 意外なほど奥の方から声がした。

 もう相当潜り込んでいるようだ。


「もう……無茶するんだから」


 心配したシロップが呟いた。

 暫くするとベルハイドが瓦礫の山から、ヒョコッと顔を出す。


「行けた。階段を見つけたぞ」

「え、ほんと!?」

「ああ。案内する。狭いから、気をつけてくれ」


 そういうと、また顔が引っ込んだ。


「了解!」


 シロップはベルハイドの後を追って瓦礫に潜り込む。

 瓦礫の隙間は狭かったが、もともと兎は狭い穴を進むのは大の得意である。


 ベルハイドに続いて瓦礫の隙間を這い進む。

 複雑な隙間を登り、下り、また下り。すると瓦礫が途切れ、広い空間に出た。地下への階段だ。


「おお~! 凄い、ほんとに地下への階段があるなんて」

「怪我は無いか?」


 シロップは身体と服をパタパタとはたき、確認する。


「うん、平気」


 そして悪戯っぽい顔をして言った。


「もし怪我していたら、ベルハイドが舐めてくれるのかしら?」

「ばっ……! からかうな! 行くぞ」

「はーい」


 巨神の建造したであろう階段は一段一段が大きく、二人はぴょんぴょんと飛び降りるように下っていく。

 すると程なく、地下階に降り立つことが出来た。


 ベルハイドは耳を立て、素早く周囲を伺う。


「道だ。やはり、地下に道があった」


 地下は直進した大きな通路になっており、まっすぐ北に向かっている。

 通路には明かりも無く暗闇だが、遙か先、通路の突き当たりに上りの階段があり、そこから光が差しているのが見えた。


「これが神殿への道かしらね?」

「だといいが……行ってみよう」


 二人は光の差す方へ歩き始めた。

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