第2話 後輩は義妹になる

 その日の夜、母さんと一緒に食事をとっていた。俺は母さんの様子がいつもと違うことに直ぐに気づいた。


「母さん?何か俺に話す事でもあるの?」


 俺は我慢できずに自分から聞いてしまった。


「え、あっ、そ、そうなのよ!」


 なにも、そこまで動揺する必要もないだろ。親子なんだし。


「……陵矢は私が再婚したいって言ったらどうする?」


「別にいいんじゃないの?あのクソ野郎が出て行って六年になるし」


 いきなりの質問に少し戸惑ったが、俺は思っていたことを伝えた。


「……そ、そう?陵矢がそう言ってくれると母さん嬉しいわ……」


 俺の父親は特に働きもせずにパチンコに競馬とギャンブル三昧、とにかくクソ野郎だった。家計を支えていたのは母さんだった。俺に貧しい生活を送らせまいと必死になって働いていた。そして俺が十歳の時、父親は母が稼いだ金を持ち逃げして俺達の前から姿を消した。


「母さんは今まで頑張ってきたし、俺は良いと思うよ」


「……ありがとう。陵矢」


 母さんの目から涙が零れた。


「それで、相手の人ってもう決まってるの?」


「……ええ、決まってるわ。母さんの会社勤めている会社の後輩で『成瀬徹(なるせとおる)』っていう人よ。とても優しくて温厚な人なのよ」


――――『成瀬』ってどっかで聞いたことあるような……。


「とりあえず、明日は土曜日だから顔合わせすることにしたわ。成瀬さんも離婚経験ありで確か娘さんがいるって言っていたわ」


「まじで!?金髪ツインテールの妹来い!」


「陵矢はいつもそればっかりね。ちゃんと妹作ってあげれなくてごめんね」


「大丈夫、それは母さんが謝ることじゃないよ。ちなみに妹なのは確定なの!?」


「それは明日になってからのお楽しみね」


 待っててくれよ、金髪ツインテールの美少女の妹よ。


        *  


 次の日、俺と母さんは待ち合わせ場所の喫茶店にいた。


「おーい、友梨佳(ゆりか)さーん、こっちだ」


 俺の母さんの名前を呼ぶ声の先には成瀬さんらしき人がいた。俺達は成瀬さんが座っている席に向かった。


「ごめんなさいね、少し遅かったかしら」


「いえ、そんなことないですよ。ここは私の奢りなので好きなの頼んでください」


 年齢は四十手前だろうか、いやそれよりも少し若く見える。この人が母さんの再婚相手か。いかにも私は優しい人ですよオーラが出ていた。この人なら間違いなく母さんを幸せにしてくれるだろう。

 一安心した俺は何か視線を感じた。成瀬さんの隣に座っていたのは……。


「なんで!莉緒がここにいるんだ!?」


「それはこっちの台詞ですよ!なんで先輩がそっちいるんですか!?」


「お、俺は母親の再婚の顔合わせに……」


「わ、私だって父さんの再婚の顔合わせに……」


 俺と莉緒は状況を把握できずに混乱し始めた。


「陵矢、成瀬さんの娘さんと知り合いなの?」


「同じ高校だよ……しかもバド部の後輩だよ……」


 もう俺は今すぐに世界が滅んでも良いと思った。それほど絶望した。


「それは好都合ね!徹さん!」


「そうですね!二人が顔見知りだったなんて知らんかったよ!良かった良かった」


 どうやら二人は俺と莉緒を会わせても大丈夫なのか、心配していたみたいだ。


「父さんちっとも良くないよ!私と先輩めっちゃ仲悪いんだよ!?」


 莉緒がカッターで紙を裂くような鋭い口調で反論した。

 

「そうなのか?」


「そうだよ!こんなクソな先輩が兄になるなんて絶対に嫌だ!」


「誰がクソだ!そもそもお前がちゃんと練習すれば俺だって怒る必要無いんだよ!俺だってお前みたいな性格悪い女が妹だなんて御免だね!」


「……どうします?友梨佳さん?」


 困り果てた成瀬父は母さんに助け船を出した。


「そうね。特に問題は無いんじゃないかしら。このまま話を進めて行きましょう」


「か、母さん!?話聞いてた!?」


「聞いてたわよ。仲悪いんでしょ?仲良くしなさい、それだけよ」


 それだけって。俺にとっては今後の人生に大きく関わってくる重要なことなんだが。こんな女と一緒に生活するなんてとてもじゃないが無理だ。


「それにあなた、金髪ツインテールの妹欲しかったんでしょ。良かったじゃない」


「……た、確かに欲しいとは言ったが……違うんだ」


「え、先輩、もしかして私の事そういう目で見ていたんですか……?今後は私の半径十キロ圏内には絶対に入らないでください。気持ち悪いので」


「お前みたいな女をそんなふうに見ねえよ!転生して出直してきな!」


「転生するのは先輩の方ですよ!犬に転生出来たら特別に私のペットになれる権利をあげますよ。まあ、せいぜい先輩だとアリが限界ですかね」


母さんが『パンッ』と両手を叩き、一度その場を静めた。


「とりあえず、喧嘩はそこまで。私たちが再婚することに変わりは無いわ。後は莉緒ちゃんと陵矢、二人の問題ね。そこで一つ提案があるの。あなた達二人でしばらく暮らしなさい。私達は新婚旅行にでも出かけて来るから」


「「え?」」


 俺と莉緒は母さんの突然の提案をすぐには理解できなかった。


「二人で生活すればお互いの事をもっと知れるでしょ?きっとコミュニケーションが足りないのよ。二人で仲良く生活しなさいね。期限は一ヶ月でいいかしらね」


 突然決まった母さんの再婚。そして妹になるのは後輩の莉緒。おまけに仲良くなるために二人だけで一ヶ月生活しろって話だ。

 念願の『金髪ツインテールの妹』を手に入れたことにはなったが、俺が求めていた妹には遠く及ばなかった。

 「お兄ちゃん」と呼ばせるのに果たしてどのくらいかかるのか。物語はまだ始まったばかりである。

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