あれがゲーマーの指だ!(5)

 ロケバス内の2台のファニコンは、大型のブラウン管テレビに接続されている。このテレビは画面を2分割するように作られていて、2台同時にプレイできる仕様となっているようだ。しかし、ファニコン本体にはまだソフトが差し込まれていない。砂あらしと呼ばれる電波を受信していない映像が、煌々と映し出されているのみだ。


「では準備はよいかな。私が『よーい、はじめ!』と云ったらソフトを本体にセットし、ゲームを始めること。いわゆるラピッドショットスタイルでスタートしてもらう」

「なるほど、ラピッドショットか。これが一番公正な方法かもな」


 別斗は承諾し、ファニコンわきに添えられた黄色いソフトの位置を確認した。

 ラピッドショットスタイルとは、ゲームソフトを本体へ差す段階から勝負をはじめる方式のことだ。カウントとともに拳銃を抜くガンマンの早撃ちから名を取った、知る人ぞ知る方法なのである。

 それに則り、別斗と越智トオルは右手をソフトへ伸ばした状態で待機した。この時点ではまだソフトに触れてはならない。合図がかかる前にソフトに触れたら、それはフライングになるのだ。


「よーい、はじめ!」


 ミスターQのゴーサインが切って落とされた。

 これに素早く反応したふたり、ほとんど同時にスーパーマリコシスターズのソフトを掴むと、手慣れた動きで本体の差し込み口へ持っていく。この一分の隙もない動作に、ジャレ子がほえ~っと間抜けな声をあげた。


「昔のゲームソフトって、ああやって手で差し入れるんだ~」

「そしてソフトを差し込んでからの電源オン。アナログな作業だよね」

「でもなにか変じゃない? 別斗のほう、ぜんぜんゲームが始まらないよ~?」


 ジャレ子が云うように、別斗側のモニターには色とりどりの奇妙な縦線が怪しく映っているのみだった。


「これは、ソフトがうまく差し込めていないことによる接触不良だわ!」


 ソソミがそう叫んだと同時に、ミスターQが高笑いをあげた。


「これはこれは……別斗くん、完全にスタートダッシュに失敗したな。この接触不良によるタイムロスは大きいぞ。越智よ、一気に差をつけてしまうのだ!」


 云われるまでもなく、越智トオルが攻勢をしかける。大きな身体に似合わず手先は器用らしく、すんなり一発でソフトの差し込みに成功すると、彼には小さすぎるコントローラーを巧みに操って、快調にステージを進んでいく。さすが裏のプロゲーマーというだけあって、テクニックはなかなかのものである。

 やがて、コースの終わりを示すフラッグが見えてきた。


「ああ、相手はもうゴールみたいだよ~?」

「大丈夫。まだ1-1が終わっただけだよ。このゲームは1ステージが4コースに分かれているから、あと3コースで追いつけばいいんだ」

「でも別斗ってば、まだソフトを差し込めないみたい」


 ジャレ子の指摘する通り、別斗はまだタイトル画面を表示させてさえいなかった。ソフトを何度も抜き差しさせるも、うまくいかない。

 別斗はいったん手を止めると、ひと息ついて頭を掻いた。

 そして、大胆にも笑顔を作ると、


「やれやれ、アレをやるしかねえか」


 しかたねえ、といったニュアンスを醸しつつ、別斗はソフトを引っこ抜いた。そうして、なにするものぞと不思議な顔をする一同の前で、接触部分にフーッと息を吹きかけたのだ。

 この光景にミスターQが驚きの声をあげた。


「あれは、いにしえの技・カセットふーふー。よもやこのような年端もいかぬ小僧が会得してようとは」

「おじさんから聞いたことがある。接触が悪いときに、端子部に息をふーふーと吹きかける儀式があったと。ちなみに育ちの悪いやつのソフトはくさいという」


 このカセットふーふーは当時、ホコリを飛ばすというテイで行われることが多かった。が、まったく信憑性がないどころか、かえって故障を招く要因になるので、良い子は使ってはいけない技なのである。これはゲーマー同士の異次元レベルな戦いだからこそ発揮される秘技なのだ。

 はてさて、別斗の一か八かの行為は幸運にも功を奏した。別斗側のモニターにも、ようやくスーパーマリコシスターズのタイトルが表示されたのだ。

 これにはホッとした様子の別斗、


「よし、これでやっと始められるぜ」


 遅れを取り戻そうと、無駄のない手さばきでコースを突き進んでいく。

 一方、越智トオルは1-2も中盤に差しかかっていた。ここまで一度の失敗もないまま、順調にこなしている。


「裏のプロゲーマーだかなんだか知らねえけど、さすがにうまいな越智さん」


 別斗の呼びかけに、


「おう」


 と低い声で返事するだけの越智トオル。愛想ねえな、と別斗は内心毒づきつつ、コントローラーを手繰る。

 それより、出遅れたぶん本領発揮しなければならない。ほーっと軽く息を吐き、別斗はギアを一段階あげた。

 ダッシュで押していく。落とし穴や障害物があってもBボタンを押したまま、左手の十字キーとジャンプを巧みに使用し、ひたひたと越智トオルの背中を追っていく。


「すごい。別斗がこんなにゲームテクニックがあったなんて……」

「うまいだけじゃないわ。コインやアイテムにはまったく見向きもせず、ひたすらゴールを目指す判断も目を見張るものがあるわね」


 ソソミとあすくは舌を巻いていた。

 このゲームには様々なアイテムがあって、火を吹いて攻撃できるもの、ライフを増やすもの、触る者みな弾き飛ばす〈無敵のマリコ〉になれるものなどがあるのだが、ゲームを有利に進められるそんなアイテムを取らないのは、なかなか勇気がいる行為である。デフォルトのマリコは弱い。敵の攻撃を一度もらっただけでやられてしまうくらい弱者なのだが、そんな状態でも平然とダッシュで突っ込んでいく姿勢は、別斗がいかに巧妙なテクニックを有しているかを証明していた。


「よっしゃ、1-2クリアだぜ」


 コース終了を示す花火が打ちあげられたのを確認し、別斗は指パッチンした。越智トオルはというと、彼は1-3の中腹あたりをウロチョロしていた。


「別斗がんばって、もうちょっとで追いつきそうだよ~」


 ジャレ子の歓声を受け、別斗のギアはさらに加速していく。


「追いつくだけじゃねえ、このコースで追い越すぜ!」


 中央で2分割されたゲーム画面が、徐々に同じ風景になっていく。越智トオルのいる場所に、別斗が近づいているのだ。

 中腹の連続ジャンプが必要な〈浮島ゾーン〉で、とうとう別斗は追いついた。


「悪いな越智さん、お先に行かせてもらうぜ」


 足踏みする越智を尻目に、あっさりと連続ジャンプを越えた別斗、そのままみるみる越智トオルを後方へ追いやり、差をつけていく。


「別斗が逆転したぞ。このまま順調にいけば勝てるんじゃないか?」

「なあんだ。最初は心配したけど、けっこう余裕でイケそうじゃ~ん」


 楽観的にはしゃぐあすくとジャレ子。

 しかし、そのそばでソソミは神妙な顔つきになって、なにかを模索していた。


「どうしたんですか、ソソミ先輩。そんな暗い顔して」

「気になることがあるのよ」

「気になること?」

「ええ。もし越智トオルという者の実力がこの程度なら、裏のプロゲーマーなんて大げさな肩書きを名乗るかしら。下山ミネオを再起不能にするような集団のメンバーなら、なおさらだわ」


 それに、とソソミはすばやくミスターQに視線を送った。


「あのミスターQの平然とした佇まい。自分の部下が劣勢だというのに、ちっともこたえていないように見えるわ。それどころか、笑っているようにも思える」

「まさか~。内心はやべ~ってビクビクしてるんじゃないの~?」


 だが、このソソミの直感は正しかった。

 別斗に逆転された越智トオル。いったんコントローラーを手放し、指をポキポキと鳴らしながら太い首をグリグリ回す運動をする。まるで仕切り直しと云わんばかりのこの様子に、その場の空気が一変した。


「越智よ、その別斗という少年の実力はわかった。このまま楽に勝たせてはくれないだろう。ならば裏のプロゲーマーとして、アレを出さねばなるまい」


 ミスターQが越智トオルに喝を入れた。

 越智トオルはそれに応えるように「おう!」とひとつ気合いを吐くと、上から親指を叩きつけるようにしてBボタンを押した。

 その衝撃たるや、まるでダイナマイトだった。すさまじい爆風が越智トオルを中心に巻き起こり、周囲を飲み込んでいく。

 台風にあおられたようにロケバスが弾んだ。木々も揺さぶられ、葉がざわめき立つ。突風に身構えることもできず、ソソミたち3人も数歩後退りを余儀なくされた。

 ジャレ子のスカートもめくれあがり、蜜蜂がプリントされたパンツが丸見えになった。


「いや~ん、なんなのよ~、このHな風は」

「ふふふ、これが越智トオルの裏技『紅蓮の巨鎚ミョルニル』だ」

「『紅蓮の巨鎚ミョルニル』ですって?」

「そうだ。越智は驚異的な力でBボタンを押すことによって、すさまじい爆風を発生させることができるのだ。そう、その威力はまさしく北欧神話に登場する神のハンマーなのだ」

「なんてことだ、あんな風を近距離で受けたらひとたまりもないぞ」


 ハッと我に返って、あすくは別斗に意識を向けた。まさに近距離でゲームをする別斗には痛恨の一撃だったに違いない。よもや今の衝撃でやられてしまったのではないか。

 が、あすくの心配は杞憂に終わった。


「あっぶねー、思わずコントローラーを引っ張っちまうところだった」


 おっとっととよろめいたものの、別斗はすんでのところ、つま先立ちで耐えていたのだ。


「ほう、これはこれは。越智の一撃を食らって耐えたものはそうはおらん。別斗くんとやら、これは素直に拍手だ」


 といってミスターQ、革手袋をパンパンと打ち鳴らす。越智トオルも「やるねえ」と低くうなって、別斗に賞賛の言葉を投げかけた。


「越智さんよ、すげえプッシュ力だけど、おれはまだまだこんなもんじゃ吹き飛ばせねえぜ」

「だが、わかっているね。もしコントローラーを強く引っ張ってツーッといわせたら君の負けだよ。プレイ中のツーッはカーレースの世界でいうエンスト。問答無用の棄権になることを」


 ファニコンは振動に弱い。最新の据え置き型ゲーム機と違い、ワイヤレスコントローラーではないゆえ、あんまり強くコードを引っ張ると本体に衝撃を与えることになってしまう。すると、画面には接触不良によるフリーズが起きてしまうのだ。


「へっ、おれはそんなミスしねえ」


 とは云いつつ、別斗の表情は硬い。ゲーム中に爆風にあおられる経験など、おそらくどんなゲーマーもないだろう。言葉とは裏腹に、別斗のライフは焦りと緊張で目減りしていく。


「ふふふ、どこまで耐えられるか、ひとつ高みの見物といこうではないか。越智よ、一気に勝負をつけてやるのだ!」


 ミスターQのサド気たっぷりな命令を受け、ふたたび越智トオルが『紅蓮の巨鎚ミョルニル』を繰り出した。

 ドーン、という爆弾のごとく衝撃がまたしても別斗を強襲する。別斗は綱渡りの達人顔負け、片足だけの平衡感覚でもってこれを堪える。もはや紙一重の行為。コントローラーを持ったまま倒れでもしたら、即終了だ。

 この光景にやきもきしたあすくが叫んだ。


「そうだ。別斗、いったんコントローラーを置いたらどうだ? 爆風がおさまるのを待ってからプレイすればいいじゃないか」

「バーロー。それじゃタイムロスじゃねえか。いまここでコントローラーを手放すということは実質、試合放棄みてえなもんだろ」

「でもおまえ、あの爆風のなかでマトモにプレイなんてできないだろう? ミスターQの云う通り、本体をガタンといわせて〈ツーッ〉するのが関の山だ!」

「大丈夫だ、勝機はある」


 別斗の思わぬ言葉に、ミスターQが肩を震わせた。


「なんだと? 別斗くん、いま君はなんと云ったかね。勝機がある、そう云ったのかね?」

「ああ、云ったぜミスターQ。おれにはまだ勝機がある」


 そう力強く宣言する別斗の顔には、自信がみなぎっていた。1-3の終盤で足止めを食い、その間隙を縫って越智トオルに再逆転されてしまった現在の危機的状況においてもなお、別斗には勝利をものにする公算があるのだ。


「越智、遠慮することはない、吹き飛ばしてしまえ」


 ズドーン。越智のBボタンが震源地と化す。またまた別斗の身体を、津波のような突風が飲み込む。

 が、幾度となく爆風に晒されようとも、別斗は吹き飛ばされるどころかコントローラーを手放すことすらしなかった。フラフラとしながらも、絶妙な片足立ちでもってバランスを保っているのだった。

 ミスターQはもはや覆面越しでもわかるほど気色ばんでいた。まったくおもしろくない。越智トオルのマリコが勝負の最終コースである1-4に到達しても、彼の激昂はおさまる様子がなかった。


「越智よ、私は普通にゴールして勝つだけでは腹の虫がおさまらなくなった。ここは裏のプロゲーマーの威信に賭け、なんとしてでも別斗くんを『紅蓮の巨鎚ミョルニル』で粉砕するのだ!」


 越智トオルも、ご自慢の裏技が通用しないことにいらだっていた。山のような僧帽筋をさらに盛りあがらせ、いきり立っている。

 刹那、別斗は思考を研ぎ澄ませた。

 おそらく次の一撃、越智トオルは『紅蓮の巨鎚ミョルニル』を最大出力で放つだろう。すべてのパワーを使い切るほどの威力で。そのときが、こちらの絶好のチャンスだ。

 別斗が確信的に叫んだ。


「あすく、ソソミ先輩たちとこの場を離れろ!」

「なんだって? どういうことだよ!」

「いいから早くしろ。間に合わなくなっても知らんぞ!」

「おまえはどうするんだ」

「おれは、耐えてみせるさ」


 越智トオルが右腕を天高く突き上げる。そして親指でグッドサインを作ると、渾身の力でもってBボタンへ振り下ろした。

 ――来る!

 身構える別斗。

 瞬間。まさに爆音を轟かせながら、これまでにない巨大な嵐が巻き起こった。

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