第11話

 どうしよう。

 車椅子が消えないように見張るってことで、アスカが僕の部屋で一晩過ごすことになった。

 前は、実際には部屋には一緒にいなかった。それでもみんなに囃し立てられたけど、今度は本当に部屋まで来るって言ってる。

「夜になったら行くわよ。もし眠くなっても交代で休めばいいでしょ」

 さらっと言ってくれるけど、こっちは緊張して心臓が破裂しそうだ。

 まあ、緊張して眠れないからちょうどいいか。壁もない屋敷だから、何かあったら誰かが飛んで来るだろうけれど。

 でも、車椅子は本当に消えるだろうか。もしこの世界にない異物を排除するのなら、僕の記憶だって消えていたはずだ。でも、僕も、この時代の人たちも、僕に関する記憶は残っている。

 それこそ、僕がいた記録が何かで残っていたら、歴史が変わってしまうんじゃないだろうか?

 例えば、アスカと夫婦になって、子どもができるとか。

 いやいやいや、そんなことは歴史に関係なく、あり得ないから!

 改めて、部屋に運び込んだ車椅子を見る。本当に、1500年以上も前の人たちが作ったとは思えない出来栄えだ。この時代にあったとしたら、オーパーツとして騒がれるかな。

 でもこれが消えるなんて、とても思えないけど。

「リョウ、起きてる?」

 御簾の向こうにアスカがやってきた。部屋には月明かりしかなく、外の松明の灯りが少しだけ入ってきているだけだ。暗いこともあって、あまりハッキリ顔が見えず、アスカの輪郭が影となって映っていた。

 まあ、その方が緊張しなくて都合がいいけど。

「いらっしゃい」

 なるべく緊張を悟られないように、僕は落ち着いた声で返事をした。

「そっちに行ってもいい?」

 アスカも緊張しているんだろうか。いつもと違ってしおらしい。

 月明かりが強くなった。よく見ると、いつもの戦闘用の服ではなく、女官としての白い衣装を身につけている。

 綺麗だ。

「もちろん、どうぞ」

「ん・・、お邪魔します」

 部屋は若干広めだが、ベッドや家具があるわけでもないのでがらんとしている。お互い意識してか、車椅子を挟んで対極に座った。

「もし、これが消えるとしたら、いつ消えるのかしらね?」

 それはわからない。だけど、人が認識しなくなれば物の存在があやふやになる、とか何かで聞いたことがあったな。そうだとすると、二人とも車椅子を見なくなった時、つまり二人とも眠ってしまった時が一番危ない。

「うーん、それはわからないけれど、二人とも寝ちゃって、朝起きたらなくなってるかもね」

 難しい説明を省いて、アスカに伝えた。

「そうか。だから私が来たんだけどね。リョウは疲れてすぐ寝ちゃうから」

 アスカが笑って言う。でもその後の話が続かないから、二人とも黙ったままになってしまう。

 このままだと、眠ってしまうかも。何か話をしなきゃ。

「あのー」

「リョウの」

 二人で同時に話し始めて、話が被ってしまった。

「ふふ、おかしいね。でも、前は私の話をしたんだから、今日はリョウの話を聞かせて。向こうの世界の話を」

「うん、いいよ」

 長い夜になりそうだ。眠らないように、僕が生まれた頃の話から始めよう。


「それで、高校という学校に通ってる時は、あまり友達もいなくて、何かしたいこともなくて、ずーっと一人で過ごしていたんだ」

 話が高校の頃まで続いてきた。アスカは、時々質問をしてくるが、黙って僕の話を不思議そうに聞いていてくれた。

「自分が思うように、したいことができるの?生まれた時から身分が決まっているとかじゃなくて?」

「うん。僕のいた国はそんな決まりはなく、やりたいことを自由に選べたよ」

「それなのに、やりたいことがないって、どういうこと?」

 そうだよな、こっちの時代に比べればそんなに恵まれていたのに、何も考えていなかったな。今ならそれがもったいないことだって、よくわかるよ。

「何かを選ぶってのも、結構しんどいものなんだよ」

「ふーん、そういうものなのね。私だったら、何をしたいか、そんなに迷わないけど」

「アスカだったら、何をしたいんだい?」

「もちろん、ヒメコ様をお守りすることに決まっているじゃない」

 何だそれ。選んだことになってないじゃないか。

 でもそうか、他の選択肢が見えてなければ、選ぶ対象も限られてしまうんだ。それなら迷うこともないのだろう。

「いつ、どこにいても、それを選ぶわ」

「うん、アスカらしいや」

「それで、その高校とやらの次は?何をしてたの?」

 好奇心いっぱいの眼差しを僕に向けて、話をせがんでくる。

 もし、アスカが向こうの世界にいたら、どんな女性になってるんだろうか。

「その次は、大学というところに通っているよ。今は、そこの1年生」

「大学というのは、やっぱり勉強をするところなの?どんな人がいるの?」

「僕の大学は全学部で5000人くらいいるよ」

「5000人ですって!巻向の人間より多いじゃない!」

「ああ、そうかもしれない。そこに、いろんなことを学べるコースがあって、僕はリハビリテーションの作業療法というのを学んでいるんだ」

「リョウの時代の言葉は、種類が多くて難しい」

「全部覚えなくていいよ。僕も説明しきれないし」

「それで、友達はいるの?」

「あ、うん。桜井将馬というのと柳本透子さんというのが仲の良い友達だよ」

 アスカの表情が固くなった。

「どうしたの?」

「何でもないわよ!リョウに女性の友達がいたって、構わないもん!」

 あー、そうか。

「大丈夫だよ。柳本さんは、たぶん将馬の彼女になるだろうから」

 なぜか、アスカがちょっとホッとした表情をしている。それを見て、僕はちょっと笑ってしまった。

「だから、構わないって言ってるでしょ!」

 プイと向こうを向いてしまった。いや、嬉しかったんだよ、僕は。

「僕は、向こうの世界ではあまり人と話さないし、友達も少ないから」

 すぐに機嫌を戻したアスカさん。

「どんな勉強をしたの?」

「うーん、今はちょうど身体の仕組みを覚えていたところだったかな。だから、ケガがどうなっているかわかったんだ。ほんのちょっとだけどね」

「すごいわ!そんなことが勉強できるのね!私がもしリョウの世界に行けるなら、一緒に身体の勉強をしてみたい!」

「あはは、すごく覚えることがあって、大変だよ」

 でも、アスカなら軽々やってのけるかもしれない。この好奇心の強さなら。

「あと、あの車椅子、を作る勉強もするの?」

「あー、いや、直接作ることはしないけど、乗る人の身体の状態に合わせて作るから、やっぱり身体の仕組みを理解しなきゃダメだね」

「ふーん、そうなんだ。身体の勉強、してみたいなあ。それができれば、みんながケガをしても、手当てしてあげられるもんね。リョウ、教えてよ!」

 いや、解剖学の単位を落として留年する僕に、そんな資格ないよ・・。

「僕はまだ勉強の途中だから、正確に全部伝えられないよ」

「あら、今知っていることだけでも私たちには十分役に立っているわ。それでいいから」

 確かにアスカの言う通りかもしれない。今役に立つことがあれば、それを使うのも大事だろう。

 でも、未熟な知識で何かしても、結果がうまくいくとは限らない。どうせ教えるなら、しっかりしたことを教えてあげたい。

 もう一度、元の世界に戻るべきだろうか。できるならしっかり学んでから、教えてあげたい。

 もちろん、またここに帰って来られる保証はない。毎回この2択だ。

 ちょっとだけ違う事は、僕はまたここに戻りたいと思っていること。前は、向こうに帰りたいという気持ちの方が強かった。

 それと、たぶん、アスカもそう思っていること。以前は、僕に戻らなきゃダメだと言っていたのに、今はいろいろ教えてと言っている。こっちにいてもいいと思っているんだろう。

 どうしたらいいんだろうか。昔から優柔不断で、自分で決められないとみんなに言われていたな。

 僕は、ここにいてもいいんだろうか。ここが自分の居場所だと思って。


 大学の話も尽きてきて、僕の身の上も話し終わってしまった。

 いつの間にか僕の横に来たアスカが、僕の肩にもたれかかって、うとうとし始めた。

 いつも緊張してるんだろうな。でも、僕の前ではこんなに無防備な姿を見せて。

 そういえば、アスカって、歳はいくつくらいなんだろう。僕より幼く見えるけれど、女性はわからないからな。

 向こうの世界で出逢っていたら、どんな関係になってただろうか。

 いや、向こうの世界の僕は、自信がなくて結果が出せていないから、出逢っていても、すれ違って終わりの通行人だろうな。

 もっと自信を持てる状態になって、また会えるといいな。でもそのためには、ここにいても。

 取り止めのない話を考えていると、僕も眠くなってきた。

 あれ?隣にアスカがぐっすり眠っている。何でだろう・・。何を話していたんだっけ・・。

 寝ぼけた状態でそんなことを考えていたが、ここに二人でいる理由をようやく思い出した。

 そうだ!僕たちは車椅子が消えないか、見張っていたんだ。

 そう思って、車椅子を置いた位置にもう一度目をやった。

 僕は、隣で眠っているアスカを揺さぶって、叫んだ。

「アスカ、起きて!車椅子がない!」

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