Why nothing never change

眞柴りつ夏

1. On air

『俺ね、魔法が使えるんですよ』


モニターから聴こえてきた言葉に、思わずキーボードを叩く指が止まった。

周りの男たちは苦笑している。気になって発言した彼の方を見ると、彼もガラスのこちらを見つめていた。


『ブースの外はみんな、信じてないみたい。全員苦笑いしてるもん』


そう言いながらも嬉しそうな表情の彼は、詳しい話はまた後で、と畳んでタイトルコールをした。


『「富永恭一とみながきょういちの、ソワレの後に」。この番組は、全国30局ネット、そして映像も配信でお送りします』

「……はい、CMで〜す」


カフを下げ、マイクがオフになったことを確認して、恭一はケラケラと笑い声を上げた。


「っはは、いやぁいい空気だった〜。スタッフの皆さんの顔がもう、最高」

「富永くん、いきなりぶっ込むからどうしようかと思ったよ」

「構成作家が岩崎さんだから、信頼して振ったんですよ俺は」

「びっくりしすぎて、なんのリアクションもできんかった……」

「悔しそうなの、いいわ〜」


CMは1分間ある。最初の休憩とあって恭一はブースからは出てこず、スマートフォンをいじっていた。

早速きたメールをプリントアウトしてブースに持ち込み、岩崎に渡す。彼はすぐに赤を入れ始めた。


「鳥海くん、今日のリアクション、どう?」


出て行こうとしたところを恭一から声を掛けられ、目線が合わないように下を向いた。


「……早くも魔法へのメール、たくさん来てます」

「だろうね」


俯いたまま会釈をして、ブースを出る。

生放送のこのラジオ番組で、メールやTwitterをチェックし、リスナーからの反応を拾い上げてブースへと渡す。それが鳥海一也とりうみかずやの仕事だ。席に戻りTwitterで番組のハッシュタグを検索すると、すでに恭一の魔法発言で盛り上がっていた。


『あんな2次元から出てきました、みたいな見た目してんのに魔法発言マジか』

『恭一くんて不思議ちゃんなの?』

『計算しての発言だとしても、ちょっと痛いよなw』


う〜ん、と唸りながらメガネのフレームを押し上げる。どれをブースに送ったらいいのか、まずは鳥海が選ばなければいけない。

頭をガシガシ掻いていると、モニターから楽しそうな笑い声が聴こえてきた。


『っふふ、いや俺ね、今日早朝から撮影があったんですよ。で舞台のソワレやって。結構疲れてたの。でもね、早速……、ははっ、みんな反応ありがとう。ツイッターすごいね、トレンドに「魔法」って入っちゃってんの。元気になってきたよ俺』


富永恭一はすごい。

27歳、職業、俳優。

180センチ近い長身と、笑うと細くなる目、清潔に整えられた黒髪。優しそうな雰囲気と、絶妙に腰に響く声を持ち、専門学校時代は女も男も彼を好きにならない人はいないのではないか、と言われていた。

性格も真面目、だけどふざける時はしっかりふざける。

事務所オーディションでは案の定、即戦力として選ばれていった。


『不思議ちゃんとか痛いとか書かれてるよ。ヤベェ、事務所に怒られるじゃん』


そう言いながらガラスの外を見て、恭一は笑った。


『マネージャーさん、なんでかOKマーク出してんだけど。どっちそれ』


また笑いが起きる。

その場の空気を自分のものにするのが本当に上手いのだ。


『魔法って言ってもね、色々あるでしょ?俺のはね「言葉の力」かな』

「一也の芝居ってさ、嘘くさいよね」

「は?」


反射で声が出てしまった。汗が背中を流れ落ちる不快感と共に振り返る。思ったよりも近い位置に、男はいた。


「いっつも気になるんだよ。当てられて台本読むとさ、文字通りの読み方しかしねぇじゃん」


ピクリと目が痙攣する。胃が、ゾワリとする。喉はキュッと閉まって、呼吸が苦しくなる。

(あれ、俺、今仕事してたよな……)


「自覚、あるんだよな……?」


そう言った相手の目は笑ってないのに口元は笑っていて、反射的に怖いと思った。見透かされている。自分が一番気にしているところを、尖ったものでズブリと容赦無く刺してくる。


「なんで準備してきた通りにしか芝居しねぇの?」


さらに遠慮なく発された言葉に、薄く開いた口から息の音が漏れた。


「……な、んで」

「気になるんだよなー。出席番号順で組まされること多いから、こう、芝居上の会話が成立してないのがさ」

「……ごめ、」

「あ、違う違う!謝って欲しい訳じゃねぇんだ。理由。理由が気になるの」


170しかない鳥海は、腕を組んで目の前に立つ男に気圧された。


「り、ゆうは……」

「うん」

「理由は……」

『理由はわかんないんだけど、昔っから俺の「言葉の力」って強いんだよね。お母さんに「甘いの食べたい!」って言うと買ってくれたり』

『それはなんか違くないっすか?』

『え、違う?てか岩崎さんが思わず喋っちゃうぐらいダメなこと?これ』


言いながら恭一は、手元の台本に目を落としているのが見えた。

鳥海は我に返り、眼鏡を外してこめかみと目頭を強く押した。

(どうかしてる)

普段仕事中にこんなことないのに。


『つーことで、今日のメールテーマは「言われて嫌だった言葉」。これをね、俺、富永恭一が嫌な記憶から塗り替えられたらいいな、と。そういう風に思っております。メールアドレスは——』


頭が痛い。忘れようとしていたものが、無理矢理蓋をこじ開けられて、溢れようとしているような……。

けれど仕事に慣れた身体は、勝手に自分の仕事をこなしていた。

面白いネタメール、これなら話が盛り上がりそうだと思うメールを選び、がんがんプリントしていく。

ラジオの構成作家という仕事に就いて結構経つが、恭一のラジオにつくのは初めてだった。つまりピンチヒッター。4週分の放送をアーカイブで聴き込んでから臨んでいるので、選ぶメールの系統は大体合っているはずだ。あとはディレクターと放送作家がこの中から選んでくれる。

渡したメールの中からどんどん読み上げられていき、『嫌だったって言いながらノロケを送ってこないでよ〜』とか、『わかる!これ言われたらムカつくよね!!』とかリスナーに寄り添いながら番組は進む。

そして、ラストのメールを手に取った恭一が、ふっと笑った。


『ラジオネーム「アンディ」さん。「初めてのメールです」ありがとう。「言われて嫌だった言葉。僕が嫌だったのは『お前には壁がある』です」……ほお。「同じ夢を持ち、切磋琢磨していた友達から言われました。僕的には心を開いているつもりだったのに、相手にはそう思われていたのがショックです」と。なるほどね。いやこれってさ、本当に壁がある人もいるじゃない?絶対に自分を曲げない、確固たる何かがある人。そういう人にはさ、何を言っても無駄じゃん。無駄ってのもおかしいか。多分お互いにいいことにならない』


構成作家が頷いている。


『けどもし。アンディ。君の友達が、君のためを思ってそれを言ったんだったら、どうだろう。彼は壁と表現したようだけど、心にもうちょっと触れてみたいと思ったのかもしれない』


難しいよね心って、とボソリと言うのが電波に乗った。


『あくまでこれは俺の意見ね。言われて嫌、って思った気持ちを否定するつもりは全くないです。俺みたいに言葉が強い人のって、グサリと刺さっちゃうものだったりするし。今、アンディはその人と距離置いちゃってるのかな。もしまだ近くにその人がいるならさ、『嫌だった』って伝えるのも、一つの手だよ。辛いならやらなくていいけど、相手がどう思ったのかを知るのは向こうにとっても悪いことじゃないはずだから』


最後の方は、なんだか自分に言い聞かせているようで、不思議な空気が流れた。ディレクターが恭一のイヤホンに聴こえるように「じゃあアンディさんのリクエストかけましょうか」と言うと、恭一が一つ頷いた。


『それじゃあアンディのリクエスト、タイトルは後で発表しようかな。まずは聴いてください。どうぞ』



——to be continued.

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