第9話 三人目

 ウィルフレッド・スターキーは自称「学者」だった。安定的な作用が難しかったシトログリセリンの研究を独自で行っており、後にサイナマイトと呼ばれる爆薬を開発したアルフレッド・モーベルよりも先にシトログリセリンの制御に成功した「栄光なき天才」として知る人ぞ知る存在になっていた。

 しかしその人生は波乱だった。何せ悪戯好きな性格だった。幼い頃、父の銃から弾薬を取り出し、それから火薬を抜き取りお菓子の箱に詰めて着火。結果家が焼けるのだが、その時の快感が忘れられず、以来徒にものを破壊する癖がつく。

 十六の頃、「火薬をまとめて芯に当たる部分に着火すると爆発する」ことを示すために実験室にて実験。結果実験室を爆破する。

 十九の頃、シトログリセリンと出会う。些細な振動で爆発するその化合物に完全に魅了され、以来「彼女をモノにしてみせる」とシトログリセリンと向き合い、研究するようになる。この研究の過程で七つの大学の研究室を爆破している。

 私生活も奔放を極め、生涯に愛した女性は二十九人。当人は「『愛した』の定義にもよるだろ」と言っているが肉体関係だけだと三桁に届きかねない。そして事実いい男だった。火薬と爆薬に魅了されていることを除けば頭もよく、人当たりもいいので、すぐに人気者になれるタイプだった。実際「学者」として生きていくには金が必要だったのだが、その金を工面してくれる人物は多方面にいた。だが戦争がそれを許さなくなった。

 戦争は西側も東側も疲弊させた。ウィルフレッドはどちらの側ということもなく、シトログリセリンの研究をさせてくれるところなら節操なく移籍するタイプだったのだが、その姿勢が敵にも味方にも反感を買い、結果資金繰りに困った。そんなウィルフレッドにアーロンが声をかけた。

 金鉱の採掘には爆薬が必要だった。シトログリセリンは少量で劇的な効果が見込める薬品だった。

 かくしてウィルフレッドはアーロンの下で研究を進めるのだが、アーロンの腹心の部下であるバスケス・ルルフォと対立。バスケスは元兵士で銃火器の扱いには長けているが火薬や化合物に関しては素人で、ウィルフレッドの研究の足を引っ張った。ウィルフレッドはバスケスを追い払いたかった。

 ほんの少し気を引いている隙にバスケスのレポートを改竄してやろう。そう思ってバスケスの研究室に少量のシトログリセリンを仕込んだのだが、これが想像以上の火力を出しバスケスの研究室どころかアーロンの事務所一棟を丸ごと破壊。結果ウィルフレッドは後にアルフレッド・モーベルが開発したサイナマイトと呼ばれる爆薬の始祖たるアイディアを手に入れるのだが、アーロンからは解雇され、路頭に迷う。住み込みの寮があったリバタイドの町と、隣町のスモールクリークとを往復して、その日暮らしの仕事をしながら毎日を送っていた。

 クラリッサのことはそんな浮浪者生活を送っている時に知った。

 スモールクリークの酒場にいる姉ちゃんは気前がいい。そんな噂が浮浪者の間であった。何でも「お恵みを」と頼むとこっそり酒場の残り物をくれるそうだ。ありがたいと思った。ウィルフレッドはすぐにご相伴にあずかりに行った。そこで度肝を抜かれた。

「えれえ美人だ」

 思わず口に出していた。

「あんたえれえな」

「何がよ?」

 クラリッサは微笑んだ。

「さぁさぁ、マスターにバレる前にこれを持っていってくださいな」

「なぁ、そんなことより俺と遊ばねぇ?」

 クラリッサは困ったような顔をした。

「遊ばないわ」

 つれない口調も、ウィルフレッドにとっては好印象だった。

「また困ったらいつでもいらっしゃい」

 以来ウィルフレッドは酒場のクラリッサに目をつけていた。いつか抱いてやる。そう思っていた。



「ウィルフレッド」

 ザカリーがやってきた時、ウィルフレッドはリバタイドのゴミ捨て場でゴミを漁っているところだった。中には不発弾なんかも捨てられていて、ウィルフレッドはそれから火薬を抜いて実験をしたりしていた。ザカリーはそんな中来た。

「俺が知る中で、お前ほど爆薬に明るい人間はいない」

 ザカリーの言葉にウィルフレッドは笑った。

「まぁ、財産も吹っ飛ばしちまったし?」

「お前に吹っ飛ばしてほしい人間がいる」

「殺しはやらねぇよ。結果的に殺しちまった人はいるが」

 と、ウィルフレッドがザカリーを袖にしようとしていた、その時だった。

「アーロン・コールドウェルを知っているか?」

 ザカリーの言葉に、ウィルフレッドは思わず振り返った。

「知ってるさ、知ってるとも」

 元ボスだ。そう笑うとザカリーも笑い返した。

「一泡吹かせたくないか?」

 面白そうだな、とウィルフレッドは思った。

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