4 過保護はよくないと思います

 気まずい沈黙が下りて、誰かが重いため息をつく。村人も多数利用する酒場なので、狭い店内は既に満席だった。突然席を立って出て行ったヒースを、店内の客たちも気遣わしげに見送ったが、数秒後には何事も無かったかのように喧騒が戻る。


「で? 本当のところはどうなんだよ」


 ライルは大きな背中を背もたれに預けて、頭だけをディーンの方に向ける。


「どうって、何が?」


 真に問われている事は分かっていたが、ディーンは眉間に皺を刻んでビアマグを呷った。


「いつまで面倒みてやる気なんだって聞いてんだよ」

「俺はあいつの面倒をみてるつもりは無い」


 ぴしゃりと言い放ったディーンにライルは鼻で笑い飛ばし、テーブルに身を乗り出して声を潜める。


「俺が言いたいのは、逆だろう? ってことだ。守られるのはお前で、守るのはヒースであるべきだ。そうだろ? なぁ、王子サマ?」


 ディーン・エリア・アスタール=シュセイア。それが彼のフルネームで、彼らの故郷シュセイル王国の第二王子の名だった。騎士エリオス・シュセイアが建てたシュセイル王国では、王族もまた国家と国王に仕える騎士である。

 ディーンが正騎士になった後は、近衛騎士団の名誉職に就くことが決まっている。


「……民のために身を投げ打つ覚悟を持たない者が王族を名乗る事はできない」

「だからって、大将が落ちたら終わりだろうが!」


 声を荒げたライルを北の空色の瞳が射抜く。ひたりと喉元に剣の鋒を向けられたような殺気に、ライルは図星を突いたかと薄い笑みを浮かべた。酔った人々の笑い声がどこか遠くに聞こえる。賑わう店内で、彼らだけが沈黙していた。


 どれくらい睨み合っていたのか、おそらくそう長い間ではなかっただろう。沈黙は忘れたところから唐突に破られた。

 食器を下げに来た店員が異様な雰囲気に、テーブルの横を通り過ぎようとしたので、それまで黙って食べていたアルファルドが声をかけたのだ。


「すみません。林檎ジュース追加ね」

「あっ、はい! ただいまお持ちいたします」


 一触即発の緊張は思わぬ伏兵に破られて、ライルは椅子に深く座り直した。横目でアルファルドを睨むも、アルファルドは涼しい顔でサーモンのフライを咀嚼している。運ばれてきた林檎ジュースで流し込むと、ようやく会話に参加する気になったのかフォークを置いた。


「心配しなくても、ディーンはちゃんと分かってるよ。過剰に庇うことは、ヒースには抗う力が無い、ヒースの実力を信頼してないって侮ることだって。あれだけ口が達者な奴なんだから、本当にダメな時は『助けて』って言うでしょう。それまで黙って見てれば良いんだよ」

「言うかぁ? あいつ、チャラいけど結構プライドが高いぞぉ?」


 ライルは難しい顔で首を傾げる。だが、従兄弟として長年関わってきたアルファルドの見解は微塵も揺るがなかった。


「恥ずかしいとか、プライドがどうとか、ふざけたことを言ってる間は全然余裕ってことだよ。だから、今回のこともそう。――ディーンが悪い」

「……えっ、俺かよ!?」

「だろぉ!?」


 勝ち誇った顔で大きく頷くライルの椅子を蹴りながら、ディーンはアルファルドに向き直った。まぁまずは、意見を聞こうじゃないかと、聞く姿勢を示すことは重要だと身構える。


「あの言い方じゃあ、ヒースが何か言う前からもう手伝う気でいるように聞こえるよ。だから小さなプライドが傷付いたんだろう? つまり、まだ頼る段階じゃないんだから手を出すなってこと……って、ディーン……何その顔は」

「アル……お前がまともなことを言ってると、なんか、こう……成長したな! って父性に目覚めそうになるな」

「なんでだよ。目覚めんなよ。寝てろよ」


 ムスっとした顔で抗議するアルファルドに、「だが、お前の指摘は的を射ている」とディーンは苦笑しながらも素直に認めた。


「お前の言う通り、今回は助け舟を出すのが早過ぎたかもな」

「それもそうだけどよ、親友だって言うんなら……堅実な夢を見ろって言ってやった方がいいんじゃねーのか? お前だってずっと側に居られるわけじゃねーんだ。お前自身の望みだってあるだろう?」


 長々と絡んでいたが、結局のところライルが言いたかったのはそれに尽きるのだろう。

 ヒースの無謀な夢のサポートにかまけて、ディーン自身の望みや目的を忘れていないか? 言い訳にしてはいないかと問いたいのだ。傍からみれば、その指摘は尤もに思える。


「あいつは堅実だ。自分の強みを理解している。王宮には王族以外は魔法が使えない結界が張られているのは知ってるだろう? 王宮に入ってしまえば、ヒースは他の奴らと条件が同じになるんだ。ヒースは普通の人間が魔法の習得にかける時間の全てを、剣技体術に充ててきた。魔法無しなら俺やお前らとだって対等に戦える」


 同じ条件なら誰にも負けない。そう言い切ったヒースにディーンの心は動かされた。肩を並べて戦える日が来るかもしれないと、同じ夢を見たのだ。


「自分の実力を過信して言ってるわけじゃねーってことか」

「そうだ。自分に向いている場所が、偶々他人より遠くて高いところにあったってことだ」

「ふぅん……なるほど。考えたな」


 ライルの声音はまだ納得してはいなかったが、先程よりは良い感触だった。ディーンはようやく肩の力を抜いて、空のビアマグを覗き込む。


「……本当に、魔法だけなんだよ。あいつの弱点は。ただそれだけなのに、それが致命的なんだ」

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