第10話 始まる関係



「そういえば、今日は何時くらいから片付けとかしてくれてたの?」

「えーっと、14時半くらいからですかね」

「じゃあ今が22時半過ぎだから、8時間労働だ。」

「まあ、そうなりますね」



するとゆかりさんは財布から1万円を出した。



「時給千円で8時間+食材とか諸々の経費が2000円。これで足りるかな?」

「えっ?」

「ほら、バイトとしてさ。あんまり給料よくないけど。」

「あー、ありがとうございます。十分です。なんかすみません」



ひょんなことからバイトが決定してしまったが、これなら無理なく続けられそうな気がする。



「あ、そういえばこういう場合って確定申告とかってどうなるんですかね?」

「えー。別にいいんじゃない?私のポケットマネーからのお小遣いだし」

「そうですね。よくわかんないですけど、その辺は適当に後々考えましょうか」

「だね。なんか急な話でごちゃついてゴメンね」



「そうだ、今後もまたもしかしたら頼むかもしれないから、連絡先交換しとこうよ。」

「それもそうですね。」

「また今週来て欲しいとかお願いするから、翔太くんが時間ある時に来て片付けとかしてくれると嬉しいな」

「はーい!」


「なんかゴメンね、変なお願いしちゃって。」

「いえいえ、こちらとしてはなんか楽なバイトが見つかってラッキーです」

「ならよかった。ほんと今朝うっかり口走った時はどうしようと思ったもん」

「僕もゆかりさんがさっき玄関開けて固まってた時、やっちまったと思いましたから」

「フフッ」「ハハハ」


こうして僕たちは連絡先を交換し、和やかな雰囲気の中、隣人どうしの少し歪な関係がはじまった。



「もう結構時間遅いけど、どうしようか」

「じゃあ、僕はとりあえず帰ります。おやすみなさい。」

「おやすみ!今日はありがとうね」

「はい。また今度!」

「また連絡するからよろしくね」


こうして僕は301号室を後にした。



302号室に帰ると、昨夜アニメを見ながら食べていたポテチの袋がまだ机の上に残っていた。


「本当に長い1日だったな。」


思わず独り言が漏れた。


でも、何だか良い一日だった。



今日までの僕は、自分一人の生活のためだけに家事をしてきた。


実家にいた時も、仕事で帰りの遅い父親と、もう家に帰らない母の代わりに自分の夕食を準備し、自分の住環境を整え、ほとんど自分のためだけの生活をしていた。

そしてそれは誰かに褒められるようなことでもなく、当たり前の現実だった。

空虚な家を出て一人暮らしを始めても、何も変わらなかったし、それはこれからも一生変わらないものだと思っていた。


それが、ゆかりさんという少し変な人と出会って、一日で変わり始めた。





さっきまで見ていたゆかりさんの笑顔を思い出し、胸が少しだけ暖かくなる。

これはきっと、僕の見る世界を彼女が変えたからだと思う。








というか、冷静に考えたら隣人年上女性の部屋に合鍵で入るバイトってヤバいな。他の人には言わないでおこう。

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