第6話 それぞれの午後


—翔太side—


13時半。まだ眠気と今朝の混乱が残り、少しだけボーッとした頭のまま、とりあえず何か食べようと、歩いて数分のショッピングモールに来た。ここに来れば本屋も服屋もスーパーも雑貨店もあって何でも揃ってしまうので、休日はいつもここにしか来ていない。


普段はここのスーパーで食材を買って自分で料理を作るのが好きなのだが、あまりの空腹に耐えかねて、ひとまずはモール内のフードコートに入った。


人間の欲望の極致ジャンクフードの王様とも言える、チーズバーガーとポテトを食べながら、改めてこれからのことを考える。


今朝出会ったばかりだが、ゆかりさんは変だけど、悪い人ではなさそうな気がした。ただ、今のゆかりさんは、フラれたばかりだし、そもそも家事は苦手らしいし、一人ではちゃんとした生活ができそうになかった。



何より、こうやって誰かに必要とされることが、今までの人生になかったから嬉しかった。



「時々うちの家事とかしてくれませんか」という言葉を、ゆかりさんは冗談だと片付けたけど、冗談で終わらせたくないと思った。


今夜、ゆかりさんが帰るのを、温かいご飯で迎えてみたい。

そしたらゆかりさんはどんな顔をするのか、僕は何を思うのか知りたくなった。


今夜はとりあえずカレーでも作ろうかな。そういえばゆかりさんの部屋に炊飯器はあったっけ?まあ無ければうちのでいいか。あとは部屋の掃除用具も多少買っておこうかな。などと考えながら、なんだか僕はワクワクしていた。





—ゆかりside—


午後12時30分。私は地下鉄に揺られながら、今朝の失態を反芻しては頭を抱えていた。


どうしてあんな提案をしたのか。

どうしてフラれた話を初対面の人にしたのか。

というかそもそもどうして道で寝るまでやけ酒を飲んだのか。


人生最大の失態だった。やっぱりこんな女はフラれて当然なのかもしれない。



翔太くんを追い返した午前6時からずっとこんな精神状態なので、何も仕事がうまくいかない。午前中のリモート会議でも的外れなことを言ってしまったし、今日提出の資料が全然仕上がっていない。これはもう残業が確定したようなものだ。


まあ、早めに帰ってもしも翔太くんと鉢合わせでもしたら、どんな顔していいかわからないから逆に好都合だけど。


だって、「五十嵐翔太」という名前は、私の甘酸っぱい思い出の少年と同じ名前で、しかもあの少年も彼と同じくらい不器用で口下手で・・・



こんな嘘みたいな話、と私は心に浮かんだ可能性を打ち消す。



私があの街を飛び出してからもう10年が経って、あの頃のことなんて全部忘れたつもりだったのに。


「ダメだダメだ。仕事モード。」


マスクの奥でそう呟いて、邪念を払うように伊達メガネを掛け直した。それでも私の心はザワザワしていた。








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作者コメント

こんにちは、作者の端野暮です。いつもお読みいただきありがとうございます。第6話にして急に登場です。

さて、第5話までは基本的に翔太の立場から書いていた今作ですが、第6話では、—翔太side—、—ゆかりside—という表記をさせていただき、それぞれの心境を1話の中で書かせていただきました。今後もこのような形式で書く場合や、ゆかりの視点から書く回もあるかもしれませんが、その時には今回同様の表記をします。

表記がない場合は翔太視点だと思っていただいて大丈夫です。

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