第27話 エマとノア



「こんな時間に昼寝をしているとは、お主もずいぶんと暇なのだな」


 手芸部の部室で寝ていたら、吸血鬼のエマにそんなことを言われた。

 俺は夜の活動がメインだから昼寝をしておくことは重要なのだ。

 それに先輩二人だって時間を潰しているだけで、部活動などやっていない。


「そっすね」


「カーテンを閉めては貰えぬか。眩しくてかなわん」


 太陽の光が無くなると俺の命の危険があるのだが、そう言われたら閉めるしかない。

 カーテンを閉めたら漆黒のローブに身を包んだエマの青白い顔が、暗がりの中に浮かび上がって見える。

 ガリガリに痩せていて、青白い不健康な体つきをしていた。


「レベル上げが必要なら、私とノアが手伝ってあげてもよいぞ。トウヤは今どこでレベル上げをしている」


「29階っす」


「面白い冗談だ。後輩のために一肌脱いであげようという先輩に対して、そんな冗談が言えるとはな。本当に行くというのなら連れて行ってやっても構わぬぞ」


 やっとイベントが起きそうな気配がするが、想定していたよりも早かった。

 ある程度の好感度が上がってくると、このイベントが起こるのだ。

 ほかの部活では先輩がレベル上げを手伝うという話を教室で聞いてきて、このような提案をしてくる。

 ちょっと殺気を向けられただけで動揺した俺は、ついつい余計な話題を振ってしまった。


「あの、ノアパイセンって感情があまりないですよね」


「余計なことに興味を持つな。人間」


 急にエマの瞳の中に赤い光がギラリと輝く。

 本当に殺意のこもった瞳だった。


「い、嫌だなあ。先輩だって人間じゃないっすか」


「お主は、なにか知っていそうな雰囲気だな。私としたことが油断したものだ。まさか狙いがあって、ここに来るものがいるとは思わなかった。ノアが目当てか」


 小さくカマをかけただけで、いきなり窮地に立たされてしまう。

 イベントを進めるべきなのか、まだ待つべきか、非常に悩ましいところだ。

 たぶん、キーアイテムを手に知れてしまったからイベントが進んだのだろう。

 となれば、ここで言い逃れしてしまうと二人に逃げられてしまう危険性がある。


「昼寝するために入った部活ですよ」


「私もそう思っていたが、お主はなにかを知っている」


 エマは何百年も生きる吸血鬼で、ノアは感情を持たない古代魔導兵器である。

 そしてエマはノアに対して、並々ならぬ愛着を持っているという設定だ。

 ノアに興味を持つのは非常に危険な選択肢という事になる。


 ゲームの世界ではあるが、ゲームをやっているわけではない。

 今はゲームでは選べなかった選択肢も選ぶことができる。


「実はさ、古代ロボットのAIコアというアイテムを手に入れたんだ。遥か昔にはロボット兵器が作られていたそうだ。ノアはたぶんそれだぜ」


「なッ、なぜそんなことをお前が知っているッ!」


 エマは隠しもしなくなった殺気を放って言った。

 ここからの発言は慎重に選らばなければならない。


「調べたんだよ。ノアには脈もないし、目の中にレンズのようなものが見えたからな。文献によれば、感情がないのはAIコアが壊れているかららしい」


「そ、それで、お前はどうしよというのだ」


 急にエマは動揺して視点が定まらなくなった。


「べつに、どうもしないさ。AIコアをはめれば、ノアは感情を取り戻すだろう。今まであったことは内部のメモリーにすべて記憶されているから思い出は残ってる。すでにマスターがいないことは本人も知っているだろうし、破壊活動を始めたりすることはないはずだ。アンタとの思い出だって覚えてるはずだぜ」


「そ、それを私に寄こせ!」


 ゲームなら選択肢が出そうなところだ。

 一つしか出ないアイテムだから、そう簡単に渡すのはためらわれる。

 試してみる方がいいだろうと思って、俺はインベントリの中から干からびてしわしわになったエントの実を取り出して渡した。

 手に取るなり、エマはそれを握り潰して粉々にしてしまった。


「おいっ、なんてことするんだよ!」


「どうしてだ。私は、私は人間など殺したくはないのに、秘密がバレてしまった以上は死んでもらうしかない。どうして余計なことに興味を持つのだ!」


 感情のこもらない声でそう言って、エマはまるで小さな女の子が泣きわめくみたいに取り乱して泣き出した。

 彼女は悪魔狩りと称した人間に命を狙われ続け、数百年もの孤独と寂しさに押しつぶされている。

 だから彼女からノアを奪おうとしたならば、本物の殺意を向けられるし、人間に対する恨みだって本物だ。


「待て待て、俺は味方だ。お前を助けたいと思ってるんだよ! 俺はお前の問題を解決してやれるんだ」


「そんな言葉に騙されるものか! 私が何度人間の言葉に騙されてきたと思っているのだ」


 エマが俺に向かって襲い掛かってきた。

 血液の爪が生えたエマの手が俺に向かって伸びてくる。

 ここで恐ろしいのはレベル60のエマだけで、ノアの方はレベル20くらいしかない。

 そうは言っても戦いたくはないので、俺はエマの攻撃をパリィで弾いた。


「俺がすべての問題を解決してやるって言ってるだろ。太陽の下にも出られるようになるし、もう人間に追われることもなくなるんだ」


「私の正体まで知っているとはな! この私に希望を持たせて、またそれを奪うつもりか! どうしてお前らはいつもそうなのだ!」


「そんなことするかよ。だけど、どうしてAIコアを壊そうとするんだ。それはノアにとって大切なものだろ」


 ずっとパリィを続けていたが、やっとそこでエマの攻撃が止まった。

 彼女は人間を憎みきれていないし、まだ俺に好感を持つほどには捨てきれていない。

 ゲームならこれで戦いになったが、説得だけでエマは攻撃をあきらめてくれた。

 いや、諦めたというよりは、心が折れてしまったというのが正しいかもしれない。

 俺の知っているエマよりも、ずいぶんと動きにキレがない。


「なんと、ここまで強い人間が存在するとはな。私の負けだ。磔でも火あぶりでも何でも好きなようにするがよい」


「話を聞けよ。本当にすべての問題が解決できるんだ」


 エマはやっと目線を合わせてくれて、俺の話を聞く気になったらしい。

 しばらく見つめ合っていたら、胸ポケットの中からなにかを取り出した。


「こ、これがあれば、本当にノアは感情が持てるのか」


 握り潰したふりをして、本当はまだ持っていたようである。

 取り出した梅干しのようなエントの実を大切そうに両手で持っていた。


「そうだよ。なにをためらってんだ。さっさと入れてやればいいだろ」


 ノアの感情を取り戻すというのは、ずっと望んできたことだったはずだ。

 それを今になって邪魔したり、ためらったりする理由が俺にはわからない。


「……で、できないっ」


 そういって涙を流すエマの姿はゲームでも見たことがなかった。

 戦いは避けられたようだが、ここでエマが悩む理由がゲームではなかった。

 泣いているエマを前に、俺は途方に暮れる。


「なにが問題なのかわからなきゃ、さすがの俺にも解決のしようがないぜ」


「私は彼女が反応しないのをいいことに、何度もつらく当たってきた。きっと嫌われている」


「なんだ、そんなことか。余計な心配はするな」


 俺は結末を知っているから、なんとでも言えるのだが、エマの方はためらっていて動こうとしない。

 俺はノアを呼び寄せて、コアの入り口を出すように言った。

 それをエマの前に用意してやり、さっさと入れろとうながした。


「も、もし……、もし私が嫌われていたら、その時は私のことを殺して欲しい。お前は人間のくせに強いから、そのくらいできるだろ」


「そんな必要なないって言ってるだろ」


「こ、これを胸の穴に入れたらよいのだな」


「いや、それは偽物だ。そんな梅干しみたいなもんなわけないだろ」


 本物はこっちだと言って、インベントリから本物のAIコアを出したらエマが目をみはる。


「それを渡せ!」


 エマはひったくるようにして、俺から本物のAIコアを奪い取った。

 そして一度だけ俺を見ると、震える指でAIコアをつまみ上げる。

 そのまま目をつぶり、ノアの胸元にあった穴にビー玉のようなそれをはめ込んだ。

 すると、ノアの目に光が宿ったように見えた。

 ノアはエマの腕を引き寄せると、その小さな胸でエマを抱きしめただけだった。




「それで私は本当に人間になれるのか」


「いや、人間にはなれないよ。人間と同じことができるようになるんだ。太陽の下に出たり、十字架を触っても火傷したりしなくなる。そうすりゃ追われることもなくなるだろ」


 世の中にはエマを普通の人間と同じようにしてやりたいと考えて、その方法を探した人がいた。

 俺はそいつの書き込みを掲示板で読んだだけだ。

 法王のジョブが持つホーリーのアビリティを装備すれば一切のデバフは発生しなくなり、アビスシーカーの変身アビリティで自分に変身すれば、人間扱いとなってヒールも受けられるし十字架にも触れるようになる。


 もちろんレイピアなどによる追加打撃効果さえ受けなくなるのだからバグのようなものだが、運営がそのバグを修正することはなかった。

 どちらも5次職なので、レベル上げが大変だから道化から上げていかなければならない。


「ありがとう」


 とノアが言った。

 それはエマが変な人間から追われることがなくなったことに対する礼だろう。

 エマとノアは、それからしばらく抱き合いながら泣いていた。


「褒美として、お前が私を彼女としてあつかうことを許してやろう。女の体が必要になったら好きに使うがよい」


 ここで提案を受け入れてしまうと、好感度を多大に下げてしまうヒロインが多数存在する。

 だからそんな提案は絶対に受け入れられない。


「いや、いいよ。それよりさ――」


「いらぬと申すか」


「ああ、お前と付き合ってるなんてことになったら、ロリコンだと噂されちまうだろ。それより邪神ロキを倒すのを手伝ってくれないか」


「そんなことでいいならやってやる。しかし体は小さくとも、私の振る舞いは大人だ。誰もお前をそのようには思うまい」


「いや思うだろ。小学生にしか見えないぜ。彼女になったとか変なことを言いふらすんじゃないぞ。それじゃ、こいつを使ってアビリティを開放したら、こいつで道化になってくれ。今から29階に行こう。ダンジョンワープがあるんだ。最初は騎士職を上げてくれよ。ノアは魔法使いになってくれ」


「恩人でもなければ、今の発言だけでも一生許さぬところだ」


 エマはそんなことをブツブツと言っている。

 エマとノアは一緒のパーティーに入れると、大切な人とかいうバフまで付いてくれる。

 パーティーメンバーの組み合わせで発生するバフの中で最も有益なものだ。


 ただし、エマは食事としてモンスターを倒してきただけだから、レベルが高いだけでアビリティの解放などは全くしていない。

 もちろん、俺はそれを見越してボスを倒し、宝珠集めをしていたのだ。

 あとは教会で転職できないので、転職の巻物が必要になる。


 これでレベルさえ上がれば、レイドボスも倒せるし高レアの宝珠も狙えるようになった。

 とにかく二人を連れてレベルを上げまくる必要があるな。

 となれば、とりあえずの目標は仮にでもビルドを完成させることだ。


「ノアもそれでいいか」


「いいわ。私、頑張るから」


「そりゃ頼もしいな」


 次の問題は、最後の一人をどうするかである。

 俺としてはA組の聖剣使いを入れたいところだが、ロキ戦に向いているとはいいがたい。

 見た目が俺の好みというだけだ。

 向いているのは妖狐か、もしくは男だからあまり考えてないがセリオスという手もある。


 妖狐は強力なチャームを使うので、俺のビルドでは仲間にできない。

 そこまで考えてちょっと引っかかった。

 今回はゲームとは違って、俺はカスタムキャラスタートのようになっているが、二人の主人公も同時に存在している。

 もしかしてアンナプルナに協力してもらえばいけるのだろうか。



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