第21話 戦場実地試験



 中間考査が始まる日の朝、日課にしているボスの見回りにでも行こうと中庭に出たら、カカシを相手にしていたサクヤが笑いながら俺に駆け寄ってきた。

 ポニーテールが揺れて、かわいい笑顔と白くて長い足が朝日に輝いている。

 こんな彼女が欲しいものだ。


「やっとできたぞ!」


 聞けば、キャンセルが初めて成功したらしい。

 そこで俺はボスをあきらめて、サクヤにキャンセル技の何たるかを伝授することにした。

 説明を始めて数分もしないうちに、サクヤの笑顔は消し飛んでいた。


「無理だ……」


「そんな絶望した顔をするなよ。まずは最初の攻撃を入れる距離によって、三つくらいの追撃を選べるようになればいいんだ。ひとつはキャンセルせず普通に出すから、あとは二つの追撃を練習すればいいだけだろ」


 サクヤがパッと笑顔になる。


「それならできるかもしれないな!」


「最初の一撃の当たり方が重要なんだ。当たり方を見極めてキャンセルを破棄するかどうか決めないとな」


 またサクヤの表情が曇る。


「破棄を選べなければ戦いの最中に立ち尽くすことになるのか……」


「そうだな。そのくらいできるようになるまで実戦では使うなよ」


「私は最初の攻撃すら当たらないんだぞ」


「まあ、それは慣れるまではしょうがないだろ」


 剣豪まで行けばガード打ちこわしというスキルが手に入るが単発スキルだし、4次転職にはレベル45くらい必要になる。

 慰めてもしょうがないので、途方に暮れるサクヤを放置して俺もカカシを殴り始めた。

 なにか伝授するコツはないかと思って始めたが、頭では考えていないことに気が付いた。

 これは体で覚えないとどうにもならないのだ。


「ちょっとどこが悪いのか見ていて欲しい」


 サクヤにそう言われて、俺はカカシから離れると縁石に腰かけて見学することにした。

 サクヤは典型的な初心者の動きで、とにかく繰り返して覚えるしかない段階だ。

 時間が必要だから、授業以外の時間をすべてつぎ込んでやるしかないだろう。


「あれれ、そんなところで何をしているのかな。なるほど、サクヤの下着を見学しているのですね。それじゃ私もご一緒しましょうか」


 茶化した様子で、アンナプルナが俺の隣に腰かけた。

 そんなキャラだったかなあと思うが、そもそもプレイしたこともない。

 俺が知っているのはプレイヤーが操作しているアンナプルナの行動だけだ。


「黒だな」


「黒ですね」


「あのなあ! 邪魔をするなら二人とも追い払うぞ」


「そんなに怒らないでよ」


「さすがの聖女でも緊張して眠れなかったのか。ずいぶん早いじゃないか」


「そうだね。なんだか嫌なイメージが振り払えなくて、頭がぼーっとするくらい寝不足だよ」


 俺もちょっと手が震えているくらいだから、女の子ならそんなものだろう。

 俺はナイフの柄を握りしめて震えているのを誤魔化した。

 シモンに金を払い、貴族の威厳で脅し上げてもらって、なんとか装備制作部に柄と鞘を新しくしてもらってある。


 手に馴染んだものの方がよかったんじゃないかと思ってしまうのは不安の現れだろう。

 ゲームの時ならワクワクしたものだが、現実ではそうも言っていられない。


 今の俺はレベル24になって、探索者も暗殺者もレベル4で止めて4次職に転職した。

 ジョブレベル5にすれば二つのジョブで、モンスターダメージと対人ダメージのボーナス20%が手に入るが、今日だけは4次職の方がいいだろう。


 メインジョブは4次職の忍者レベル1、サブジョブは3次職の侍レベル1だ。

 アビリティは、忍者が千里眼、遁術 、魔法回避、忍術マスタリ、それと解放した身代わりの術の五つで、装備アビリティが、サブジョブ(侍 -部位破壊 -パリィ -剣術マスタリ)、CT-40、経験値アップ、広域警戒、強襲技マスタリとなっている。


 忍者の千里眼は、マップに表示される範囲が広すぎて使いにくいから、泣く泣くドロップアップを外して探索者の広域警戒をつけている。

 今できるビルドで妥協せず強くなるようにしてあった。


「どうだ、なにかアドバイスはないだろうか」


 とサクヤに言われて現実に戻ったが俺はなにも見ていなかった。


「うーん、もうちょっと足を上げてくれた方が見やすいかな」


「もっとお尻を突き出すように動かして欲しいよね」


「な、何のアドバイスだっ!」


「怒らないであげて。トウヤは考えごとに夢中で、私の話も聞いてなかったんだよ。失礼しちゃうよね」


 その時になって気が付いたが、もしかして俺が一番緊張しているのだろうか。

 校庭には生徒も集まりだして、教師たちも校舎から出てきた。

 中庭には、転送ゲート用の大きな機材がすでに組み上げられている。

 そろそろ時間である。


 俺達もクラスメイト達のところに集まった。

 俺達を引率するのは、教師と3年A組の生徒3人である。


「やべえ、マジで緊張してきたよ」


「固まって動こうぜ。そうすりゃ大丈夫だよ」


「ゲートくぐる前にバフかけといてくれよな」


 周りでそんな会話がなされているが、そんな簡単に戦闘が始まるわけがない。

 現地についてからも、一日くらいかけて移動するのだ。

 三年生からゲートをくぐり、現地についたら別々にバラけて移動することになった。


 森の中を抜けて、戦場となっている渓谷へと向かうのだ。

 見れば三人とも、顔色が蒼白となっていた。

 このゲームでは主人公パーティーでもキャラロストが起こる。

 それにプレイヤーが操作していないセリオスだって、どこで死ぬとも知れないのがこのゲームの恐ろしいところだ。


「大丈夫だよ。三人は俺が守ってやるから心配するな」


「かっこつけちゃって。どちらかといえばトウヤが一番心配だわ」


 そう言ったカリナは、少しだけ緊張がほどけたようだった。

 アンナプルナは、まだ自分だけが狙われると思っているのか、今にも倒れそうな顔をしている。

 サクヤに手を握ってもらってなんとか歩いているような具合だ。


「べつに魔物どもに、聖女を狙うような知性はないよ。リーダー格ならともかく、前線に出てくるやつは間違いなく聖女を狙ったりなんてしない。ちょっとでも興奮したら見境が無くなるような奴らだぞ。俺は戦ったことがあるからわかるんだ。普段戦ってるモンスターと変わらないぜ。だけどボスにだけは気を付けてくれよ。見つけたらとにかく逃げるんだ。大きいから見ればわかる」


 三人とも誰かが襲われていれば、見捨てて逃げるなんて選択肢はなさそうなのが厄介なところだ。

 忍者のジョブを得て、多少の魔法に対する対抗手段は手に入れたが、レイドボスを想定したビルドは作れない。


 そもそもレイドボスはかなり強く設定されているから、出てきたら本当にどうしようもない。

 帝国の正規兵士が全部が殺されたって驚かないような強さだ。

 レベル120とかのカンストキャラで挑む設定だし、一人で挑むようなものでもない。

 あの大ザルのような初期実装ならまだしも、後期実装は本当に狂気じみている。


 それでも裏技的に倒す方法は見つけ出されたし、一人によるクリアも報告されていた。

 動画でも見たことあるから、倒せることだけは間違いない。

 俺も数回はどのボスも倒したことがある。


「ちょっと早いわよ」


 カリナに言われて後ろを振り返ると、俺だけかなり先を歩いていた。

 レベルが上がって忍者に転職してから、体が軽すぎて地面を歩いている感じすらない。

 ゲームと違って実際の身体能力が上がっているから、ゲームの時の感覚とどんどん離れていく。


 こうなってくると、最終職に転職したらどうなってしまうのか想像もつかないな。

 ジャンプしたら、そこら辺の木ですら飛び越えてしまいそうだ。

 そんなゲームを無理やり現実に当てはめたようなシステムのせいで、体力の上りが悪いアンナプルナが一番遅れているのだろう。


 俺はみんなのところに戻って、マップを確認しながら進むことにした。

 試しに忍者の千里眼を使ったら、マップの光点はほとんど見えないほど小さくなってしまった。

 やっぱりこのスキルは駄目だな。


 一日歩いて森を抜けると、砂岩地帯へと出た。

 燃料が見つからななくなりそうなので、俺たちは森の中で天幕を張って、たき火を囲むように陣取った。

 敵が来たらすぐに飛び出さなきゃならないから、テントのようなものは使えない。


 寝袋を出して、交代で見張りをしながら眠るのだが、みんな疲れているようだったから、半分以上は俺が見張っていた。

 寝る前に色々な話ができて、距離がもの凄く近くなった気がする。

 試験の最中だというのに、涙が出るほど笑えるとは思わなかった。

 たき火の暖かさに当たると、さすがに凄い眠気に襲われそうになる。


 広域マップだけを見て目をつぶっていたらいつの間にか朝になっていた。

 カリナに怒られたが、周りは生徒ばかりなんだからモンスターが来たらさすがにわかる。

 一応、勇者や聖女に刺客が差し向けられたりしないかと思って起きていただけだ。

 その可能性は極めて低いし、忍術の中にはアラートシステムだってある。


 赤い土が容赦なく靴と服を汚す砂岩地帯に入った。

 ここが今回の戦場である。

 今から正午までにクラスごとの集合場所に集まる必要があった。

 カリナが地図を確認して、方向を示した。


「こっちね。深い渓谷がそこらじゅうにあるから、落ちないように気を付けてね」


「だけど、どうしてバラバラに移動するのかな。一列で移動してもいいはずだよね」


「ワイバーンかなんかが出た時に、被害を減らすためとかじゃないか」


「なるほどねー。それはありそうだよね」


「普通に中間考査のためだとは考えられないか。本当に戦場があるのかも怪しいものだ」


「移動するだけで点数をつけるの? それはどうかなぁ」


 普通ならサクヤのように考えるのもわからなくはないが、このゲームを知っている俺にしてみれば、そこまで甘いことは考えられない。

 このゲームは普通に主人公やそれ以外を殺しに来るから死にゲーなのだ。

 普通に、この地域をばらけて歩かせるのだから、調査かなにかが目当てだろう。


 ビルほどもある大きな赤い砂岩がそこいらじゅうにあって、非常に視界が悪い。

 さっきまでぽつぽつ見えていた周りの生徒たちも見えなくなっている。

 かなり集合場所は離れているようだ。

 遠くに見える地形だけを頼りに集合場所を目指していると、やっとそれらしい場所を見つけた。


 すでにクラスメイトの半分くらいが集まっている。

 実技教官が俺達を確認すると、半分くらいに丸の付いた名簿になにやら書き込んだ。


「あと一時間で戦況を開始する」


 と実技教官が言った。

 おいおい、まだ半分しか集まってないぞと思うが、教官は上官なので意見することもできない。

 戦地ではぐれた場合は三日後にのろしを上げることが決まっている。

 それまでは、ここでサバイバルをして生き残らなければならない。


 それでも時間通りに全員が集合場所にたどり着いた。

 みんな砂ぼこりで全身が赤茶けている。


「今日はみんなを指揮することになった三年のカイサだ。しっかりと私たちの指示に従って動くように。ちゃんと指示に従って臆さずに戦えば道は開ける」


 挨拶しているのがK組の指揮官となる先輩の一人、カイサだ。

 主人公のパーティー可能メンバーで、赤髪の凄い美人である。

 両脇にいるのは見たことない生徒だが、3年A組だろうからレベルだけは高いはずだ。


「臆せず戦えというのは、死ぬまで持ち場を離れるなってこった。一人崩れたら、そこから全員が崩れることになる。死ぬまで戦い、戦って死ね。今日は俺達のテストでもあるんだ。士官生として、部下の命を預かるテストだな。俺はお前らが何人死んでも動じることなく、撤退命令だけは出さないとだけ宣言しておく。前だけを見て戦え」


 右隣りにいた黒鎧の男が名乗りもせずに言いたいことを言って、周りがざわつきだした。

 軍人になったら上官は選べない。

 戦略もないし、士気も下げるだけ下げて満足気だから、こいつはハズレだ。


「ふっ、ひどい挨拶だな。俺はカイエルだ。言ってることはめちゃくちゃだが、敵に背中を見せれば命とりだ。前だけ見ていればいいというのはその通りだろう。死んだところは、こちらでなんとかして穴埋めするから横は気にするな。奮闘を祈る」


 その後でカイサ先輩から作戦の説明があった。

 軍の機動部隊がU字に配置した俺達のところに敵を釣ってくる作戦らしい。

 有名な釣り野伏せというやつだ。

 どうやら軍の指揮官はまともなレベルらしく、ちゃんとした作戦を持ってきた。


 だからこの渓谷だらけの地形を選んで、大規模な作戦を悟られないようにバラバラに集合させたのだ。

 たしかに、ここは渓谷に挟まれたような場所だから、後ろを取られる心配も回り込みを警戒する必要もない。

 いきなり囲い込めば敵を殲滅するのだって難しくないだろう。


 俺は安心から胸をなでおろした。

 だが大半は後ろが崖になって逃げ場もないし、狭い戦場で乱戦になる。

 三年の黒鎧が言ってたのは、撤退させる権限など持たせてもらえなかったことの意趣返しかもしれない。

 こんな作戦で撤退などありえないからだ。


 俺とセリオスたちのパーティーが、U字最奥の一番負担が大きそうな位置に配置された。

 セリオスの範囲攻撃なら、一番力が発揮されるだろうし悪くない。

 たぶん教官たちが配置を考えたものだろうと思われる。


「配置も済んだし暇になったな。いったい敵はどんなのが来るのかね」


「道化はずいぶんと余裕があるじゃねえか。先輩たちの話聞いてなかったのかよ。こいつは正念場だぜ」


 ダンが肩で息をしながら、目を血走らせている。

 すでに視界が狭くなりすぎて、前しか見えていないような状態だった。


「セリオス、俺達もそっちのパーティーに入れてくれないか。ちょうど8人ならいけるだろ」


「構わないけど、経験値は悪くなるよ」


「お前の剣技を当てられるよりましだ。それに、たいした経験値じゃないだろ」


「たしかに巻き込むかもしれないな。招待するよ」


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