第14話 試練の先


 座学では地図の読み方や、作戦の指揮系統などを学ぶ。

 やはり階級が一つ上がるだけで、逆らえば即座に軍法会議レベルの権力があるらしい。

 学生のうちにも士官候補生になるようなのまでいるから、下のものとしては迷惑はなはだしい。


 学園の卒業生の大半は一般兵卒であり、クラスに三人くらいの成績優秀者が兵長に選ばれる。兵長で成果を出せば将来的には軍曹にも抜擢される。

 それが普通だが、最上位クラスだけは扱いが異なる。

 最上位クラスは全員が士官候補生となり、卒業と同時に最低でも少尉階級と爵位が付与され、成績によっては中尉や大尉ということもある。


 その中でも戦力として認められるほどになると、卒業の段階で少佐、中佐という例もないではなかった。

 金獅子の英雄などは大佐で卒業して、次の年には少将になっている。

 たしかゲームでは学園の下にある迷宮を踏破すると大佐で卒業だったはずだ。


 そこまでではないにしても、Bクラスまでは兵卒であり、Aクラスから将官候補なのだ。

 だからAクラスで卒業というのは、誰もが本気で狙う座となっている。

 なにせ指揮官と、現場で命を落とす兵卒では扱いが違う。


 一年の段階は仮分けであり、いくらでも変動するから頑張りなさいとのことだった。

 だから女子は、このAクラスになれそうな男に目の色を変えているわけだ。

 セリオスとアンナプルナはAクラス候補で間違いない。


 軍曹までは下士官だから、下級将校以上になることがモテる秘訣という事になる。

 リサが、女子は男子のステータスに恋をするのよと言っていた。

 ステータスというのが強さと社会的階級を指しているから、うまい言い方だ。


 他にも戦地からの帰還方法や、サバイバル技術なども教わっているので、そのうち大規模な実地テストが開かれることになる。

 それらは来年度のクラス分けにも反映されるので、本気にならなければならない。


 しかも全学年合同でやるから、かなりの規模だ。

 訓練生といえども、将来の階級が半分決まっているような世界だから、上級生に目をつけられるのはなるべく避けたい。

 そんなことを学びながら、一週間くらい、穏やかに日々が過ぎた。


 俺は第三手芸部に顔を出したりしながら過ごしていた。

 そして今日からは、テントや寝袋づくりのための材料を集めてくる課題が出された。

 6階層でキラーウルフの毛皮とハーピーの羽を集めなければならない。


「そんなもの買えばいいじゃないか。どうして僕がそんなことをわざわざしなければならないんだ。下々の者に任せればいい」


 教室ではシモンが怒りに任せて怒鳴っている。

 みんなシモンの態度を快く思ってはいないが、親が貴族というだけで誰も関わりを持ちたくないから放って置かれていた。

 俺は集めるのに一週間くらいかかるなと、どうも乗り気になれない。


 やっと最近になってデバフにも負けずスケルトンファイター狩りが再開できるようになったばかりだから、また夜の活動時間が減りそうで嫌なのだ。

 そこまでしてもデバフのせいでレベルあげは遅々として進まない。

 ダンジョンワープがあってもそんな状態だった。


 みんなでダンジョンの6階に向かう。

 かなりの人がいるだろうから、混み合うのは避けられない。

 わざと時間をずらして、昼間寝て夜に狩りをするパーティーまであるそうだ。


「まだお前は女子に寄生してんのかよ」


「情けねーなあ、おい」


 俺に話しかけてきたのはシモンとパーティーを組んでいるゴミ二人だった。

 もうすぐこの試練も終わるのだが、今の所は寄生していることに間違いはないのでいい返す言葉もない。

 シモンと組むようになって、こいつら更にガラが悪くなってきたな。


「うわ~~ん、セリオスぅ。シモンの腰巾着たちがいじめるよぉ~~」


 律儀な性格をしたセリオスは、俺の呼びかけに応えてわざわざこちらにやってきた。

 すぐに精悍な顔つきが現れてにらみを利かせる。

 それを見たゴミ二人は、俺をにらみながら離れていった。

 しかし、このやり取りを見たサクヤが口を挟んでくる。


「いくらなんでもそれは恥ずかしくないのか。誤魔化さずに説明すべきだろう。なぜ道化を選んだのかわかれば、誰もとやかく言ったりしないのだ」


 めんどくさいことになったなと思いながら俺はスルーする。

 アンナプルナもやってきたので、俺はなんか言われるかと身構えたが、サクヤを止めに来ただけだった。


「そのくらいにしておきなよ。きっと考えがあるんだからさ」


「しかし、周りに迷惑をかけているのだから、説明くらいあってもいいだろう。あんなことを言われ、それでなさけなくならないのが不思議だ」


「私はそうは思わないかなあ。というかむしろ、すごく余裕のある態度にも見えるよね」


 そう言って、こちらを見たアンナプルナと視線が交差する。

 美人パワーに負けて、先に目をそらしたのは俺の方だった。

 シミ一つない素肌が輝いて見えた。


「どうしてお前は何も言い返さないのだ。パーティーは戦場で命を預けあう仲間なのだぞ。その仲間の命を危険にさらしているのだ。言い訳の一つくらいあってもいいではないか」


「すべて事実なんだから言い訳の余地もない。今の俺は情けない、ただのお荷物だよ」


 これ以上、この話を続けたくなかった俺は、まるで昨日の天気でも話題にするような調子で言った。

 正面から顔を見て感情を出さずに言ったら、さすがのサクヤも鼻白んだ。

 ジョセフやゲンを見習って、問題などまるでないかのような余裕のある態度だけは崩さなかった。


「ほら、もうやめなよ」


「私たちは別に迷惑だなんて思ってないわ。それにレベルの上がり方も貴方たちと変わらないはずよ」


 これはカリナがサクヤに対して言ったものだ。

 カリナがこうやって衆目の前で俺を庇うからみんなの目が厳しくなるのだ。

 カリナとリサは美少女二人組として、けっこう隠れた人気がある。

 アンナプルナは高嶺の花で、サクヤは物怖じしない性格だから近寄りがたい。


 となると注目を集めるのは、委員長をしている清楚なカリナと、金髪が美しいリサという事になる。

 そしたら二人はつまらない男の面倒を見ていてかわいそうというわけだ。

 争うの早めてほしいなあ。

 俺はなんとも思ってないんだからさ。


 昨日は同じ学年で死者も出たのだ。

 そんなシリアスな状況で、ふざけたジョブを選ぶ奴がいたら非難されても当然である。

 なにせ道化について何も知らないのだ。


 そして俺についてだって何も知らない。

 まさかパーティが足かせになっているなんて夢にも思わないだろう。

 しかし、それらはすべて俺が悪い。


 ゲームでは貴族から目をつけられるような選択肢を選ぶたびに、ゲームオーバーの画面を何度も見せられてトラウマになっている。

 ビビりあがって周りから注目を集めることを極端に恐れている俺の責任である。

 それにしても、セリオスパーティは最後の一人にサクヤとは面白いのを選んだものだ。

 俺の初回プレイのメンツに似ているところも面白い。


 シノブは、くのいちのユニークジョブを持っている。

 これでサクヤが剣聖にでもなれれば、バランスの取れたパーティーといえる。

 しかし、一般職でユニークジョブについて行くのは厳しいんだろう。

 サクヤはそのうち勇者パーティーから脱落することになるんじゃないかと思う。


 今はまだレベル差があるが、レベルが並んでくれば実力は離されることになる。

 せめて四次職まで行けたなら、他のジョブを上げていない勇者には火力で並ぶ。

 そんなことを考えていたら、リサと目が合って睨むふりをされた。

 アタシはカリナと同じ意見じゃないわよ、早く転職しなさいと言いたいのがありありとわかる。


 そんなにせっつかなくたって、今日には上がるはずなのだ。

 6階はめちゃくちゃに混んでいた。

 これではかなり遠くまで行かなくてはならない。

 この迷宮の低階層は何千、何万を収容できるだけの広さがある。


 しかしいくら歩いてもよさそうな場所は見つからない。

 たいていは人がいて、敵を取ったの取らないのとなるのが見えている。

 これは本当に一週間で終わるのかという感じがしてきた。


 学園としてはダンジョンのノウハウを教えて、レベルの上がった兵士を生み出すのが目的だろうに、レベル上げを妨害されているように感じる不思議である。


「きりがないわね。その辺りで始めましょうか」


 カリナがそう言うので、俺たちもわき道に入ってハーピーを狩り始めた。

 ナイフじゃ届かないから、俺はまた魔法を撃つだけになる。


「トウヤはきっと上に行けると思うわ」


 狩りをしていたら、カリナがふいにそんなことを言った。

 さっきのことで俺が落ち込んでいるとでも思ったのだろうか。


「たしかにね。でも道化は諦めなさいよ。それ、本当に弱くて使えないそうよ。その先のジョブまで行けたとしても、さらなる試練が待っているという話だわ」


 すでにさらなる試練を受けている最中だ。


「今日で卒業する予定だよ。うまくレベルが上がったらな」


 俺は今、レベル15、愚者レベル3である。

 このところカリナたちに付き合って格下狩りばかりしていたから、ジョブレベルだけはそこそこ上がっている。

 もちろん愚者のジョブに就いていることで得られる奇術というアビリティが発動していることから、スキルのクールタイムが大幅に短縮されていたこともある。


 このジョブのいいところは、ジョブ特有の行動などないから、とにかく敵を攻撃するだけでジョブ経験値が得られるところにある。

 だからルーン魔法を当てているだけでも愚者のジョブレベルが上がっているのだ。


「それで道化はどんなアビリティが解放できるのですか」


 とアナスタシアが言った。

 基本的にジョブとアビリティに関する事は、人に教えないのがこの世界の鉄則である。

 どうしてそうなのかわからなかったが、力が権力に結び付くから、権力者によって秘匿されているのだろう。

 学園でも人に話すなと言われるだけで、その辺りのことは教えてくれない。


「そんなの教えられないわよね。でも、アイテムのドロップ率が上がるアビリティだって聞いたことがあるわ。しょーもないわね」


「あら、意外と稼げるって、リサも最近は機嫌がよかったじゃない」


 そんな程度であるわけがないのだが、まあそういう事にしておこう。

 システムについて教えたくらいで俺の優位は揺るぎもしないが、悪意を持った奴らも思いのほか多いから気を付けた方がいい。

 そんな奴らに俺の知識が渡ったら、多くの人に迷惑をかけてしまう。


 ちなみに愚者がジョブレベル5で解放できるのは経験値1.5倍である。

 そんなことを考えていたら愚者がレベルアップして、転職するかとシステムに聞かれたのでイエスを選択した。

 普通は5まで上げるところだが、とりあえずそれは関係ない。


「ィイエェーーーーーーイ!」


 俺はすぐさま解放の宝珠(上級)を使用した。

 預言者がレベル1で解放できるのは、サブジョブというアビリティである。

 すぐに転職の巻物を使用して、俺は盗賊と愚者にジョブチェンジした。

 そして解放の宝珠(低級)を使って、盗賊のバックアタック2倍を開放する。

 俺のステータスはこうなった。


朽木冬弥

レベル15

シヴァのルーン Lv3

ジョブ 盗賊 Lv1

-ヘイト低下

バックアタック2倍


アビリティ――

サブジョブ(愚者 Lv4 -弱体化・中 奇術)

ドロップアップ

ダンジョンワープ

――

――


 クールタイム短縮は愚者のジョブアビリティ奇術が適用されている。

 このあと愚者をレベル5にして、経験値アップ1.5倍を獲得し、サブジョブを預言者に変えてレベル5を目指す。

 そうすればクールタイム短縮40%の奇跡というアビリティを開放できるというわけだ。


 もちろん今は愚者の弱体化も発動してしまっているから、40%の弱体化も受けてしまう。

 ジョブの下にマイナス表示されているのは、そのジョブが最初から持っている特性アビリティである。

 また解放されたジョブアビリティは、そのジョブを装備しているだけで発動できる。


「それで、ど、どんなジョブになったのよ」


 とリサが言った。


「今は盗賊だな」


「あら、普通だわ」


 とカリナが驚いている。

 そりゃ普通に決まっている。

 これでシステム的に乗算される背面攻撃の1.5倍に、盗賊のアビリティのバックアタック2倍が乗って、バックアタックのダメージは3倍になる。


 とりあえずこれでレベル上げを進められるようになるだろう。

 俺は試練を乗り越えたのだ。


「さて、これからは俺のナイフが火を噴くぜ」


 そう意気込んではみたものの、やはりナイフは届かないので結局ルーン魔法を撃っていることになった。


「なにが火を噴くのだったかしらね」


「カリナ、言わないであげて。やっと変態から馬鹿にジョブチェンしたところなんだから」


 これ見よがしに嫌味を言われて、俺は立つ瀬がない。

 俺一人ならハーピーくらいいつでも瞬殺なのに、アホ二人が長い剣で追い立てるから俺の攻撃が届かなくなるのだ。

 しかしダイアウルフ狩りでは本当に火を噴いた。


 今まで火力職なしのお荷物ありでやってきたようなものだ。

 これにはさすがの二人も嫌味を口にする余地はなかった。

 俺はご機嫌でダイアウルフのケツにナイフを刺しこみ続けた。

 ナイフとはいえ威力は3倍になっているので、かなりでかいダメージが出るが、盗賊の持つヘイト低下のパッシブにより俺にヘイトは向かない。


「もっと攻撃を当てないと、いつまでたってもジョブレベルが上がらないぜ」


「うるさいうるさい! こんな奴に負けるなんて許せないわ。私も盗賊になろうかしら」


「やっぱり普通のジョブならトウヤは凄いのよ。そんな気がしてたのよね」


 しばらくは毛皮集めに時間を取られて、こいつらのレベルも上がらないだろう。

 その間はゆっくり気ままにやればいい。

 少しずつでも集めていけばそのうち終わるのだ。


 そうやってコツコツやっていたのに、俺の評判はどういうわけか落ちた。

 なぜか道化に挫折して盗賊に転職した奴という不名誉なレッテルを張られた。


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