赤い悪魔と呼ばれる傭兵 -堅実な魔法剣士ー
ビーグル犬のポン太
赤い悪魔と二人の聖女
第1話 奴隷から傭兵へ
「お前はどうして傭兵になった?」
傭兵をしていると、こう聞かれることがある。
俺はこういう時、くわしくは答えない。気付いたらなっていたとだけ答えるようにしている。
俺が傭兵になった理由……。
少し長い話になる。
物心ついた時、奴隷の子供だと気付いた。
そして、自分は日本人であった頃の記憶をもっているとわかった。
記憶を懸命にたどると、最後に覚えているのは海外出張先の英国でバスに乗ったことだ。途中、大きな爆発が起きて、そこからの記憶は一切ない。当時、英国ではテロが頻発していたから、もしかしたらと思ったが確証はない。
ともかく、俺は子供になっていた。
こちらの世界では両親から「お前は変わっている」と言われるようになった。
変わっているのは間違いない。前世の記憶をもって生まれ変わっているのだから。
両親はヴァスラ帝国の農園で働く奴隷で、昔、戦争で捕虜となってから今に至ると聞かされた。過去、父さんはそれなりの立場で、魔導士で騎士だったとも聞かされている。
そして、俺にも魔導士の血は流れていて、魔法というものが使えた。
この環境を変えるには魔法を活かすしかないと思っていたけど、毎日が重労働――日の出から日没まで農園の労働なので、勉強も練習も納得いくほどできない。休憩時間は読み書きを父さんに教えてもらい、夜、星空の下で魔法を学んだ。
父さんに教わることで知識は身についたが、魔法を発動させるとなると難しかった。
せいぜい、小さな火を点けることができるだけだ。それこそ、ライター程度といえる。
ところが、運命は大きく狂った。
戦争だ。
十五歳の時、俺は父さんと一緒に戦場に連れていかれた。ただ、途中で父さんは別の戦場へと移されてしまう。
別れ際、父さんに言われた。
「エリオット、誇りを忘れるな」
「うん」
俺は父さんから引き離された。
当時の情勢にはくわしくない。なにせ奴隷であったから外から入ってくる情報は限られている。とにかく俺は戦場に連れて行かれて、父さんがどこに連れていかれたのかなどわからない。
俺たち奴隷は、そまつな剣だけを持たされて最前線に立たされた。俺たちの後ろには、ちゃんとした装備の歩兵と弓兵、伯爵や公爵の本陣近くには騎士たちがつめている。そして両翼には騎兵が配置されていた。
前方には、似たような布陣のバルティア王国軍。
戦いが始まる。
突撃命令が出された。
俺は、せっかく転生したのに死んでたまるかとやけっぱちになった。
罪悪感? 死んだら意味ない!
恐怖? 興奮が上回っている!
雄叫びをあげて突進した。
身体中の血液が沸騰したかのような感覚は今でも覚えている。
目の前に迫った敵へ剣を振った。
下手くそな斬撃はあっさりと防がれ、俺の剣は悲鳴をあげて手から離れる。
こんなところで死んでたまるか! と俺は懸命に魔法を発動させた。
「あらゆるものを焦がす美貌! 触れる男を燃やす美声!
よどみなく呪文の詠唱をおこなえた。
「
これまで成功したことがなかった火炎系の魔法。
小さな火でも、脅かすくらいはなるかと思ってのことだった。
ところが、土壇場で魔法は成功していた。
俺の左手から現れたのは、バスケットボール大の火の球で、敵も周囲も炎が渦巻き燃える音で驚きのあまり硬直する。
俺は炎の塊を、迫る敵へとぶつけた。
一瞬で火の球が爆発し、男を燃やしたうえに周囲へと火炎を飛散させる。
悲鳴と絶叫、断末魔が、同時に数多くうまれた直後、俺を殺そうとしていたやつは消しずみのようになって倒れた。
周囲は、俺を見て驚く。
「魔法を使った!」「でかい火の球だったぞ!」「ただの奴隷兵じゃないぞ!」「やばい!」などなどと喚く周囲を無視して、俺は前に走った。
ただ、生き残るためには敵を倒そうと、魔法をぶっ放して、剣で敵を倒して、前に突き進んだ。
角笛が鳴った。
後退命令だ。
俺はここで初めて疲労を感じる。
敵の剣を奪って、盾もひろって身を守りながら後退した。
前衛の後退にあわせて、両翼の騎兵が突撃を始める。
後退が完了した時、奴隷兵たちを指揮していた騎士が俺を呼ぶ。
「お前、名前は?」
「……エリオットです」
「エリオット? 奴隷のくせにいい名前だな?」
「父は、魔導士で騎士でした。捕虜となり、売られ、奴隷になりました。ですが、誇りは忘れるなと教えてくれました。名前もその為です」
指揮官は笑うと、腰のベルトに通していた剣を俺にくれた。
「褒美だ。俺はデイフリーズ。次の戦闘も頑張れ」
「はい」
こうして、名前を覚えられた俺は翌日の戦いでも活躍することができた。
褒美をまたもらえた。今度は靴、外套、少しばかりの金だ。
そしてその日の夜、俺は同僚であるはずの奴隷たちから襲われた。
褒美を狙われたのである。
俺は戦い、襲ってきたひとりを倒して、逃げた。
俺を襲った奴らは、仲間を俺に倒された直後、勝てないと悟って騒ぎだしたのだ。
「人殺し!」
「仲間を殺した!」
釈明などできないと感じた。それに、まともな調べなど期待できないとわかっていた。
奴隷だからだ。
俺は懸命に逃げた。
森にひそみ、集落に忍び込んで食料を盗み、衣服も奪って、懸命に逃げた。
帝国には帰れないと思っていたから、東は駄目だ。北、西、南の三択だった。
季節は秋だったから、北はこれからの季節は厳しいと感じて、西か南にしようと決めた。
こうして、無我夢中で南西へと逃げた。
人には言われないようなことも逃亡中はした。ただ、人殺しだけはしていない。日本人だった時の俺が、それを許さないのである。戦場で敵を殺したくせにと思う反面、戦場でのことは戦いの結果だという頭があった。
俺は
その時は、どこだかわからなかった。
とにかく、大きな都市であれば何かしらの職につけるのではないかと期待したのである。
ところが、そんなに甘くはなかった。
まず、どうやって仕事を探せばいいのかわからない。軒を連ねる複数の店舗に飛び込んで仕事を求めてみたものの、水をかけられたりして追い出された。文字の読み書きができると訴えても、服は逃亡中に奪ったものがボロボロになっていてうさんくさく見えたのだろう。今、改めて思い返すと、俺でも当時の自分がやって来たら追い返すと思ってしまう。
だが、その時は必死だ。
さらに数件の断りを受けて、腹を空かせて街の広場らしきところに出た時、傭兵が募集されている光景を見た。案内係らしき男が、傭兵の募集をしていること、一時金が出ること、一日一万リーグの報酬であることなどを叫んでいる。
そして、すでに行列ができていた。
自然とそれに並ぶ。
俺の前の奴らが、ジロジロとみてからかってきた。
「おいガキ、俺の荷物持ちになるなら助けてやるぜ」
下品な笑い声を無視して、順番を待つ。
俺の番になった。
受付の男が、俺を見て苦笑する。
「武器はもっているみたいだが……荷物はないのか?」
「ない。金もない。応募するなら一時金が出ると看板で見た。兵士になる」
「五千リーグでるがね……名前は?」
「エリオット」
「エリオット……綴りはこれでいいか?」
「ああ」
「特技は?」
「魔法」
「魔法が使えるのか? どこで学んだ? 師は?」
「父から。炎を出せる」
「魔導士は貴重だ。いいだろう。ここにサインしろ」
名前を書き、条件などが書かれた紙を持って示された場所へと向かう。
これが、俺が傭兵となった理由である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます