第10話 イーストチルドレン⑥罠

 次の日、みんなは仕事なので、拠点の一通りの家事が終わってから、わたしとミケとカートンで罠を見に行くことにした。なんと罠を張った5カ所のうち2カ所に獣がかかっていた!


 木の根本の罠にかかっていたのは大ぶりのネズミっぽい獣だった(尻尾が)。カートンによると耳うちわという名前らしい。その特徴ある耳は薬になり、お肉は干し肉に重宝され、丸ごと買い取ってもらえるそうだ。売ればお金になる。

 そしてもうひとつの罠には、もっと大きな四つ足の焦げ茶色の獣がかかっていた。丸っこい体型で、毛は短く、平べったい尻尾がある。細長い深い穴から出てこられなくて、覗き込むわたしたちを威嚇してくる。


 わたしたち3人は途方に暮れている。なぜって、罠にかかった獣が生きていたからだ。いや、そりゃ当然だ。落ちたら登りにくいような角度に気をつけた穴にたけれど、ただの穴だ。落ちただけで、そりゃ生きている。


「ど、どうしよう」


 ナイフを持つカートンの手が震えている。ギルドに売りに行くにしても息の根を止めないと持ち込めない。抱えられるぐらいの耳うちわなのに、歯をむき出しにして威嚇されると怖いし、ナイフで殺すのはもっと怖い。これは覚悟が全然足りてなかった。でも、生きるとはそういうことだ。命をいただいて繋げていくことだ。


 わたしはカートンの手からナイフを借りて、耳うちわを一思いにと手を振り上げた。


「罠なんて面白いことするなぁ」


 のんびりした声が聞こえて、そちらを見上げたカートンとミケは安堵した声をあげた。


「「アル」」


 最後にわたしを見て、いつぞやの天使くんは目を見張る。


「君……は……」


「フィオだ。新しい仲間だよ。フィオ、こちらはアル、友達だ」


 あ、アルはわたしが女って知っている、ばらされたら出て行かなくてはいけないことを思い出し、カートンに紹介されたわたしは食いつき気味に名乗る。


「初めまして、アル。フィオ、6歳です。よろしくお願いします」


 アルは一瞬、勢いに驚いたようだけど、初めましての言葉の意味を受け取ってくれた。


「初めまして。アルです。時々遊びに来ているんだ。よろしくね」


 と笑ってくれた。

 ほっと胸を撫でおろす。その様子をじーっとカートンに見られていた。まずい、カートンはよく気がつくからな。


「罠にかかったんだね。すごいな」


 そうだった。これからシメるところだったんだ。


「え? なんで暗くなるの?」


 キラキラの天使くんは驚いたようにわたしたちを見る。わたしの手にしたナイフに気づいた。


「そうか、もしかして3人は獣をシメるのは初めて?」


 わたしたちは3様にそれぞれ頷いた。


「そっか。できないなら誰かが仕事から戻るまで待てばいいんじゃないか? 覚悟がなかったって獣を放すのもアリだし……」


 ミケがわたしの手からナイフを取り上げた。


「おれ、やる」


「……ミケ」


「首のところを一発でやるのがいいって聞いた」


 ミケはナイフを持ったのと反対の手で耳うちわを捕まえ押さえつけた。甲高いキーキーとした鳴き声が響く。首を目指して……。

 耳うちわはもう動かない。穴から出して、地面に置く。用の済んだ穴は掻き出して山にしておいた土で埋める。


 もう一頭の方は、大きさもかなりあり牙をむいて威嚇してくるし、ナイフで攻撃する前にこちらが噛まれたりしそうだった。


「こっちはおれが」


 カートンがミケからナイフを奪った。いくら穴の中にいるといっても難しすぎないか。

 わたしは長い木の枝を探した。少し太いのがいい。カートンの対極に行って棒を獣の口先に出した。ガッと棒に噛み付いた。力が強い。棒を取られそうになるとミケも一緒に棒を支えてくれた。カートンが棒に夢中で噛み付いている獣の首に後ろからナイフを立てる。血が吹き上がり、棒は渾身の力を込めて振り回そうとした獣に取られ、けれど獣はやがて動かなくなった。


 生きていくためとはいえ、これは結構しんどい。何度も経験すれば普通のことになっていくんだろうか。


 カートンとミケで獣を穴から引き上げる。大型犬ぐらいの大きさだ。これを街まで持っていくのも至難の技だ。

 わたしたちはそのことに気づき、顔を見合わせうなだれる。


「どうやって運ぶかも考えてなかったの?」


 ふっとアルに笑われた。それがどうにも悔しかった。


「何がおかしいの? 罠だって初めて仕掛けたんだ。本当にかかるかもわからなかった。何度目かで対策を考えてなかったらおかしいかもしれないけど、初めてのことばかりなんだ。わからなくて当たり前だろ?」


 八つ当たりが入っていたとは思う。生きるためであっても動く生きているものの命を奪うことには気持ちが残る。その気持ちに折り合いをつけようとしているところに笑われたものだから、思わず噛み付いていたのだ。


 ミケとカートンに上着を引っ張られる。


「何?」


「アルは別に間違ってないだろ」


「そうだけど、一生懸命なのに笑うなんてひどいじゃんか」


「ごめん、アル。フィオはちっちゃいから」


「小さくないってば」


 ミケに口を塞がれる。


「大丈夫だよ、カートン、ミケ。笑ってごめんね、フィオ。じゃあそれを街に持っていくアイデアを出すから、それで許してくれないかな」


「アイデア?」


 アルは獣の足を前足と後ろ足でどっからか出した紐で縛り、それを長い木の枝に縛りつけた。なるほど、担ぐのか。


「ありがとう」


 カートンとミケが担ぎ、わたしは耳うちわを引き受けた。まだ生暖かく、それが泣きそうになった。下を向いたまま、みんなの後ろを歩いた。子供が獣を担いでいるわけだから目立つ。街では注目の的だ。ギルドに到着すると皆道を開けてくれた。


「お願いします」


 カートンとミケが窓口に持っていくと、裏口に持っていくよう案内された。そこに耳うちわも置く。


「すごいのとってきたじゃないか」


 カートンとミケの頭を撫でて、わたしに目を留め固まる。カートンとミケ、そしてついてきたアルもこちらを見ていると感じる。


「ど、どーしたの?」


「チビ、どうした?」


 尋ねてきたミケとカートンに首を横に振る。


「なんでもない」


 アルの手が伸びてきて、びくっとする。


「あ、ごめんね」


 言葉を発したら泣きそうだったので、唇を噛み締めて首を横に振る。


「まぁ、なんだ査定でいいか?」


 係りの人がわたしを気にしながら、ミケたちに話しかける。


「こっちの獣の肉は食べられる?」


 ミケが尋ねた。


「ああ、こいつはウルだ。好まれる味の肉だ」


「じゃあ、食べられるお肉はください。あとは売ります」


 いったん帰るか、そのまま待つか尋ねられて、そのまま待つことにした。

 言われた通りにギルド内に戻って待っていると、チラチラとみんなに見られた。

 長い足が歩み寄ってきて、わたしの前で止まった。ギルマスだった。


「どうしたチビ?」


 なぜか声をかけられる。わたしはどうもしないと首を横に振る。


 わたしの前に屈み込むからびくっとしてしまう。


「初めてか」


 再びびくっとして唇を噛み締める。


「みんな通る道だ」


 ぐいぐい頭を撫でられた。


 アルやミケやカートンに気を遣わせて申し訳なかったが、どうにも自分を御することができない。拠点に戻ってからも復活するのは難しく、休んでろと言われてしまった。だから隅っこで丸くなって寝たフリをした。自分でも何がなんだかよくわからなかった。普通にしているつもりだけど、普通にできてないのもわかっていた。


「フィオ、寝てるか?」


 カイだ。わたしは起き上がる。


「どうした、大丈夫か?」


 わたしは頷く。


「大丈夫じゃなさそうだな」


 カイはため息をつく。


 おもむろに手を伸ばしてきて、わたしのほっぺを摘んで痛くした。


「痛いか?」


 摘む手を外そうとしたが、カイの力の方が強くて外れない。


 いや、本当に痛いんですけど。


「カイ、痛い!」


「おい、カイ、強すぎ!」


 とノッポが言ってもカイは緩めない。


「カイ、やめて!」


「痛いんなら、泣いていいぞ」


 わたしはカイを睨みつけた。泣きたくないんだ。だから我慢してるのに!

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