第5話 イーストチルドレン①わたしの名前

 家の前につくと、カイが大きなため息をつく。


「カイ、本当にありがとう。どんなにお礼を言っても言い尽くせないよ」


 わたしは手を差し出した。お別れの握手しようと思って。でもその手を軽く叩かれる。


「女ってバレたら教会行けよ?」


 ん?


「仲間に紹介はする。でも受け入れるかどうかはあいつらが決める」


 あ。


「いいの?」


「お前こそ、いいのか? 本当にそんな甘くないぞ?」


 わたしはウンウン頷く。


「ありがとう、カイ!」


 わたしはカイに抱きついた。


「ばか、やめろ。お前なー。……お前ってのも仲間になるのに変だな。お前は今からそうだな、フィオナだ」


「……名前? わたしの?」


「なんだよ、いやなのかよ?」


 わたしはまた抱きついていた。


「おい、ちょっ」


「嬉しい。ありがとう。わたしはフィオナ! フィオナ。フィオナ」


 噛み締めるようにもらった名前を呟く。


「男のふりするなら俺って言ってみろ。私っていう奴もいるけどフィオナは女っぽく見えるから。それとフィオナは女の時の名前だな。男の時はフィオでいいか」


 わたしは頷いて、改めてカイに手を出した。


「オレ、フィオ。これから、よろしく」


 カイはわたしの手をとり、上下に揺らした。握手をといてから、頭を撫でられる。


「よろしくな、フィオ」


 わたしは、名前と仲間を手に入れた。




 もう一度だけ家に戻り、服を着替えた。家の中のものをさらにいろいろバッグに入れ、台所用品も頂戴した。庭の実った野菜もいただきだ。食べ物は大事だ。

 カイにバッグを見せると、すっごく嫌そうな顔をする。


「フィオ、これは人にバレないようにしろ」


 わたしはそのつもりだったので頷く。

 用意が整い、カイに補助してもらいながら垣根を飛び越えた。

 最後に一度だけ振り返ってお辞儀をする。お世話になりました。遅れを取ったので駆け出して、カイと並んで歩く。



 カイたちの拠点は隣街らしい。さっき買い物に行ったのとは反対方向だ。

 少し歩くとポツポツあった家も見当たらなくなり、森の中のような様子だ。わたしがいたところは街外れにあったらしい。森の中は早足で歩き、いい加減疲れてきた時に塀が見えてきた。


「ここまでくれば大丈夫だ。疲れただろ。森の中は危険だから休むわけに行かなかったんだ」


 そうだったのか。でも、泣き言は言わないつもりだ。もう甘えまくっているからね。ただ足が痛い。マメとかできてそうだ。座り込んだら立ち上がれなくなりそうで、わたしは立ったまま休んだ。


 普段森のこちら側にくることはほぼないそうだ。それなのになんで街のお店を知ってたんだと思って尋ねると、街の構造はどこでも似たようなものだから、行けばわかると思ったし、すぐにわかったとのことだ。そういうものか? 天使くんはすぐそこに井戸があるようなことを言ってなかったか尋ねると、彼が言ってたのは隣街方面の井戸のことで、カイはそこは知らないらしい。今日わたしを連れて行ってくれた時に、割とすぐのところにあったのでこの井戸のことかと思ったらしい。え? 井戸なんかあった? 


 カイたちの街はここらでは一番大きな街らしい。サザンブリッジという名前で街を守る塀がそびえ立っている。広すぎるため東西南北で分割されている。4分の1がイースター地区、カイたちはイースト民だ。ストリートチルドレンもそれぞれにいるらしい。イーストと敵対しているのは西で、南はおおらか、北はならず者と組んでいるから気を付ける必要があるという。それぞれ縄張りを侵さなければ喧嘩になることはないそうだ。


 街の中心部に主要な機関は集まっているらしい。メインストリートは中心から東西南北に伸びていて、そこにお店が立ち並ぶ。メインストリートが伸びた先がそれぞれの門だ。東西南北の門と門の間に2、3カ所ずつ裏門が存在する。普通はそれらの門を使用するが、子供は塀の崩れたところや体を滑り込ませることができれば、どこでも通り道にしているらしい。門では出入りの人をチェックし、並んだりするので面倒らしい。


 今も、枯れ木が無造作に置かれているところに入っていくと思ったら、その塊をどかす。すると少し屈めば通りぬけできそうな穴があった。カイに倣って穴を通る。カイはわたしが通過したあと、穴から手を伸ばして、横にズラした枯れ木を動かして外からの入り口を見えないように塞いだ。街側は小屋の後ろにあたるので隠れていてちょうどいいようだ。


 横道を抜けて、メインストリートへと出る。

 石造りの5階建はありそうな家が並んでいて、道を挟んだ建物とに紐が結ばれ、そこに洗濯物が干してある。1階はお店が多いようで、人通りも多い。下水道になっていて街も整えられていて清潔な感じ。公共のトイレっぽいものや銭湯かと思えるものが所々にある。買い物に行った街より活気があり、人も多いようだ。


 ストリートチルドレンといえどもこの街に暮らすので税金を払っているらしい。10歳以上しか働いてはいけないから、賃金をもらえるのは10歳から。成人は17歳でそれまでの税金は半額となり、親や保護者が支払う。この街にいるには登録は必ずしなくちゃいけないらしい。未登録でみつかると大変なことになるそうで、まず役所に連れていかれた。街の中央部にあるでっかい丸い建物だった。カイにあまり話すなと言い含められて、手を引かれて入る。


「おや、カイじゃないか。見慣れない子が一緒だね」


 カイは迷いなく室内を歩いていって、窓口の男性のところにわたしを連れて行った。


「流れ者でさ、ひとりなんだ。しばらくウチで面倒みる」


「かわいい子だね。どこから来たんだい?」


「わからない。遠くから来た」


 カイに忠告された通りに答える。


 茶色い髪に茶色い髭の優しそうな男性は、わたしを上から下まで見る。その視線を遮るようにカイがわたしの前に立った。


「そうか。名前と歳は?」


「フィオ、6歳」


 カイに7歳にしては小さすぎると言われたので、6歳と偽ることにした。


「6歳?」


 バレたのか??


「6歳にしては小さすぎるね」


 男性は痛ましそうな顔になる。6歳にも見えないぐらい小さいのか。


「この街で暮らすのに、登録料と税金がいる。お金はあるかい?」


 わたしは頷く。

 登録料は銀貨2枚。税金は大人の半額で金貨2枚だ。

 まず登録料の銀貨2枚を出すと、横からカイが金貨を2枚置いた。


「……カイ」


「よかったな、坊主。イーストチルドレンのボスは懐が深いからな」


 そう言ってわたしの頭を撫でる。

 小さなアルミ板のようなカードが発行された。穴が空いていて、そこに紐を通して首にかけてくれる。


「これでフィオはサザンブリッジの住人だ。ようこそ、サザンブリッジへ」


 役所を出てから税金のことを話したが、働いた金で返してくれればいいと言う。お金を持っているから大丈夫と告げても、カイは首を縦に振らなかった。それに働いてなんて、10歳になるまで賃金貰えないならあと4年は返せないじゃないか。


 カイの優しさに思い当たる。女とバレたら出ていく約束だし、仲間にも気に入られなかったら諦めることになっている。でも仲間に顔見せする前に彼は街で暮らせるよう登録してくれて、お金も出してくれている。わたしは10歳にならないと賃金がもらえないということも知らなかった。カイは知っていた、3年ただのお荷物になるのを。しかも小さいいうから年齢を下げて、4年も賃金をもらうことができない。それなのに……。後ろからカイを盗み見る。


 ふと振り返ったので、目があって、ドキッとした。

 カイに覚えとけと言われる。歩きながら境を教えてもらう。ノースストリートとサウスストリート。そこからは相手の陣地だから気をつけるように言われた。


 イーストチルドレンには8人の子供がいる。

 カイがボスで最年長の11歳。

 無口なノッポが同じ11歳でセドリック。でも誰も名前で呼ばなくてノッポと呼ぶらしい。ちなみにカイも、カイよりボスと呼ばれることが多いらしい。

 10歳のやかましいのがハッシュ。10歳の頭のいいホトリス。同じく10歳のランドとイリヤ。ふたりは仲がよく、身体能力が優れているそうだ。

 9歳のカートン。手先がとても器用。

 7歳のミケ。気弱。


 10歳以上は日払いか、短期の仕事をして稼ぎ、10歳以下が家事のようなことをしているそうだ。わたしはミケについてまわり、いろいろ教えてもらうよう言われた。

 道を複雑に入り込んで、この前のテントについた。


「気に入られなかったらあきらめろよ」


 うん、と頷く。近くの街で捨てられてさまよい、カイにくっついてきた少年、6歳、フィオ。

 それがこれからのわたしだ。

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