転生したらスペアとして生かされているようですが、重たい設定は蹴飛ばす所存です

seo

第1話 転生したようです

 わたしが前世の記憶を思い出したのは、頭をどこかにぶつけたわけでもなく、生命の危機に陥ったわけでもなく、ベッドの上でお腹を空かせていた時だった。まぁ、あのまま何も口にしなかったら、あの日動けなくなっただろうし、そのあと何日か食べなかったらまずかったと思うから、ある意味生命の危機ではあったかもしれない。

 ばあやが来てくれなくなって3日が経ったと思う。わたしは7つを過ぎたばかりで、屋敷の外には出てはいけないと言われていた。そしてばあやがいないと何もできない子だったので、なんで来ないのだろうと思いながら、ひたすらベッドの上で待っていたのだ。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 変わりばえのしない朝を迎えるはずだった。目覚めて、癖で枕より上に置いてるはずの携帯に手を伸ばし、壁に手があたり痛みに悶えた。

 なんでここに壁があるんだと、目を頑張って開けて、見慣れない天井に恐怖した。何、何が起こったと胸に手をやり、違和感を感じる。


 ウイッグか? 腰ほどまでに銀の糸のような髪がある。なんじゃこりゃー。引っ張ると、頭皮が痛い。え? 誰の手よ。こんなちっこい、え? え?? ええええーーーーっ。自分がこじんまりしている。どう見ても子供な感じだ。


 わたしはベッドで眠っていたようだ。ベッドから降りるのに、後ろ向きで降りなくてはならないぐらい小さい。鏡を探したが部屋の中にそんな洒落たものはなかった。小さな窓から陽が入ってきている。ベッドと小さな机と椅子、箪笥があるだけだ。


 待って、落ち着け、よく考えよう。そう思うがお腹がぐーと鳴り、お腹と背中がくっつきそうなほど、収縮する感じがして痛い。


 考えるより食べ物だ。わたしは考えることを放棄して、本能に従った。


 手を伸ばしてなんとかドアノブに届いた。ノブをまわして、肩でドアを押す。びくともしない、反対か。扉を内側に引くには案外力がいる。両手で思い切りノブを引っ張り、急いでなんとか隙間から出る。廊下には陽の光が溢れていた。明るくてほっとする。そのまま廊下を歩いていくと、またひとつドアがあった。ノブを回して肩で押すと、石造りの部屋だった。ガスではないコンロっぽいものがある。キッチンだと思う。


 誰もいない。


「すいません、誰かいませんか?」


 呼んでみたが、自分から出たのが小さな子のような声でそれもまた驚かされる。


 うー、ダメだ。お腹空いた。わたしはあたりを見回して食料を探し始めた。

 あ、トッキーだ。ニタっと笑った自分に驚き、トッキーってなんだよと自分に突っ込む。


 甘い香りがしている。桃みたいな果物っぽい。人様のものを無断でという意識がなかったわけではないが、空腹には勝てず手を伸ばしていた。わたしはかじりついて、歯で皮を剥くようにしながら中の果実を食べた。果物だ。味も桃に似ている。夢中でひとつ食べて、やっと落ち着いた。


 お水が飲みたい。ふと視線が食器棚に向かっていた。わたしはそこに食器棚があると知っていた。これは考えなければわかるのかも。


 水を飲みたいと思いながらふらふらと行動する。食器棚には手が届かず、ふと見上げるとテーブルの上にコップがあった。なんとかわたしでも届く位置だ。手を伸ばしコップを掴み、大きな瓶の前でわたしは止まる。まさか水がここに? 蓋の上にある柄杓をどかし苦労して蓋をずらすと、お水があった。が、これを飲むには勇気がいる。水には見えるが、いつから汲み置かれたものだろう?


 よし、お腹の落ち着いた今こそ、考えよう。ここはどこだ? わたしは何だってこんなちっこくなっているんだ?


 わたしは……わたしは? 覚えている最後の記憶は、仕事の資料を読んでいる途中でしんどくなって布団に入ったことだ。しんどくなったのは体ではなく、その資料である小説のせいだったんだけど。


 わたしはフリーの編集者だ。よく仕事をまわしてくれる出版社のデスクに、こういった本を出したくてと1冊丸ごとプロデュースの仕事を振ってもらった。フィクション系はやったことがないので、検討させてもらうことにした。


〝こういった本〟とは小説なんだけれど、仲間内では仕掛け本と呼んでいるやつで、新鮮に映ったのか、飛ぶように売れているという。小説は上下巻の復讐劇だった。キャッチコピーが「最後まで読んだ時、仕掛けられた罠にあなたは驚愕する」とあり、面白そうだが怖そうだとも思った。


 帰りの電車の中で、その小説のネットでの評判を読み漁った。

 陰鬱な設定であるにも関わらず、読者はその最後まで読んで意味がわかったときがたまらないらしく、その他のことは置いておき、概ね好評なようである。読後感はまぁ、普通にハッピーエンドともとれるらしい。最後まで読んでから読み返してみると、セリフが、行動が、違う意味を持ってくるらしく、そこに惹きつけられたそうだ。


 フィクション作家の知り合いは何人かいるが、みんな今忙しいって言ってたよな。その理由は抱えている仕事だったりプレイベートだったりいろいろだけど。

 仕掛けものだとモンちゃんがいいか。とりあえず、この小説を読んだかどうかだけ振っとくかとラインをしておいた。


 こじんまりしたマンションの我が家で、お風呂を洗って、ご飯の支度をして、お風呂に浸かりながら小説の上巻の半分まで読んだ。ご飯を食べてから上巻を読み切る。モンちゃんの既読はまだつかない。寝てるな。こりゃ活動は夜中だな。


 上巻は本当に幸せな侯爵家のお姫様の恋物語だった。第二王子様に見初められて婚約者となる。陰謀により廃嫡されそうになるのを防ぎ、第一王子を退け王太子と王太子妃になる。ただ、王太子妃になってからの彼女に違和感があり、もしかして入れ替わっているのではと思わせた。もちろんそう思ったのは彼女が双子だとネットで読んだ前情報があるからだ。復讐劇と謳っているのに、そんな様子はこれっぽっちも出てこなかったしね。


 上巻はそれだけを読むと、本当に汚れを知らないお姫様が、政略結婚の多い中、本当に恋をして幸せになる、そんな幸せを大盤振るまいした物語だった。「わたし」の一人称であるし、明るい話だ。


 下巻はそんな彼女の片割れの一人称の物語だ。

 彼女は侯爵家の離れの屋敷の中しか知らずに育つ。双子は忌み嫌われているからだ。彼女は本当は姉だった。双子が生まれた時、後から生まれた方を生まれなかったことにするのが常だった。だが、後から生まれ落ちた子は額に妖精からの守護を受けた印を持つ、祝福の子だった。祝福の子を殺すわけにはいかず、姉と妹を入れ替えた。けれど本当の意味では忌み子でないことから、姉を殺すこともできず離れでの幽閉になった。


 彼女は何も知らず、知らされず、狭い世界の中で生きていくが、たったひとつだけ価値を見いだされた。それは妹の身代わりになれるということだった。額に印を描き入れ、上等なドレスを着せれば立派な身代わりとなれた。少女は知識と礼儀作法を詰め込まれ成長していった。知識を身につけたことで、自分の哀しい境遇を嘆かずにいられなくなった。そして彼女は思案する。


 実際妹より何でもできたことから、いざと言う時の身代わりの彼女を疎ましく思う者がでてきた。王子の婚約者という肩書きをより確かにするために、第二王子への刺客に殺させてしまおうと計画が立てられた。殺されてもそれは妹の方ではない。第二王子を守ろうとしてひどい怪我をしたとでも言えば妹を王子へ売り込む材料にもなる。


 彼女は近しい人たちの目論見に気づいていた。殺されるのは嫌だった。だから一度だけ抗ってみようと思った。妹と成り代われたら?


 上巻と違いすぎる設定の暗さにしんどくなり本を閉じた。

 そして眠って起きたら、この有様だ。


 わたし死んだ? 恐らくそうだろうな。どこも悪いところなかったのに。いや、そう思っているのは自分だけで、規則正しい生活をしていたわけじゃないし、ガタがきていたのかも。っていうか、部屋片付けてあったっけ? あーあ、親より先に……。


 ヤツは驚いただろうか。なんとなく距離ができてしまった奴とは、週末に話し合うことになっていた。関係をはっきりさせようと思ってね。いろいろと中途半端なまま、わたしの人生は途切れたようだ。なんて、その後続いていても、中途半端さが解決されるなんてことはなかったかもしれないけどさ。そうか、わたし、死んじゃったんだな。


 涙は出てこなかった。


 そして、転生したのだろう。日本の未来がこうなるだろうとはとても思えず。だって、銀の髪とかあり得ないでしょ。文明もわたしが覚えているのよりずいぶん不便さを感じそうな気がする。しかも幼い子ひとりにして。家族は何を考えてるのかしら?


 記憶を思い出したことで混乱していたが、ここで暮らしていた記憶もあった。わたしはここで生活していた。ここ以外知らなかった。


『お嬢さまは7歳になられたのですよ』


 そう言って頭を撫でてくれた人がいた。クッキーという甘いお菓子を初めて食べたのもその時で、甘いミルクも飲ませてもらえた。


 お嬢さまというとわたしの中ではいいところのお子さんという気がするのだが、恐らく誕生日というめでたい日にクッキーとホットミルクがご馳走ということは、そう裕福でもないのだろうか。それとも裕福だからクッキーとミルクを食べられたのか。水瓶から水を使うぐらいだと、そうなのかもしれない。けれど、着ているネグリジェっぽいものは、肌触りは悪くないしデザインも可愛らしく、悪いものではない。


 思い出せ、なんでもいいから。わたしはギュッと強く目を瞑ってみた。

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