#8 《姦声乱色》

 国立アーノルフィース魔術学園。

 通称、魔術学園。

 人間領の中央に位置する旧ランディス国の、更に中心に位置するこの学園は、有望な魔術師の芽を華咲かせんと、日夜高等な教育が為されていた。

 しかしながら、知能指数が幾ら高まろうとも──序列ヒエラルキーと言う物は無くならない。

 高潔の下級神、ヴェネア。

 彼女の転生体であるヒューマン──ネレアもまた、その愚かな順位付けに於ける、被害者であった。


(何故? 何故? 何故何時も私はこうなの!?)


 美を司る神として生を受けたものの、その位は下級。

 他の美の神からは『醜い』と一蹴された頃から、その心には翳りが灯り始めた。

 悲劇にも百柱転生ゴッズ・ロワイヤルに選ばれ、その踏み躙られた自尊心を取り戻すべく選ぼうとしたチート能力も──選択する寸前に、他の誰かに取られる始末。


(それでも諦めずに、勝てば昇格出来るし、頑張ろうって思ったのに……!)


 貴族に産まれた時は、彼女の脚が赤子故の未成熟でなければ、小躍りしていた所だ。

 家名有る、高い魔力量を継ぐ家系。

 しかし、彼女は魔力には恵まれなかった。

 権利で無理矢理、学園に籍を置くことは出来たけれど……。

 ──精神的苦痛ストレス!!

 実力の伴わない進路など、本人にとっては単なる重荷にしかならない!


(でも、でもでもっ! 一番赦せないのは……ッ!!)


 ネレアは見た。

 学園一位、エリフィール・アイン・ビュッフェルド。

 彼女の身体付きを。顔立ちを。

 それは神たる前世の自分ヴェネアにも匹敵する、美貌を誇っていた。

 高々人間如きが? そんなことが有っても良いのか?

 ──否である!

 その時、彼女は確信する──。


(あの女ね……! 私の【傾城傾国ファム・ファタール】を盗りやがったのはァ……ッ!!)


 チート能力──【傾城傾国ファム・ファタール】。

 その効能は、至って単純シンプル

 超人的なまでの美貌と、反則級の魅惑能力であるッ!

 それを忘れたことは、この十三年間、ただの一度も無かった。

 あの時、転生待機場。

 浮かんだ『選択』の文字が、灰色に切り替わる瞬間を、その能力が、眼に焼き付いて離れることを赦さない。

 けれど、本当に赦せないのは──。


(何処のどいつか知らないけど、あの女だけは赦さないわ!!)


 美貌も、魔力も、才能も、地位も、人望も、異能も。

 ──何もかも。

 自分に無い総て保有し、自分の欲する総てを保持する、こうなった要因の一つである彼女。

 あらゆる面で、ネレアの上位互換たるエリフィール。

 逆恨みと分かっていても、ネレアは彼女を恨まずには居られない。


(殺してる、殺してる。殺してる! 殺してる殺してる殺してる、殺してやる──ッ!!)


 憎悪の炎は轟々と、ネレアの心に燃え広がった。

 彼女の心中には、最早魔王討伐への意志など、欠片も残ってはいない。

 在るのは、醜く黒ずんだ嫉妬と傲慢だった。

 その有様は──美の女神と言うイメージから、乖離を極めた物である。


「ねぇ、貴方。私のことキライ?」


 不意に、声がする。

 とても綺麗で美しい、筆舌に尽くし難い声であった。

 声が鼓膜に張り付いて離れない。

 声が鼓膜を通り抜け、脳髄へと直接働き掛けるような感触。

 甘くとろけて重く沈む、あの感覚。

 彼女はそれに、心当たりが有った。

 寝た振りの彼女が、伏せた顔を上げると──そこには案の定、敵が居た。

 たった一瞥で。

 眼が──奪われる。吸い込まれる。


「いえ……」


 思わず、そう応えてしまうほどに、美しい。


「そう。なら良かった」


 そう言うと、彼女は、人形のように笑った。

 ネレアの脳内を、彼女の笑顔が支配する。

 眼が、整った顔立ちに冒される。

 耳が、透き通った声に冒される。

 鼻が、花の如き匂いに冒される。

 清純にして、最も冒涜的な、耽美たんびの化身。


「貴方、転生者でしょ。私のチート能力ちからが効きにくいもの」


 【傾城傾国ファム・ファタール】は精神に──詰まる所、心や魂に働き掛ける能力。

 神の魂──正確にはその名残を持つ転生者達に対しては、効果が若干薄くなる。

 神の加護が、神を弑することは出来ない。

 もっとも、名残りではあるので、完全な耐性とまでには到っていない。長期的、または直接的な行動でなければ、その効果は発揮されづらい。


「それでね──」


 ネレアとエリフィールの眼が合う。

 吸い込まれそうな、深緑の瞳だった。


「皆。私を一目見れば心が愛で一杯一杯になるけれど、裏を返せば、それ以外は転生者ってことになるでしょう? 若しくは、私の味方になってくれる転生者」


 彼女が言葉を放つ度、ネレアの息は荒くなる。

 じっとりと粘り着くような、甘い声。


「貴方だけ私に対して、キライ・・・って顔してた」


 瞳の奥には、どす黒い何かが、もぞもぞと胎動しているようにも感じる。

 けれど、ネレアには。

 それすらも、それすらにも、悪魔的な魅力を感じてしまっていた。


「でも、それはもう済んだみたいね」

「はい……エリフィール様……」


 頷いて、肯定することしか出来ない。

 ほうけた様子で、彼女を見詰める。

 それはもう、幸せそうに。

 ネレアの心はすっかり、エリフィールに奪われていた。

 今や凡例の精神が、例外チートに勝てるはずも無い。

 嫌いは好きに。憎さは尊さに。

 彼女の恋愛感情を強制的に煽り、魅惑し──蠱惑し──惑わして行く。


「貴方、能力は? 教えて頂戴」


 だから。

 転生者ならば絶対に明かさないような問いにも、簡単に答えてしまう。


「ゔぃ、【罪人覚醒ヴィラニズム】……です……。じ……純正世界の、大犯罪者の……能力をかっ、拡大、解釈し、して……」

「ふぅん……──」


 エリフィールは興味深そうに相槌を打つ。

 そしてそれから、蠱惑的に笑った。

 嗚呼、自分はこの方に笑って貰う為に生きて来たのだ──彼女の為なら死んでも良い。

 ネレアの悩みは、恋の盲目を前に消え去った。

 まるで聖母のように──。

 にっこりと微笑んだまま、エリフィールは告げた。


「──要らないかな!」



✕  ✕  ✕  ✕



 魔術学園校内。

 ある一室。ある会議室ミーティングルーム

 コの字型の中心、議長席に座るのは──校長を押し退け転移者、エリフィール・アイン・ビュッフェルド。

 周囲に座るのは教職に限らず、貴族や政治家や研究者など、様々な分野での首脳陣である。

 彼女は静かに咳払いすると、右隣に座っていた校長が口を開く。


「それではこれより、定例会議を始める」


 煌族でも無い、たかが十三の少女が、彼らの上に立って居る状況は、異質を極めて、極めて異様であった。

 その異様な光景に、疑問を持つ人物は一人も居ない。


「まずは、諜報班。目ぼしい人物は見付かったか?」

「はい。気になる物が幾つか」


 アシン・サンドル。

 魔術学園お抱えの諜報員、もとい暗殺者。

 一部の生徒や教員の動きを不審に思い、学園側から彼女へ差し向けられた彼ではあるが──例外、法外、理外、埒外、規格外──桁違いのオンパレードたるチート能力の前に於いては、全くの無力。

 一瞥の下に懐柔され、魅了され、反対に彼女による学園侵略に協力してしまう始末。

 本来、金でしか動かないアシンだが、今や完全に無償で尽くしている。

 それもこれも総て、【傾城傾国ファム・ファタール】の仕業であった。


「まずは、北東の森で噂になっている、〝禍龍ディザスター〟ですね」


 アシン曰く、其れは数年前に突如現れた、巨大なドラゴンであるらしい。

 これまで多くの冒険者が挑み、その度に敗走を余儀無くされて来た。

 これまで挑んだ者達によれば──挑めば挑むほど、戦えば戦うほど、己との力量の差に愕然とすると言う。


「北東……と言うと、旧コルド鉱山国辺りですかな。ドワーフ共の暮らす……」

「ヒュルマの武器生産の五割を担う彼の地が被害を受ければ、前線の状況が崩れますぞッ!」

「おい待て。今の議題は『十三年以内に名を上げ始めたあらゆる強者』であろう!」

「いや、そもそも強者と言うのならば魔物を人と同じように看做していることになるので、この場合不適切では──」

 

 議題は逸れ、されど会議は益々熱を帯びる。ヒートアップする。

 それらをたったの一言限りで静めたのは、他ならぬエリフィール彼女であった。


「別に、構いまわないよ。むしろ私の説明不足だったね。魔物、魔族、獣──種や立場にしばられず、善悪を分け隔て無く、ありとあらゆる新たなる英傑を捜し出して頂戴」


 と、言って。

 彼女は謝罪──もとい命令する。

 数拍の沈黙の後、校長はわざとらしく咳払いした。

 そして、アシンへと視線を移しながら言う。


「宜しいですかな? ……では続きを」

「はい」


 アシンは様々な英傑の話を述べた。

 其れは、その身体一つで魔共を屠り、困っている人間を見過ごせない、筋骨隆々の冒険者の話ッ!

 其れは、魔術と剣術に長け、貴族である実家を飛び出した、奇妙な調味料を売り捌く冒険者の話ッ!

 其れは、構えた槍で数多の龍を穿ち、聖人と讃えられる槍使いの話ッ!

 其れは、銃火器なる新たな兵器を造った、機械からくり狂いの研究者の話ッ!

 其れは、あらゆる武術を扱い、あらゆる武器に化けると言う、人語を介するスライムの話ッ!

 其れは、詠唱時間を無視し、魔力消費を無視し、強大な魔術を行使するエルフの話ッ!

 等々エトセトラその他エトセトラetcエトセトラ──ッ!!


「そっかぁ……みーんな真面目にってんだね」


 アシンの話を聴き終えると、エリフィールは感慨深く呟いた。


「それともう一つ、気になることが有りまして……」

「どしたん言ってみ〜」

「はい……。それが──今お話した内の何人……何匹……かが、妙な動きをしているようでありまして……」

「ふぅん……妙な動き、ねぇ……」


 興味深そうに相槌を打つ。

 その顔は、妖艶にも微笑んでいた。

 それを見て、思わず、彼は言葉を失う。


「どうしたの?」

「あっ、いえ! 何でもございません……っ! ……それで気になる動きというのがですね」


 彼は慌てて言葉を続ける。


「──行動を共にしているらしいのです」

「行動を、共に? んー?」


 その言葉に、エリフィールは訝む。

 人差し指の腹を唇に合わせて、首を傾げた。


(イマイチ真意が読めないなー……。主神の奴は確か、『魔王を一番早く倒した者には、上級神の地位を約束しよう』とか言ってたような)


 そう、怪しいのだ。

 主神アザトスは、最初に魔王を倒した者にのみ、その報酬を提示した。

 ──上級神への昇格。

 それは、この百柱転生ゴッズ・ロワイヤル標的ターゲット層を考えれば、喉から手が出る物であろう。

 斯く言う彼女──エリフィールもまた、その地位を狙う内の一柱である。

 それが徒党を組んだ? 何故?


(一時的な停戦もとい共闘──有り得る。けれど、それ以上に破綻・・している・・・・


 たった小半刻30分で、参加神の半数近くを屠り葬った、難易度SSSSSSSSSSディカプル・シュプリーム世界の魔王。

 この半数近くと言う数字には、結界により、世界の半分でしか魔王は活動出来ないことから来る物であると推察出来る。

 大陸が一つしか無いこの世界の、魔族領と人間領。

 世界の半分と、もう半分。

 それ即ち──世界の半分を短時間で壊せるほどの、強さを保有すると言うこと。

 その圧倒的な強さを前に、単騎での攻略は不可能と考えるのも、無理は無い。むしろ、理にかなっているとも言える。

 しかし。

 それ以上に道理に反しているのだ。

 最後の一撃は、誰が決めるのだろうか。

 事前に決めておけるほどに、その時悠長に考えていられるほどに、呑気な戦いになるとは、到底、彼女には思えない。


(何が目的かねぇ。でもまあ取り敢えず今は──)


「情勢は大体把握出来たね。引き続きソイツらの監視を頼むよ」

「承知致しました!」


 アシンは勢い良く敬礼する。

 暗殺者らしからぬ、騎士のような敬礼であった。

 彼は意中の彼女に頼られたことに、すっかり舞い上がっていたのだ。

 ……心は歓喜に躍る。そこが掌上とは知らず。


「じゃ、次のにでも移ろうか。続いての議題は戦争だ」


 相変わらずの、飄々ひょうひょうとした態度で、されども限り無くあでやかに。

 何でも無いことのように、彼女は言って退けた。


「標的は勿論、人類最後の国家。ヒュルマ統一人類国──」


 その麗しい唇が震える度、震える度。口角はおぞましくも吊り上がる。


「皆、準備は良いかな? 飾り付けは済んだかい? 蝋燭の予備はどうだい? 御粧おめかしは? 至上の葡萄酒ワインは用意した? 腕の良い料理人シェフはもう呼んだ? 自慢の奴隷おもちゃは連れたかな? 菓子デザートの為のお腹は空けて来た?」


 口から言葉が紡がれる。

 その一つ一つが、邪悪にみちち充ちていた。

 声色は、まるで贈り物プレゼントの包装を破く、子供のようだ。

 恍惚と、煌々と、神々と。

 そのエリフィールは、これまで見せたことも無い、活き活きとした、この上無い笑顔で──。


「──さあ、内戦パーティを始めるよ!」


 偽美を背負った醜い怪物は、にたりと嗤った。


 百柱転生ゴッズ・ロワイヤル

 現在参加神数:062/100

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