#6 《最強味料》(上)

 冒険者──レルドルは深く嘆息した。

 その原因は、眼前の少女にある。


「ですから、私も依頼に連れてって下さい!」

「駄目に決まっているだろう。やれやれ。本当にやれやれだ」


 依頼。

 最近街の周辺に、魔物が頻出するので、魔物を間引きつつ、その原因を調査して欲しい──それが此度の依頼内容であった。

 薬の材料となる薬草が良く採れるとして有名な、カテドの森。

 その一帯は薬草の名産地として有名であったことも有り、魔物が多く現れるまでの貯えで飢えを凌ぐことは出来ていたが──それも後、何ヶ月保つか分からない。

 事態は事を急いだ。

 勿論、その街の重要性故に報酬は弾む。

 そこで、金銭欲しさに依頼を受諾したのがレルドルであるのだが──。


(こうなるのであれば、止めておけば良かったな……)


「ねぇちょっと! 聞いてるんですか!」

「聞いた上で断っているだけだ。しつこいぞ!」


 レルドルの聞く所によれば(彼女が勝手に話しただけである)、彼女の名前はラーシャ。剣士を目指す村娘であるらしい。

 今回の騒動を聞いて、一番に森へ乗り込もうとしたかのだったが、その若さ故に街の人々からは止められ……冒険者ランクもあってギルドからも普通に止められた。


「何で連れてってくれないんですか!」

「足手纏いだからだ」


 レルドルは苦虫を嚙み潰したかのような顔で、そう言った。

 その言葉に、ラーシャは憤慨する。


「そんなのやってみないと分からないじゃないですか!」

「やった結果を分かりやすくしたのが冒険者ランクだろうが。お前、今何ランクだ」


 レルドルがそう訊くと、彼女は言葉を淀ませながら小さく呟く。


「い、Eランク……です……」

「一番下じゃないか。因みに俺はAランクだ。俺が言おうとしていること、もう分かるな? まだ若いんだ、もっと自分を大事にしてやれよ」

「いやいやいや! それなら貴方だって12──私と同い年でしょ!」


 言葉の揚げ足を取るラーシャ。

 そこでレルドルは、少し違和感を憶える。

 何故彼女は自分の名前を知っている……?

 年齢も同様に。そこまで詳細に……?


「お前、それ何処で……」

「受付嬢さんに教えて貰ったんですからね。その手には乗りません!」

「尚更、実力差が有ると理解して欲しい物だが……」


 胸を張ってそう言う彼女に、レルドルは突っ込む。

 やれやれ。彼は、何度目かも分からない嘆息をした。


(自分が受けると息巻いていた依頼を、自分と同い年の他人に横取りされて、良く思っていないらしいな)


 彼は予想する。

 彼女の目の奥に潜むのは、嫉妬だろうか。

 しかし、それに構っていられるほど、彼は暇を持て余してはいなかった。

 彼は彼なりに、のっぴきならない事情が有る。


「強いんですよね? ならせめて手合わせだけでもっ!」

「何故Eランクのお前と無償で手合わせしなきゃならないんだ……」


 ボランティアでも有るまいし。

 彼はそう言い残して、そそくさとその場を去ろうとする。

 それは、足に手が纏わり付いたことで、足手纏いの所為で阻まれる。


「報酬をお望みですか!? 払えばしてくれるんですね! お金なら有りませんが……あ、そうだ! 家事! 家事なら出来ます! 雑用なんでも頑張ります!」

「いや。俺も出来るんだが……」


 冒険者は一人暮らしの者が多い。

 そもそもとして、社会的な立場が傭兵や盗賊に近しい彼らは、一般的な家庭を持っていることが少ない。

 冒険者になる人間は、騎士や国家術師などになれなかった落ち零れか、大きい獲物の討伐で一発逆転を狙ったゴロツキが大半を締めているので、無理も無い。

 レルドルも例に漏れず、自炊での生活を送っている。

 冒険者となった理由は、些か他人と同じとは言い難いが──。


「ならば身体! 私の身体を使って下さい」

「要らん」

「即答しないで下さいよぉ!」


 彼は彼女を、ゴミを見る目で見下ろすと──何かの武術であろう独特の足捌きで彼女を振り払う。

 騒ぎ立てる彼女を背景に、改めて、カテドの森へと這入はいって行った。



✕  ✕  ✕  ✕



 木々は鬱蒼うっそうと生い茂り、鳥のさえずりは閑静かんせいな森の中を木霊する。

 レルドルは進む。

 木の根や倒木がそこかしこに有り、足場の悪い森の中を、独特の歩法で進み続けた。

 ──ふと、彼は足取りを止める。

 そのまま揺らりと、極々自然に、流れるように抜刀する。

 虫ほどの小さな声で、ぶつぶつと何かを呟くと、ゆっくりと剣を構えた。

 刹那、後方から飛び出した狼型の魔物を──喉元に一閃──振り返るまでもなく斬り捨てた。


「仕掛けたのはそっちなのに、お仲間が殺されて興奮してるのか──やれやれ」


 四方八方から、狼の波が襲い来る。

 前方から3体、左右後方からそれぞれ2体。

 その数、実に9体である。

 レルドルは背をかがめて前方に踏み込むと、重心をずらし──瞬く間に狼達の懐へと潜り込む。


「──シィッ!」


 縮地。武術にける、秘技の一つであった。

 前方の3体は喉笛を掻っ切られ、為す術無く絶命した。

 湿った怪音と共に、死体は地に伏せられ、後方から迫るもう6体の行く手を塞ぐ。


(す、すごい! あんな一瞬で4体も……!)


 物陰から、少女は驚嘆、唖然とする。

 剣士を志す彼女からして、剣筋が見えなかったのである。

 目で追えないのではない。追い付けないのではない。見えないのだ。

 あれだけの早業。手際の良さ。

 やはり、Aランクの示す通り、只者ではない。

 冒険者ランク。それは冒険者にとっての身分証明。

 EからA、そしてその更に上のSまで。計6つのランクが存在する。

 あの歳で──僅か十二歳で、その境地へと達していると言うのだから、ラーシャは驚きを禁じ得ない。


(あれ? でも受付嬢さん、あの人は魔術師だって言ってたような……)


 狼達は、怒り心頭と言った様子で、レルドルを睨め付けると──前身4体、左右1体づつの陣形へと即座に切り替え、眼前の仇敵きゅうてきに突撃する。

 仲間の屍を乗り越えて──。


「──〝火よ燃えろイグニッション〟」


 瞬間、転がっていた死体から炎が噴き出し、迫る4体の内3体の体毛へと燃え移る!

 続けて、左右から来る獣共を、何と言うことも無いかのように、くるりと回転して斬り伏せた。

 残る一体は、その顔に削ぐわぬ犬のような声を上げながら、背を向けて逃げ出した。

 自分以外の仲間の全滅。

 ──故の、怯え!

 ──故の、逃亡ッ!!

 生物としての生存本能である。


「──〝氷よ穿てアイシクル〟」


 しかし、その本能は、叶えられること無く、残酷に散って逝った。

 幾本かの氷柱つららが、レルドルの指先から生成──放たれる。

 空気を斬り裂くほどに疾く、宙を走る。

 それらは狼の体表へと突き刺さり、そのまま内臓へと到達して、絶命を誘う。

 だらだらと赤黒い液を垂れ流す、憐れな逃亡者。

 大きくびくりと痙攣した後、ついには最後の一匹も、動かなくなった。


(け、剣をに見立てて斬ると同時に魔術を付与エンチャントした!? そんなことが可能なの……!?)


 剣の武術と、魔の秘術──技術と技術の抱き合わせ。

 恐らく、理論上は可能なのだろう。

 発想はこれまでされて来たはずだ。

 もしかすると今の技術を、何処かの誰かが習得している可能性も有る。

 しかし、普及はしなかった。

 けれど、浸透はしなかった。

 ──何故か?

 高々一村娘に過ぎないラーシャでも分かる。

 それには恐ろしいまでの高い技術力に加え、恵まれた才能が求められるからだ。

 彼にはそれを可能にする、技術と魔力と剣才が有る。

 洗練された、無駄の無い動き。

 一挙手一投足総てが、しなやかで、まるで流れる水のようである。

 素人目にも、その実力の高さが理解出来た。


(最初はいけ好かないと思っていたけれど、本当に凄い強いんだ……)


 嫉妬は羨望へと変わる──と、同時に。ラーシャは強い劣等感を抱いた。

 同い歳の魔術師に、剣の腕で負けている。

 その度を超えた格差に、妬むことすら馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。

 彼女が今抱いている感情を端的に表すのならば──尊敬と憧れである。


「……ッ!」


 不意に、鳥肌が粟立つ。

 背中に悪寒が走る。脂汗が止まらない。

 生存本能が、全身が、魂が──今直ぐここから逃げろと告げている。

 ビリビリとした威圧感が、周囲一帯を呑み込んだ。

 彼は何時もと何ら変わらない様子で、揺らりと剣を構えた。

 ──刹那、大木が弾け飛ぶ・・・・

 突進して来たそれの鉤爪を剣身けんしんなすと、軽く舌打ちをした。


「ガルルルル……ッ!」


 銀の毛並みに、澄んだ碧眼。

 黒色の鋭い爪と、大きな牙。

 大地を轟かせるような唸り声。

 小さな民家にも匹敵するほどの巨体を持ち、森に這入った侵入者を、決してゆるしはしない森林の守護者。

 その圧倒的な強さから、畏敬と畏怖を込めて、人々はこう呼ぶ。

 ──神獣。

 其の獣の名は、フェンリル!

 先刻の狼型の魔物、フォレスト・ウルフの長である──ッ!!


(ど、どうしてこんな所にフェンリルなんかがッ!?)


 それだけではない。

 長が出て来ると言うことは、即ち──取り巻きの数もまた、尋常であるはずが無い。

 狼型の魔物──フォレスト・ウルフ達が、数十体単位で彼を、彼女達を取り囲む。

 目的は恐らく、荼毘だびに伏した仲間達の仇討ち。


「──やれやれ。全くだ」


 面倒臭そうに、彼は呟いた。

 重心を傾ける。──あの技だ!

 こんな危険な状況であるのに、彼女の眼は彼の動きを追っていた。

 縮地で距離を詰めた彼は、2体の取り巻きの首を狩った!

 それを皮切りに、総ての狼は遠吠え、彼目掛けて一斉に襲い掛かる──その出来事が起こったのは、その直後であった。


「ギャンッ!」


 多数の狼が転倒し、次々の仲間の身体に足を取られ、横転して行く!

 レルドルは健脚で地を蹴ると、転がる狼の骸を、氷よ穿てアイシクルで貫いて行った!

 あれだけ居たフォレスト・ウルフの群れは、あっという間に、半分ほどにまで減ってしまった。

 狼達とラーシャは、何が起こったのか分からず、困惑する。


「不思議か? 犬ッコロ」


 レルドルとフェンリル。

 両者、足を止め、目線上に火花を散らせる。


「どうせ人の言葉など分からないだろうが、冥土の土産に教えてやろう。貴様らの足元に──マヨネーズ・・・・・を撒いた」


(い、何時の間に……!? そんな素振り無かったじゃない……!)


 しかし、彼女が地面を注視すると、そこには光沢の有る白んだ黄色の物体が、べったりと塗り撒かれていた。

 それらは狼達の流血と混ざり、独特の色味となっている。


「さながらオーロラソースだな」


 それを見て、ぼそりと呟くレルドルだが、その呟きは誰の耳にも届かなかった。


「俺はこの技を──」


 レルドルはニヒルと嗤う。

 誇るように、誇示するように、彼は大仰に言う。

 能力の詳細をッ! 能力の名称をッ!

 その技の名は──。


「──『黄酢転倒マオン・スリップ』と名付けたッ!」

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