第10話 新たな日常、淫魔2人を添えて

「へぇ、そんなことがあったんだ」

「あぁ」


次の日の朝、朝食を食べようとした時に聖也が先に来ていた。そして昨日の出来事を話していた。


「なんか揺れてるなと思ってたけど、そういうことだったんだね」

「悪いな。仕事中だったか?」

「いや、アニメの一挙放送見てた」

「ならいいや」


悪いことをしたと思っていたが、杞憂に終わったようだ。


「リリイちゃん、ね。さっきすれ違ったけど、またインキュバスとか言われちゃったよ」

「ぶふぉっ」


思わず吹き出してしまった。リリアだけでなくリリイにもインキュバスに間違われたということか。これもうインキュバス確定でよくないか。


「……こほん。それより、次の漫画は?」

「ぐ……お前まで編集者みたいなことを言いやがって」

「ははっ、それだけ楽しみにしてるってことだよ。俺だけじゃなくて、みんなもね。前の投稿も未だに反応が増えてるよ」


あの投稿からかなり日は経っているというのに、未だに反応を貰えることがある。改めて自分はとんでもないものを描いてしまったのだと嫌でも認識してしまう。


「まぁ、あまり間をあけずに描くことにするよ」

「やったね」



部屋に戻り、作業机に向かい合う。既に構成は決まっている。後は完成まで描き進めるのみだ。


「さて、描くか」

「お〜、本当に教典描いてるんだ」

「……なんでナチュラルにいるんですかね」


部屋にはロリ巨乳淫魔、リリイが布団の上で寝そべりながらマンガを読んでいた。誰に借りたのか、ダボダボの『推し』と書かれたTシャツにショートパンツ。ちょっと屈めば胸が見えるし足をあげれば太ももやらお尻やら強調されて大変際どい格好をしていた。


「ちゃっかり住み着きやがって」

「だってここ居心地いいも〜ん。ちょっと嫌な気配は感じるけどね」

「楓さんのことか? あんな聖人みたいな人そうそういないぞ」

「聖人みたいな人だからなんだけど……気を抜いたら浄化させられそうで……」


きっと楓さんの前世はシスターの類に違いない。本人は悪意を持っていないだろうが、悪魔にとって聖なる存在は存在しているだけで気分を害してしまうのかもしれない。


「ふむふむ……なるほど……」

「というか、さっきから何を熱心に読んで──っておい! それはまだお前には早いっ!」


リリイから俺の初単行本を取り上げる。もちろんR18である。


「あっ! せっかく勉強してたのにぃ」

「勉強だぁ……?」

「そ。これでも私反省したんだよ? 人間のこと分かった気になってただけだったなぁって思って。魔界の教育で一通り人間のこと教わったけど、人間界に来てみたら教科書とは違うこといっぱいあったし」

「勉強するのは結構だが、この類の本で勉強するのはもっと間違った知識になるからやめた方がいいぞ」

「そうなの? じゃあどの本で勉強すればいいの?」

「本もいいが、実際に観察した方が早いんじゃないか?」

「あ、そっか! おにーさん頭いいね♡」


ふぅ。これで落ち着いて作業に移れそうだ。


「……」

「じー」

「……」

「じー」


「あの……何か?」

「お兄さんが言ったんじゃん。人間観察した方がいいって」

「その対象が俺?」

「そ。一番身近で手っ取り早いし、襲ってくることもなさそうだし」


布団の上で肘をついてジロジロと見られる。落ち着かないが、邪魔されないだけマシと思って作業するしかないか。


「……」

「……へぇ」


集中して絵を描いていると、無意識にゾーンに入っていた。

周りの音が聞こえなくなり、自分だけの世界が形成されていく。


リリアの教えに忠実に、物語を彩っていく。描いては消し、描いては消し。納得のいくものが描けたら次の工程へ。これを繰り返す。

生きるために身につけた技術。それを惜しむことなく原稿という名の白い大地に注ぎ込み、イメージだけの世界を現実世界へと創り出していく。


「……ふぅ」


一区切りついた。集中力が切れてきた。そろそろ休憩を取るか。


「あ、終わった?」

「ん? あぁ、まだいたのか」

「観察するって言ったじゃん。それにしても、すごい集中力だったね」

「伊達に漫画家やってるわけじゃないからな。生半可な仕事はしていないつもりだ」

「わ〜。かっこいい〜」


なんだろう。煽られているようにしか聞こえないのはリリイがメスガキだからだろうか。


「もうお仕事終わり?」

「いや、ちょっとばかし休憩するだけだ。少ししたら再開するよ」

「そっか。じゃあ今は邪魔じゃないよね♡」


肩に当てられる2つの柔らかな感触。


「おぅふ……!」

「にひ、おぅふ、だって。かわいい〜」

「ええぃ、離れんかいっ」

「やんっ♡」


なんとかリリイの体と誘惑を振り解く。


「も〜、素直じゃないんだから」

「NoロリータNoタッチだ」

「むぅ……。私ってそんなに魅力ないかなぁ」


自分の体をむにゅむにゅと触るリリイ。その光景は童貞の俺からすればかなり刺激的だった。


「……こほん。お前には恥じらいってものがないのか」

「あ! それ聞いたことある! 確か人間が欲情するキーワードなんだよね?」

「非常に歪んだ認識だと思うが……まぁ間違ってもいないか……」

「言葉だけは知ってるんだけど、実際にどうすれば恥じらいなのか分からないんだよねぇ」


恥じらいがある淫魔か。恥じらいと淫魔が組み合わさればとんでもない破壊力を生み出しそうだ。……そう思うと、リリアは多少なりとも恥じらいがあるかもしれない。リリイに比べたら、だが。


「リリアに聞けば答えが返ってくるかもな」

「え? お姉ちゃんは恥じらいがあるの?」

「あぁ。少なくともお前よりはあると思うぞ」


淫魔特有の痴女の格好さえ除けば、という条件付きではあるが。


「むぅ。なんか負けた気がするぅ!」

「お、おいっ」


首に腕を回されて強引に絡みつかれる。柔らかな感触がダイレクトアタック。嫌でも感触が伝わってくる。


「いい加減に──」

「ふぅっ」

「ふぉ!?」


耳に息を吹きかけられ、力が抜ける。魔力でも込められていたのか、全く体に力が入らなくなる。


「ふふっ、カワイイ声。人間ってやっぱりチョロいね~♡」

「う、ぐぐ……」


まずい。愚息が反応しかけている。このメスガキのことだ。その事実がバレたら合意だとか言って押し倒されかねない。


やむを得まい。ここは、守りに徹する!


「どうかなぁ? そろそろ限界なんじゃ──」


りんぴょうとうしゃ


「え!? どうしたの急に!?」


かいじんれつ……」


「なになに怖い!!!」


秘技、無の境地。九字護身法を唱えることで煩悩を振り払う俺独自のやり方である。


というのも、ムラムラしたりしていると気が散ってエロ漫画が描けないことが多々あった。その煩悩をどうしたら振り払えるか、辿り着いた結論が座禅とこの方法であった。


ちなみに”抜く”のが一番効率的であるが、今は使える訳がないので仕方がない。


「もぉ〜! 童貞のくせにぃ! こうなったら、力づくでも──」

「タクミさん、漫画は描けましたか──ってリリイ!? 何をしてるんですか!?」

「わっ! お姉ちゃん!?」

「わああああああああああっ! え、エッチがすぎます! 離れてくださいっ!」


リリアがリリイを引き離した。


「あーん、あとちょっとだったのにぃ」

「全く、油断もスキもないんですから……! タクミさん、大丈夫ですか? タクミさんのことだから、きっと全然動じてないと思いますけど──」


りんぴょうとうしゃかいじんれつ……」


「わああああ!? タクミさん壊れちゃってるじゃないですか! リリイ、何をしたんですか!?」

「てへっ♡」

「てへっ、じゃないですよ! タクミさん、目を覚ましてくださいっ!!!」

「いてぇ!?」


頭に衝撃が走る。どうやらリリアが頭をぶっ叩いて正気に戻してくれたらしい。


「ふぅ……何とか煩悩の波を乗り越えたか……」

「……タクミさんがロリコンだとは思いませんでした」

「おい待てい。こいつをロリと言ったら真のロリコンの方々がお怒りになるぞ」

「そうだよお姉ちゃん。私、もう立派な大人なんだから」


えっへんと胸を張るリリイ。うん、やはり説明不要レベルででかい。


「……エッチ」

「男に生まれた以上、胸に目を奪われるのは仕方ないことなんだよ」

「むむむ……!」


さて、そろそろ休憩を終えて作業を再開しなくては。


「胸に目を奪われてばかりで、漫画が描けてないんじゃないですか?」

「失礼なことを言うな。まだ完成はしてないが着実に進んではいるぞ」


PCの画面上に1ページ目を見せてやる。


「わ、本当だ……ちゃんと進んでる……」

「そりゃそうだよ。だっておにーさん、飲まず食わずで机に向かってたじゃない」

「えぇ!? そうなんですかタクミさん!」

「ははは、そんなわけ──って、もうこんな時間経ってたのか」


時刻は14時。10時頃から作業を始めたはずなので、もう4時間近く経っていた。そのことを認識したら喉の渇きと空腹が一気に襲ってきた。


「ま、待っててくださいっ!」


ピュウ! と突風が吹く勢いで部屋から出ていった。そしてしばらく待つと部屋に戻ってきた。


「こ、これ! 飲んでください!」

「むぐっ!?」


強引にペットボトルのお茶を飲まされる。


「むぐぐ……ぶはっ! 殺す気か!?」

「人間は水分と食料を取らないと死んじゃうんですよ!? ほら、もっと飲んでください!」

「わ、分かった! 自分で飲むから!」


リリアからペットボトルを奪い取り、ゴクゴクと飲み干した。危うく部屋で溺死というミステリー小説でしか見ないような死に方をするところだった。


「ええと、後は、これですっ」

「……これは?」


リリアの手に握られていたのはおにぎりだった。その見た目はかなり歪で、幼稚園児が握った泥団子のようにも見えた。


「……廃棄処分のやつ?」

「はっ……」


リリアが言葉を失ってしまい、みるみる涙目になる。


「その、急いで握ったので、形は歪かもしれないですけど……や、やっぱりいらないですよね! こんな汚い見た目のおにぎりなんて──」

「ちょ、待て待て。食べる、食べるよ。冗談言って悪かったって」

「あ、ちょっと!」


リリアの手からおにぎりを奪い取り、かぶりつく。具は入ってない。海苔を巻いて塩を振りかけただけのおにぎり。だが、空腹の俺にとってはご馳走だった。


「……」

「……美味しくない、ですよね」

「いや、俺って食に疎いから……。別に、不味くはないと思う。普通に美味い」

「そ、そうですか……」


少し俯いて耳まで赤くなっているリリア。なんだろう、変な空気が流れる。


「なんかエッチっぽい」

「べ、別にエッチでは……!」

「……ごちそうさま。じゃあ、俺は作業に戻るから」

「あ、分かりました。無理はダメですからね」

「分かってるよ」

「さ、行きますよリリイ」

「え〜。もうちょっとおにーさんと遊びたかったのにー」


チラッとリリアはこちらを見て。


「……ばかっ」


そう言われた、ような気がした。そうして騒がしい2人は出ていった。


「……」


静かになってから改めて考えると……初めて、女の子からの手料理をいただいたのでは? 


一生味わうことのないと思っていた手料理。実は味なんてよく分からなかった。

でも、いつも楓さんが作ってくれる料理とは違うように思えた。それはこの満たされた腹が証明していた。


もしかして、リリアは俺に好意を抱いて──。


「いかんいかん。りんぴょうとうしゃかいじんれつ……」


心を無にする。妙な期待はするだけ無駄だ。それは幼い頃に身をもって学んだはずだろう拓巳。自分に言い聞かせて、俺はペン入れを進めた。

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