第23話 夢の代替品

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友の復讐に燃えるドミネイターの少女。



二一三五年、五月七日、夜:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地近郊、コースト・プラザ・ビル、屋上レストラン跡


 リヴィーナが目を閉じて休んでいると、再び心はいずこかへと旅立ち始めた。得体の知れない無限ループの騙し絵じみた、模様の拡大の繰り返しのような光景が繰り返された。

 脈動する奇妙な有機物の絶え間ない繰り返しの末に、気が付くと彼女は半透明の体組織のようなとばりで囲われたエリアの外側にいた。己の周囲は腐敗した変異体か癌細胞の集積のごとき壁で球形に覆われ、それらが遠ざかっているように見える錯覚が発生し続けているせいで広さがわかりにくかった。

 帳の内側に目を向けると、その向こうに信じられないような古ぶしき実体が腰掛けているのが透けて見えた。やや朧気なシルエットのそれは皮膚の一部が崩壊と再生を繰り返しており、どこか神秘的な光景であった。

 リヴィーナは休息を取ろうとすると度々この光景を見る事を不思議に思っていた。嫌悪感は無かったが、しかし『見てもよい』のかどうか判断に迷った。無論であるがそれが一体誰であるのかは知っていた。

 だが、いつ頃から見るようになったかは覚えていなかったし、己だけなのかそれとも他のドミネイター――それ以外の人々もこの光景を見る可能性もあるが――も見ているのか、誰かに相談はしていなかった。

 リヴィーナはこの場所で己がある種の観察者や霊体のごとく視線のみの何かではなく、肉体を備えている事に気が付いた。今までもそうであったかは思い出せないが。

 帳を手で開いてその向こう側に行こうかと考えたが、しかし動く事ができない事に気が付いた。妨害を受けているというより、躊躇いの結果なのかも知れなかった。

 次の瞬間、彼女はレストラン跡に己が帰って来ている事を察知した。周囲を軽く見渡して、それから時間を見た。アーマーのHUD機能を呼び出すと、時刻は夜の二時を少し過ぎた辺りであった。

 結局のところ、先程のような体験が果たして一体なんであるのか、それを説明したり理由を探すのは難しいように思われた。それを本気で探ろうとするとラニのために調査をする時間が大きく削がれるはずだ。

 やや釈然としないながらも、それはそれとして彼女は休まねばならなかった。

 超人兵士としての代償で眠る事ができない身ではあるが、己なりに休んで朝に備えなければ。そして彼女は可能な限り思考を打ち切る事の重要性を知っていた。

 そうしなければ、特に今のような状況では考えても考え足りない事柄が多過ぎる。

 振り返ると三三歳の誕生日を迎えたある日に、己の人生の多難さが世間と比較するとどうであるのかはともかくとしても、あまりに陰鬱である事に気が付き、そしてもう一つ理解した事もあった。

 結局のところ幾ら考えても仕方が無かった。両親に守られた生活もマーガレットとの結婚生活も終わり、ラニとの友情まで終わってしまった今、『ところでそのような苦しみに直面したとしても、結局は泣きながらでも己はそれらを受け止めて前に進んで行ってしまう』という事実について考え過ぎるのは心身に毒であった。

 そう、ドミネイターとして選出された候補者達が生来備えるあまりにも強靭過ぎる精神性の副作用について、やや遅くなって実感が伴ったのだ。

 考えるな。考えると、己の強さにうんざりする。

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