第12話 愛されたであろうお前

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。

―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。



二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、正面ゲートの内側


 慌ただしい状況だ。まあ大戦の英雄であるドーニング・ブレイドが今ここで何をしているか、何故ここにいるのかをリヴィーナは知らなかったものの、セミノール・トライブ・オブ・フロリダの政治的中枢であり戦時避難所でもあったこの地に彼女がいる事自体は自然に思えたので深く考えなかった。

 なんであれ、遺体搬送用の担架を持った人々が現れた。検死官にとって久々の仕事かどうかは不明だが、これは一筋縄ではいかないはずだ。

 正直なところ、リヴィーナは騒ぎを抑えられるとは思っていなかった。何かしらの政治的対立とやらに、二人の死が組み込まれるような気がした。それを思うと気が滅入ったが、しかしどうしようもなかった。


「少佐、遺体をお預かりします」

 マスクをした要員の一人が感情を抑えてそう言った。リヴィーナより少し若いラテン系の女性。雰囲気からしてドーニング・ブレイドとは顔見知り。リヴィーナは少し後ろに立って話の成り行きを見ていた。

 実際、遺体の損壊はかなり酷い。残酷なまでに。鮫にあちこち噛み千切られて、顔も…それはつまりそういう・・・・事なのだ。つまり犯人は重たい物体と化したラニの死体をこの犠牲者を沈めるための重石にしつつ、この犠牲者が水死した後かその最中に、鮫に襲われる事も承知していた。

 そうなる事を黙認したという事だ。なるほど。許しがたい。

「ああ…だが、その様子だと誤解が…まあ私がそう言わなかったのが悪いのだが、もう一人犠牲者がいた」

 そこで彼女の斜め後方からリヴィーナが歩み寄って、横に並んだ。異様な異性テクノロジーの腐肉じみた外套が変形し、人間程の大きさの物体を飲み込んで掲げるように持ち上げた。それ自体は不気味な光景であろうが、しかし全体の印象としては『残された者』の悲しみを強く放っていた。

「ヒメノ上級曹長、こちらはシュワイツァー大尉だ、彼女は――」

「――ヴァンマークスです。人前では母方の姓で普段は通しています、まあ父と仲が悪かったとかそういう事ではないですが、特に理由の無い拘りとして」

 リヴィーナは自分でも嫌になるぐらい淡々と訂正した。

「訂正してくれてありがとう…さて、ヴァンマークス大尉がもう一人の犠牲者の遺体を運んで来た。こちらも預かって調べてもらいたい…誰かが一線を超えた以上、絶対に光の下へと引き摺り出さなければ」

 いつになくドーニング・ブレイドの表情は暗かった。彼女はある種の達観した人物であり、ここまで深刻な表情は見せなかった。そして最後の方を言う時には言葉に義憤の色とてあった。

 そう言われてヒメノ上級曹長は見上げた。リヴィーナが持ち上げている物体が、それを包み込む被膜じみたものの越しに透けて見えていた。

「こ、これは…」

「ドミネイターの死体だ」とリヴィーナは冷たく言った。

「え、あ…これがグローイング・ストーン…ではこの大きさだと…」

 その言い方にはやや含みがあるように思えた。己が来る前に、ドーニング・ブレイドとラニとそれ以外のドミネイターがいたのかも知れないが、まあ単に状況を整理しているだけかも知れない。だが、友人の死について親切丁寧に説明するのは、リヴィーナにとっては骨の折れる行為であった。

「私の部隊の隊長で親友だったラニ・フランコ・カリリがどこかの忌々しい輩に殺された」

 リヴィーナは怒りが声に滲むのを抑えられなかった。大好きだったラニがもういないという事実が、こういう時に遺された者を苦しめる。彼女の表情は鋭い眼光を放つ復讐者のようであった。

「そんな、カリリ少佐が! し、失礼しました、その…大尉」

 リヴィーナはそこである種の優越感のようなものを感じてしまった。己の怒りで萎縮する見知らぬ相手。そこで冷静になった。ラニの親友であった己に相応しい振る舞いかどうかを考えろ。巨人になったつもりで振り上げた足を降ろせ。ゆっくりと。

「いや…上級曹長、謝るのは私の方だな。言い方に棘があった。初対面の相手にこういう態度はよくなかった」

 リヴィーナは息を吐いた。ゆっくりと時間が過ぎるのを感じつつ、使命について考えた。

「本当にすまなかった、いきなり八つ当たりのような事をしてしまって…私も親友を殺されて本当に腹が立っているが、しかしもう一人誰かが殺されてしまった。その人物が誰なのかを特定しなければ」

 リヴィーナはすっかり落ち着いてヒメノに説明した。

「了解です、それとあまり気にしないで下さい。大事な人を亡くしたら誰だって正気じゃいられませんから。もし私だったら…それともう一つ、改めて自己紹介します、ガブリエラ・ヒメノ上級曹長です」

「気遣ってくれて本当にありがとう、私はドミネイター第二特殊任務群のリヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー大尉だ。早速だが、もう一人分の移送用の担架か何かを用意して欲しい。こいつをもっといい場所に寝かせてやりたいからな…」

「了解です! カリリ大尉とそのご友人のためなら!」

 ゲートから少し入った内側で、夕暮れの空の下でこのようなやり取りがあった。

 リヴィーナはガブリエラが他の要員を一人連れて離れて行くのを見た。あの言い方だとここでもラニは人々に愛されたのかも知れない。どこにいても人々の中心にいたあいつ。そう、そのような愛された者が殺されたのだ。世の中は正気ではない。

 ふと見ると、ドーニング・ブレイドが最初の時点で運ばれて来た担架へと浮遊させていた遺体を降ろしていた。彼は誰なのか。

 ふとこの暫定保留地の情報を思い出した。確か人口は五万人程であった。五万人の個々人として考えると多そうだが、しかし実際にはかなり小さな街という事になろう。つまり人々は顔見知りである事が多く、誰かがこの身元不明遺体を見て気が付くかも知れない。

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