第39話 プランB

「・・・行く」


ルルンさんは相変わらず眠そうな眼をしているが、その瞳には闘志が宿っているようだった。


剣を構えて俺に突きの姿勢で突っ込んでくる。


それが効かないことはさっき学んだはずだから、何か奥の手があるのだろう。


だが、それが何かまでは俺には分からない。


とにかく、彼女の突撃を防ぐためにスキルを発動させた。


ガギン!!


『極小防御』によって予定通り、彼女の剣戟は俺の手に阻まれる。


が、その後が想定外だった。


彼女はあっさりと剣を手放すと、至近距離で俺に向かって両手を突き出したのである。


「ファイヤーボール」


(魔法か!)


そういえばダークオークと戦っていた時も騎士たちが使っていたな。


それにしても騎士がこんなに簡単に剣を手放すとは意外だった。


なかなか思い切った戦術をとるもんだ。


けど、驚かされたとは言え、これくらいで俺の不意をつけたと思ってもらっては困る。


『極小防御』を発動させて、俺の手前に見えない壁が一瞬にして構築される。


火球はその不思議な壁に阻まれる形で爆散した。


もちろん俺にはノーダメージである。


が、爆発した際に凄まじい煙が立ち上がり、周囲の視界が完全に閉ざされた。


(これが狙いか?)


俺が警戒していると、案の定左右から気配が迫って来た。


(やはりそうか)


視界を塞いでからの左右からの挟撃。


例え相手がモンスターであっても、うまく急所を突ければ有効な一撃になるだろう。


だが、俺はそんな状況にも慌てず、地面に向かって『極小攻撃』を発動させる。


ダンっ!!


という地響きを立てて大地が振動するのと同時に、俺の体が10メートルほど上空高く舞い上がった。


もちろん、左右から繰り出される攻撃をかわすための行動である。


が、わざわざ「防御」ではなく「回避」行動を選んだのには理由がある。


そう、彼女たちを「同士討ち」させるためだ。


俺から彼女たちが見えないということは、逆に言えば彼女たちからも俺の姿は見えていないという事だからだ。


つまり、俺が姿をくらませば、ミホルさんとエッカさんは、お互いを俺だと思って斬りかかるだろう。


が、それだと本当に大怪我をしてしまう事になるので、俺は上空から大きな声で呼びかけた。


「気をつけろよ!!」


これで俺が地上にいないことが伝わっただろう。


実戦では考えられないことだが、これはあくまで稽古。


命を危険にさらしてしまっては本末転倒である。


「よけろエッカ!!」


「はいいいいいいいいい!!」


と、煙の中から2人の叫び声が聞こえた。


どうやら、思ったとおり相討ち寸前だったらしい。


薄くなりつつある煙の中に、剣を突き出すミホルさんと、それを間一髪でかわして尻餅をついているエッカさんが見えた。


おお・・・ちょっと危なかったな。実戦訓練って死ぬときもあるんだよな。無事で何よりだ。


俺がそんなことを思いつつ着地すると、ミホルさんとエッカさん、それからルルンさんが剣を収め、こちらに来て頭を下げた。


「ありがとうミキヒコさん。完敗だ。まだまだ実力を全て出されていない事はよく分かっているが、良い訓練になった」


「いやあ、強すぎですね~。勝てるイメージが持てませんもん。でも、色々と掴むことができました。連携の課題点なんかも見えた気がします」


「私からも礼を言う。まさかあの連携をあんな風にして返されるとは思わなかった。一日私をペットにする権利を上げても良い」


一部よく分からない発言もあったが、とりあえず満足してもらえたみたいだ。


っていうか、この人たち何気に優秀な気がするな。


色々な戦術を柔軟に取り入れる度量があるっていうか・・・。


あのジキトラとかいう馬鹿なボンボンのせいで、貴族の印象は最悪だったけど、まあ色んな人がいるって事なんだろうな。


「満足してもらえて何よりです。それに、皆さんの連携も悪くなかったと思いますよ。まだ少し単純なのでレパートリーを増やした方が良いのと、お互いへのフォローをもっと密にすれば、きっと例のモンスターぐらいなら倒せるようになるでしょう」


これは本当だ。


モンスターといえども目や喉といった弱点は必ずある。


粘り強く戦い、不意を突けるようになれば、勝機も見えてくるだろう。


「そう言ってもらえると励みになるな。いや、本当にミキヒコさんに特訓してもらえて良かった。出来れば城にずっといてもらい、毎日訓練に付き合って欲しいところだが、それは無しの約束だからな」


「ええ、俺も自分の修行がありますからね」


ふう、危ない危ない。


1回だけっていう条件を飲んでおいてもらって良かった。


さてと、そろそろ1時間だな。


俺にしては働きすぎだ。さっさとラナさんを抱き枕に寝るとしよう。


怠惰道は一日にしてならず、なのだ。


サボることを決してサボってはならない。


1分とて無駄にせず無駄にせねばならないのである。


そんなことを考えていると、少し遠くで見守ってくれていたラナさんがやってきた。


「ご主人様、本当にカッコよかったです。でも、お怪我などはありませんか?」


そう言って、俺の頬から始まり胸、腕、太ももを優しく触ってくる。


うーん、どうしてラナさんに触れられるとこんなに気持ち良いのだろう。


「大丈夫だよ。でも少し疲れたかも」


俺の言葉にラナさんは天使のようにニコリと微笑んだ。


「ではお部屋に戻りましょうか。どうぞラナの胸の中でお微睡みくださいませ。お癒しさせて頂きますから」


そう言うと俺の手を取って、指に指を絡めて来た。


いわゆる恋人つなぎというやつだ。


本当にラナさんというのはどれだけ天使なのだろう。とても人間とは思えない。


隙あらば俺を喜ばせるのだから、さすがラナさんである。


そうだな。今回はさすがに疲れたから、ラナさんの胸に顔をうずめて、頭を撫でられる修行に勤しむことにしよう。


俺とラナさんは自分たちに宛てがわれた部屋に戻るべく歩き出した。


なぜか薔薇騎士団の3人は顔を赤らめながら俺たちのことを見送っていたようだが、なぜだかは分からない。


と、その時であった。


ズガァァァァアアアアアンン!!


そんな爆音とともに、城の一角が吹っ飛んだのである。

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