第33話 借りパク阻止阻止

「はー、いやぁ笑った、笑った」


「あ、あの魔王様・・・?」


魔王様の突然の狂態に私は恐る恐る声をかける。


すると、魔王様は妙にさっぱりとした顔で私の方を見た。


変な感じだった。


先ほどまで感じていた圧力のようなものが無くなっていたのである。


「よし、そういうことならハーレムのことはもういいよ」


そして、あっさりと私のことを諦めたのである。


私は魔王様のいきなりの心変わりに面食らうが、すぐに納得した。


(ああ、そういうことか)


魔王様に感じた違和感の原因はすぐに分かった。


その目から私に対する興味がすっかりと消え去っていたのである。


先ほどまであった執着や興味、嘲弄したいという暗い思いまで何もかも、そこにはもはや残っていなかった。


「その代わりと言っては何だが、ゲラゲロを倒したとか言う人間は、早急に始末してもらいたい」


そう言ってニヤリといやらしい笑顔を浮かべた。


・・・どうやら、私の意中の相手が誰だかはバレてしまっているようだ。


だが、それなら望むところである。


人間であるミキヒコが魔族である私を受け入れることなどありえない。


現に、今朝もラナ姉さんが突然わたしを勧誘したことに戸惑っていたようだった。


ならば、彼を殺して、私も死のう。


もし殺せなくても、彼が私を殺してくれる。


どちらにしても私は満足だ。


(ああ、これが恋なんだなあ)


私は妙に悟った気持ちで、自分の感情を眺める。


ミキヒコのことを思うだけで、胸がざわざわとして幸せで切ない気持ちになった。


もし叶うならば、私が死ぬのは彼の胸の中が良い。


そんなことまで願う始末だ。


「ただね、今の君じゃあもしかしたら、その人間の相手にならないかもしれない」


魔王様が私に向かって言った。


・・・なるほど、確かにそうだ。


彼は恐るべき魔術師。もしかすれば私など歯牙にすらかけないかもしれない。


それでは困る。


私は彼を殺すか殺されるかしたいのだ。


それもとびっきりの死闘を演じたい。一生消えない傷跡を残したいのだ。


「だから、これを飲み込みなよ」


微笑みながら魔王様が、何もない空中から取り出した赤い果実を私に渡した。


魔力の実?


聞いたことがないアイテムだ。


それになぜ魔王様はこんなに親切にしてくれるのだろう?


少なくとも私は形だけで言えば、魔王様を振って、敵である人間を選んだというのに。


「魔力の実と言って、その者が持つ潜在能力を引き出す貴重なアイテムさ。僕としても、その人間が邪魔だからね。利害の一致というやつさ」


そういうことか。


なら、ここは魔王様のアイテムを使わせてもらうとしよう。


私は疑うことなく魔王様からもらった赤い果実に齧(かじ)り付き、ゴクリと飲み込んだのである。


だが・・・、


ドクン・・・っ!!


「ぐあ!?」


果実を飲み込んだ途端、どす黒い感情が溢れ出てくるのを感じた。


な、何なんだ、これ・・・?


「あーあ、本当に食べちゃった」


そんな魔王様の声が酷く遠くに聞こえた。


ど、どいうこと・・・?


「さようなら、クワリンパ。僕の事を選ばないような女に価値はないからね。その実を食べた者は理性がなくなり、愛する者への憎しみでいっぱいになるんだ。君が惚れているのがゲラゲロを倒したという人間なのは何となく分かったからね。だから、そいつと憎しみの中でたっぷりと殺しあうが良い」


そ、そんなのは嫌だ!


私は彼を・・・。


だが、私の意識と理性が保てたのはそこまでだった。


別人かと思う様な暗い感情が私を支配し、ミキヒコへの殺意が体を動かし始めたのである。


気が付けば私は周囲の壁を破壊し、次の瞬間にはミキヒコのいるシュヴィンの街へと飛び立っていたのだった。



◆◇◇◆



「ふん、愚かな女だ」


飛び立ったクワリンパを見送ってから、魔王である僕は肩をすくめて呟いた。


ハーレムにさえ入れば何不自由ない暮らしが出来たというのに。


「しかも、よりにもよって人間の男に惚れこむとはな。僕よりもよほど劣る存在を選ぶなんて、理解できないよ」


そう言ってせせら笑う。


まあ、正直言うと少しばかりもったいなくはある。


あれだけの美しい娘は、僕のコレクションの中にも存在しない。


だからぜひともハーレムに加えたかったのだが・・・。


「けど、もう考えても仕方ないな」


何せあの魔力の実を食べれば二度と理性が戻ることはないのだ。


それこそ、死ぬまでその惚れた人間への殺意が止まることはない。


「僕を選ばなかった売女(ばいた)には良い末路だ。それにしても、はぁ・・・」


僕は深い溜息を吐(つ)く。


こんな田舎までやって来たのは、クワリンパを連れ帰るためだったのだ。


逆らえば力づくで捕縛する予定であった。


そうでなければ誰がこのような大陸の僻地まで来るものか。


「ま、いいさ。クワリンパとその人間どもの愚かな戦いに興じてから帰るとしよう・・・」


僕がそんな風にストレス解消法を考えていた時のことである。


向こうの空からキラリと光る存在が、こちらへと飛んでくるのが目に入った。


「はあ? 何だアレ」


僕は目をこらす。距離は1キロくらいだ。


けど、僕が本気になれば1キロ離れた存在であっても、しっかりと詳細まで見えるのだ。


「ナイフ・・・だと? しかも、あの飛んでいく方向は・・・」


どうもラウリンパの飛んで行った方向に見えた。


「ふん・・・放っておいても良いが、せっかくの余興を邪魔されるのも癪だな」


僕は若干イライラとして、ナイフの飛んでくる方向へと飛び立つ。


せっかく愛した相手を憎しみにかられて殺すというシチュエーションを作り上げたというのに、誰の仕業か知らないが邪魔をされては興ざめである。


僕は一瞬にしてナイフの前に立ちふさがる。


1キロという距離を一瞬にして移動したのだ。


こんな奇跡のような行為も、僕にとってはたやすい。


そして、飛んで来たナイフをあっさりと捕まえて・・・、


「・・・って、あれ?」


捕まえたはずのナイフがなぜか手の中になかった。


おかしいな?


僕が首を傾げながらナイフの行方を探すと、一体どうやったのか僕を抜き去り、クワリンパの方へと飛び去ろうとしている所であった。


「は?」


・・・まさか僕の行動をかわしたってのか?


僕はそんなことを考えてから、噴き出した。


「ぷっ・・・、ははは、まさかね!」


僕は魔王でモンスターを統べる存在だ。


凡百の屑ともとは異なる聡明な頭脳と超越的な力を持ち、しかも優れた容姿を兼ね備えている。


いずれは全世界を支配する存在になるだろう。


そんな僕の行動を妨げられるものが有るはずがない。


「偶然軌道が変わったんだろう」


僕は妥当な結論に達すると、再度ナイフの前へと回り込んだ。


今度は細心の注意を払ってナイフを掴み取ろうとする。


ほら、ここだ。


僕はナイフの柄を人差し指と親指で器用に掴み取って・・・、


「な・・・っ!」


だが、またしてもナイフは僕の手をすり抜け、クワリンパへと向かって飛んでゆく。


「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」


魔王である僕に出来ないことがあるはずがない!


たかだかナイフだ!


なぜそれを掴み取ることができない!


「も、もう一回だ!!」


僕が三度(みたび)、先回りしようとした時である。


『警告。3度目の妨害は排除対象となります。脆弱な貴方ではこの怠惰スキルを阻止することは出来ません。弱小モンスターらしく、分をわきまえて妨害行為を停止しなさい。死にますよ?』


そんな声が脳裏に突然響いたのである。


「な、なんだ!? 念話か!?」


だが、僕は常に魔力障壁を展開している。


それをどうやって掻(か)い潜(くぐ)り、僕の精神に直接話し掛けているというのだ!?


『再度警告します。即刻妨害行為を止めなさい。雑魚モンスターならばせめて分をわきまえるよう勧告します』


しかも、魔王たる僕を雑魚扱いとは。


「偶然かわしたくらいでいい気になるなよ!」


僕は大人げないとは思いつつも本気を出す。


普段の僕は力をほとんど出していない。


それは僕の余りの強大な力に、周囲の存在が耐えられないからである。


本気を出した僕の体からは暗黒の瘴気が立ち上り、周囲の空気を腐らせ始める。


「くくく、さあ後悔するがいい」


僕は嘲笑を浮かべながらナイフへとたちまち迫る。


そして、その柄へと手を伸ばした・・・その瞬間であった。


・・・プシャッ。


「・・・・・・・・・え?」


僕が伸ばした左手が、いつの間にか無くなっていた。


そして、少し遅れて激痛が僕の脳に伝えられた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」


思わず僕の口から絶叫が上がる


なんだ、なんなんだ、この状況は!


僕は魔王だぞ!?


この世界で最も強い存在なんだ!!


『最終警告です。弱小モンスターが出る幕ではありません。引っ込みなさい』


「くそがあああああああああああああ!!!」


そんな馬鹿なことがあるか!?


弱小モンスターだと!?


世界で最も優れた俺が!!


モンスターどころか世界中を支配する存在である俺が!!


世界中の女が惚れるほど美しい容姿をしたこの俺が!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


『次元脅威レベル・レベル1未満の襲撃を確認。雑魚モンスターですので、現世界ルールにのっとり排除いたします』


ブシャッ!!


「ぎえ!?」


僕の自慢の角がばらばらになって飛んでいくのが目に入った。


ズブッ!


「ぐへあ!!」


次に僕の四肢が切り取られ、腹部がごっそりとくりぬかれる感触があった。


おかしいおかしいおかしい。


今までどんなに強い相手と戦っても、僕の体を傷つけられるような攻撃手段を持つ敵なんてほぼいなかったのに!!


ぼとり。


「うううううう・・・」


僕は一瞬にして体をバラバラに解体されて、浮遊力を失って地面へと落下した。


さすがに、落下したくらいではダメージはない。


ナイフは・・・どこかに行ってしまったようだ。


どうやら僕に戦闘能力がなくなったと思い、飛び去ったらしい。


くそっ!! この僕を馬鹿にしやがって!!!


だが、今回のことは不幸中の幸いだった。


なぜなら僕はまだ生きているのだ。


体はボロボロだが、首の上さえ残っていれば再生することは可能である。


恐らく1時間もあれば、ほぼ再生するだろう。


あのナイフにどう対処するかはそれから考えれば良い。いや、基本的にはこちらから手を出さなければ大丈夫な様に思う。今はとりあえず放っておくのが妥当だ。


それよりも再生したら、僕がこんな屈辱を味わうことになった原因であるクワリンパを殺しに行こう。例の人間との戦いを鑑賞するつもりだったが、もはやどうでも良い。


それくらいしなければとても収まりがつかない。


もちろん、簡単には殺さない。


考えらえる限りの辱めを与え、女として生まれたことを後悔させてから、出来るだけ苦しめて殺すのだ。その惚れているという人間の前で犯してやるのも良いだろう。


僕は暗い笑みを浮かべる。


さて、そんな明るい計画を練っている内にも体は徐々に回復してきて・・・、


どさり・・・。


「へ?」


僕の耳元で何かが地面に落ちる音がした。


そしてその音を聞こえた後、ゆっくりと視界が180度回転した。


一体、何がどうなって・・・あれ?


「これって・・・」


僕の目の前に見覚えのある体が横たわっていた。


そう、それは・・・この僕の体だ・・・。


今のは僕の首が胴体から落ちた音だというのか・・・。じゃ、じゃあまさか!?


「回復していないのか!?」


僕は自分の体を見下ろそうとして、四肢が切断されて動けない状況であることに改めて気が付いた。


そんな馬鹿な! 体をばらばらにされたくらいで僕は死なない!!


それこそ1000年熟成したキラースコーピオンの猛毒でも喰らわなければ!!


だが、実際に僕の視界は徐々に暗く狭くなってくるようだった。


その時、僕は初めて自分に死が近づいて来ていることに気が付いた。


い、いやだ! 死にたくない!


なんで僕ほどの存在がこんなところで死ななくてはならないんだ!!


もっとくだらない、ごみのような存在こそが死ぬべきなんじゃあないのか!?


人間どもを抹殺し、女どもを囲い、世界を支配するという僕の将来が・・・。


ガリっ・・・。


「ぎぃ!?」


僕は自分の顔に何か鋭い突起物が突き立てられ激痛に思わず悲鳴を上げた。


どうやらこの魔の森に住む狼のようだ。


それが魔王たる僕の顔に牙を突き立てたのである。


「ひぃ! や、やめてっ・・・!?」


だが、狼は飢えているのか僕の顔に何度も噛みつくと、時に肉を剥がすために乱暴に振り回し、時に肉を柔らかくほぐすために深く牙を突き刺した。


「や、止めてぐだざ・・・び・・・ぐべ・・・しま・・・ぐ・・・ぐ・・・ぐ・・・」


僕は地獄の様な痛みに晒されながら必死に止めてくれるよう懇願するが、もはや原型も無く崩れ落ちつつある顔では言葉をまともにしゃべることは出来なかった。


そして、魔王ゆえの生命力ゆえに、狼に咀嚼され消化される最後の瞬間まで、僕は痛みにのたうち回り、生まれてきたことを後悔しながら、死を迎えたのである。

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