第30話 泣く子

「いかがでしょうか、ご主人様。いっそクワリンパちゃんを仲間にしてしまうというのは?」


「えーっと、その心は?」


俺はラナさんの突然の提案に驚きつつも、とりあえず理由を尋ねる。


「私は戦えませんので、ご主人様を守れる強い味方が必要なんじゃないかと思っていたんです。クワリンパちゃんなら強そうですから良いかと思いまして」


ああ、なるほど、そういうことか。


そういえばラナさんって、いつも俺のことを命に代えても守るって言ってるもんな。


あれって逆に言うと、自分の力が及ばないことを前提にしてるんだよな。


だから強い味方か。


・・・いや、しかし相手は魔族だぞ? 言ってみれば人類の敵なんじゃないのか? そういうのってありなのか?


「・・・あと、正直言いますと少し私情も入っていおります。幼い頃に死んでしまった妹とよく似ているんです。あの子が成長したらクワリンパちゃんみたいだったかなって」


ふむ、クワリンパのことを妙に気にかけてると思っていたが、そういう理由があったんだな。なるほどね。


だが、俺としては正直ラナさんがいてくれれば、それで十分なんだよなあ。


「いや、自分の身は自分で守れるし、ぶっちゃけラナさん一人で満足してるんだが・・・」


「えっ、やだ、そんな・・・嬉しい・・・あ、いえ、その、もちろん、決めるのはご主人様ですが・・・でも、どうでしょうか、もう一度だけご検討頂くことはできませんか?」


そう言って真剣な目で俺の方を見てきた。


ふむ、ここまで粘るラナさんは初めてだな。


もしかしたら、死んでしまった妹との間に何かあったのかもしれない。


とはいえ、正直必要ない、というのが俺の変わらぬ感想である。


俺は人生において余り大きな荷物を持つつもりがない。


つまり、人間関係にしろ、財産にしろ、夢にしろ野望にしろ仕事にしろ、そういったもろもろ全てを軽めにして生きて行きたいのだ。


それが人生をサボるコツだと思っている。


クワリンパを仲間にするというのは、言ってみればハーレムを作るということだ。


それは俺のポリシーに真っ向から反する。だから必要ない。


・・・というのが、俺だけのことを考えた場合の結論なわけで。


(さて、どうしたもんかね)


本来なら考える余地などない。そう本来ならば・・・・・、だ。


しかしながら、ラナさんがこだわるというなら話は別である。


俺にとってラナさんとは、この世界ではかなり大切な存在だ。


俺とて人間なので異世界に一人放り出された時はどうしたものかと思っていた。一体これからどうなるかという不安感もなくはなかった。


だが、ラナさんがいてくれたおかげで、そんな気持ちにさいなまれることは無かったし、もう少し言えば、俺みたいなダメ人間と一緒にいてくれる彼女は、俺にとっては女神以外の何者でもない。


崇拝しろと言われれば崇拝するくらいには感謝している。


そんな彼女が俺に懇願しているのである。よくよく分(ぶ)をわきまえている彼女がここまで俺にわがままを言っているのだ。


ならば・・・まぁ、ご主人様としては懐の深いところを見せておくべきだろう。


俺が心の中でそんなことを思い始めていた時であった。


「だ、誰が貴様たちの仲間なんかになるもんか!」


先ほどから固まっていたクワリンパが、顔を真っ赤にしながら怒り出したのである。


(ああ、そりゃそうだ)


すっかりと失念していたが、これは本人の意志がないなら成立しない話だ。


まさか魔族である彼女が俺たちの仲間になるなんてことはありえないだろう。


「さっきから好き放題言いやがって! わ、私が寝返るとでも思ったのか! 昨夜は妙な魔法で眠らされてしまったけれど、今度はそうはいかないぞ! 正々堂々と勝負だ!!」


そう言って殺気を放つ。


おお、まじっぽい。これはコッチもそれなりの対応をせざるえないかな・・・ん?


と、俺の視界にキラリと光る物体が目に入った。


なんだこりゃ?


俺はのそりとベッドから起き上がると、その物体を拾う。


「あっ、そ、それは!?」


俺がそれを拾い上げるのを見て、クワリンパが焦った声を出した。


「ナイフじゃないか。お前のか?」


「く、くそ、それにはキラースコーピオンの猛毒が・・・」


「毒? 物騒だなあ」


俺が嫌そうな顔をするのと同時に、少女も苦虫を噛み潰したような表情になった。


「さすがの私でも分が悪いか・・・。魔王様すら殺せる毒・・・。ちくしょう、覚えてろよ!!」


そう言って一瞬にしてその姿をくらましてしまう。


「うーん、相変わらずスゴイ能力だな」


俺がそんな風に感心していると、


「あの、ご主人様、わたし・・・」


ラナさんがとても暗い顔をして俺に話しかけてきた。


まぁ、何を言おうとしているのかは分かる。


「気にするな。むしろ、たまにはワガママを言ってくれた方が俺としても嬉しい。いつも助けてもらってるからな」


俺がそう言ってラナさんの頭を撫でてやると、彼女は顔を伏せたまま、しばらく俺にされるがままになった。


少し震えているのは、くすぐったがっているのだと思っておこう。


(さて、それにしても、このナイフ持って帰って欲しかったなあ)


俺は彼女を左手で撫でながらも、もう片方の手でナイフを持っているような状態なのである。


こんな物騒なものを自室に置いておくのは何となく気持ちが落ち着かない。


(あ、そういえば確か、良い感じのスキルがあったな)


スキル一覧で発見した時は、こんな技どこで使用するんだよ、と内心で突っ込んだものだが、ちゃんと役に立ちそうだ。


(よし、怠惰スキル発動だ)


俺はラナさんに気づかれないように、こっそりとスキルを使う。


頭の中にいつものアナウンスが流れた。


『借りパク防止が発動しました。怠惰ポイントから180ポイントが差し引かれます。怠惰ポイントの充電は残り2865ポイントです。ご利用は計画的に』

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