第16話 襲来

「だ、誰か助けてくれ! ぎゃああああああああっ!!!!」


「こ、来ないで!! い、いやああああああ!!!」


そんな悲鳴とともに俺の朝は始まった。


朝と言っても窓から見える太陽は結構高い。昼前ぐらいだろうか?


「うーん、うるさいなあ。ラナさん今何時くらい?」


「はい。だいたい朝の10時ごろです。何だか先程から外が騒がしいようです。何かが起こっているのかも」


「みたいだな」


俺はラナさんに抱き付いたまま会話する。


このスベスベで張りのある肌からはなかなか離れられない。


ラナさんもラナさんで、外で異変が起こっていることを承知しつつも、さっきから全く慌てる様子がない。


むしろ、寝起きの俺を甘やかすように頭を撫でながら、オッパイをより一層押し付けて来る。


天国かここは。


だが、身の危険が迫っているような気がするので、俺はしょうがなく浄化魔法を掛けてからベッドを抜け出す。


あ、そうだ忘れ物。


「ラナさん」


「はい、んっ、ちゅっ」


ラナさんにキスしてもらう。幾ら忙しくてもコレをしなければ一日が始まった気がしない。


それにしても相変わらずラナさんのキスは甘い味がする。一体どういう原理なのだろうか?


俺は1分ほどキスしてから口を離した。


ラナさんが残念そうにしているが、キスをしている間にも、外からは相変わらず悲鳴が聞こえてきていて、しかも少しずつ近づいて来ているのだ。


ぼちぼち警戒し始めなくてはならない。


出来ればこうした努力はしたくないところなのだが。


「さて、充電は幾ら出来たかな?」


俺のつぶやきに無機質なアナウンス音が脳内に響く。


『怠惰ポイントの充電は残り550ポイントです。ご利用は計画的に』


ふむ、昨日確認した時点からプラス220ポイントか。


だいたい22時間、努力をさぼることに成功したことになる。


・・・まあまあだな。


本当は怠惰道を極めんとする者としては、24時間の記録を毎日更新、と行きたいところなのだが。なかなか状況がそれを許してくれない。


ま、それは良いとして、さて・・・。


俺は外の阿鼻叫喚の原因を知るべく、とりあえず窓から少しだけ顔を出す。


そして、騒音が聞こえる方へ視線を向けた。


「あー、アレが安眠妨害の原因だな」


俺は一目で納得したとばかりに頷くと、顔をひっこめる。


20メートルばかり離れた場所に、体長は3メートルほどのモンスターがいたからだ。


真っ黒な体に鬼のように丸太のような腕、角を生やした悍(おぞ)ましい容貌、そして翼を生やした禍々しい姿をした怪物である。


ボーリンさんが言っていたモンスターとはあれのことだろう。


手には馬鹿でかい斧を持ち、軽々と振り回して周囲の建物や、応戦する騎士や冒険者たちを跡形もなく粉砕して行っていた。


「どうやら結局王国に許可を取りつける必要はなかったみたいだな」


街にまで攻め込まれてしまえば、さすがに正当防衛だろう。公国の兵を動かしても、王国が何か言って来ることはあるまい。


やはり俺が依頼を引き受ける必要はなかったということだな。


あとは騎士たちや冒険者たちが、ちゃんと給料分の仕事を責任を持ってするだけである。


うん、解決だな。寝るとしよう。


と、その時、大きなだみ声が俺の耳に届いた。


「ぐわーはっはっはっは!! もう終わりか、人間ども!! 俺にかなうやつはいないのか!!!」


えー、まじで?


騎士とか冒険者たち全滅してしまったのか?


ちょっと雑魚すぎじゃない?


それにしても、先ほどよりもかなり近い場所から声が聞こえて来たぞ。


「ま、まだだ! 我々、エギザリス公国騎士団の実力を舐めるではないわ!!!」


おっ、まだ終わってなかったらしい。


っていうか近い! ほぼ真下の道路から聞こえてきたぞ!?


俺は窓から少し顔を出して見下ろす。


げ、本当に目の前で戦ってやがる。


鎧を身に着けた騎士団らしき兵士たち20名が、モンスターの前後を挟み撃ちするような形で陣取っていた。


あ、しかも声を上げた奴、俺の部屋までやって来たボーリンさんだな。


それなりの地位だったってわけか。


まあ、そんなことは俺にとってはどうでも良い。


近所迷惑だから、もっと離れた場所でやってくれ。


だが、そんな願いもむなしく、ボーリンさんが騎士団に指示を下す。


「全員! 一斉にファイヤーボールを放ってから突っ込むぞ!!」


おう!! という声が響いたかと思うと、直後に騎士たちがしている指輪から赤い火球が飛び出して一直線に敵へと向かっていった。


猛スピードで迫るその魔法攻撃を3メートルの巨体を持つモンスターは回避することは出来ない。


ズドンォォォオオオオオオンンン!!!


ほぼ棒立ちの状態で20個の火球が直撃し、激しい炎が巻き上がる。


宿の2階にいる俺の場所にまで、その熱が伝わってくるほどの凄まじい爆炎だ。


そこに騎士団が一斉に突っ込んで行く。


それぞれが手に剣を持ち、煙と炎の向こうに影だけを見せる相手に対して、上段から切り下したり、突進の勢いを利用して突き刺したりしている。


全ての攻撃も命中しているようだ。


モンスターの様子は黒煙の向こうにかすかにしか見えないが、あれだけの攻撃を受ければ相当ダメージがあったはず・・・と、そんな風に斬りかかった騎士団が考えているのが、遠くから見てても手に取る様に分かった。


「やりましたね! 御主人様!!」


俺を後ろから抱っこするような体勢で、ラナさんが外を見下ろして言った。


オッパイが俺の背中に当たってグニグニと形を変えていて非常に気持ちが良い。


はぁ、このオッパイの感触を堪能していたいのだが、さすがにそんな場合じゃない。


「いや、どうかな」


俺はそう返事を返す。


というのは、騎士団のファイヤーボールが当たる寸前、一瞬だが俺の目にはあのモンスターが口を歪めたように見えたのだ。


あれは多分・・・。


「な、なんだっ・・・ぐげえ!!」


あ、やっぱりか。


モンスターを取り巻いていた兵士の一人が、真っ二つにされてその場所に崩れ落ちた。


「ラナさん、無理して見なくて良いぞ?」


「はい。ありがとうございます。でも大丈夫ですよ? 奴隷時代にもっと残酷な光景も見て来てますからね。ご主人様と同じ光景を私にも見させてください。・・・あ、でも、ご主人様にお気遣い頂いて、本当にうれしいです」


そう言って俺の耳たぶをチロチロと舐めてきた。


うお・・・これは新感覚・・・。


これは今後、ベッドで過ごす際の寝技に組み込んでもらわないといけないな。


「ぐはぁ!!!」


と、俺が怠惰道のレベルを上げるために重要な検討を行っていると、兵士の一人がモンスターの巨大な斧の柄の部分に強打される形で思いっきり吹っ飛ばされた。


その兵士は恐ろしい力で強打されたらしく、丸でボールのように弾き飛ばされると、何と俺たちが潜む宿の2階の部屋にまで到達した。


そして、窓の下あたりの壁にぶち当たると、そのまま壁を破壊しながら、部屋の中に侵入してきたのである。


「おっとっと。大丈夫だったか、ラナさん?」


「は、はい。ご主人様に、また守って頂きました」


俺はラナさんを咄嗟に抱えて横に飛び退いていた。


ダイナミックな入室をしてきた兵士は既にこと切れているようだ。ピクリとも動かない。


「くそ、部屋を破壊されるとは・・・」


「はい、どうなさいますか? 別の場所に避難しますか?」


「いや、あいつは俺がやる」


「え?」


ラナさんは俺が何を言ったのか分からないらしく、キョトンとした表情をする。


そりゃそうだろうな。


これまで全然やる気がなかった俺が突然、戦意を見せたのだから。


だが、人間には・・・いや、男には・・・いや、俺にだって譲れないものがある。


そう、それは・・・。


「聖域である部屋に無断で入って来て、人の安寧を邪魔するような奴は100回殺してもお釣りがくるぞ」


勝手に部屋に入って来る様な不埒者を絶対に許す訳にはいかないのだ。

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