第44話 乗船

「レディたちの頼みとあらばそれはもう、喜んで馳せ参じます」

 ルイスさんが招待状に一筆添えてくれたのだろう。バグリーさんは私たちとエルメーテにそれぞれ返事を寄越した。かの発表会に出席する、という意向で。

「グレアムにはもちろん娘さんを警護させます。私はレディと、そして乗客のを守りましょう。数名の部下も手配します」

 やっぱりバグリーさんは私を守ってくれるつもりのようだった。娘の考えも汲んでくれたのだろう。乗客を警護するために部下の手配までしてくれた。四等騎士が三名、三等騎士が二名。計五名が追加で乗ることになった。二等騎士のグレアムくんが現場の指揮官だ。

 かくして私たちは飛行船ハイデンバーグ号で行われるエルメーテの新作発表会に出席することとなった。

 出航の少し前に、ハイデンバーグ号の航程が明らかにされた。エルメーテが公式に発表したのだ。

「ハイデンバーグ号での新作発表会は海の向こう、カメリア合衆国を目指す最中に行われます。ご出席の皆様には、快適な空の旅と開拓進む新天地の観光も兼ねていただく所存です」

 新天地カメリア合衆国への旅行。何でも海船で行くのよりかなり速く行けるらしい。私は開拓地への旅に心を躍らせた。娘もグレアムくんと新しい国へ行けることにワクワクしているらしく、発表会で着る服や靴の相談、新天地の観光に必要なものなんかをグレアムくんと考えていた。あの時の娘の楽しそうな顔と言ったら……! あんなにキラキラした笑顔初めて見ましたよ。

 バグリーさんも合衆国への旅行を楽しみにしているらしく。出発までの間に三通も手紙が来た。私は微笑ましく思ってそれを読んだ。いずれも私への配慮と、楽しい旅行になることを祈る内容だった。

 果たして乗船の日となった。

 出航はセントクルス連合王国一美しい城とされるリード城から行われることとなった。グレアムくんに大きなトランクを運んでもらった娘は、リード城のメイデンタワーへ行くとハイデンバーグ号に乗り込んだ。私もカバンの姿で娘の肩にぶら下がりながら乗船した。

 船内の美しいことと言ったら……! 大広間に当たるホールは何百台ものランプに飾られ、ガラスや水晶で出来た装飾物がそれらから発せられる光を乱反射させていた。ホール中央には、大きな布の被せられた像のようなものが一台、土台もなく直に置かれており、他にも美しい男女の石像が何体も何体も、至るところに置かれていた。壁には大小さまざまな絵画が、所狭しと飾れており、大きな丸テーブルの上には美しく磨かれた食器がいくつも、まるで魚の鱗のように並べられていた。

 客室も豪華だった。

 おそらくどの部屋も窓に面している。小さな丸窓から見えるのは豆粒みたいに小さくなった見物客の塊だった。新聞各社が撮影魔蓄で写真を撮っており、そしてそれらの内の何人かはこの船に乗り込んでいるはずだった。部屋は寝室と居間に分かれており、寝室には大きなベッド、そして居間には山盛りの果物が乗せられた籠、丸い脚のテーブル、二人掛けのソファなどが並べられていた。

 あらまぁ、あらまぁ。

 私はベッドを眺めて思った。娘も同じことを思っているらしかった。

「べ、ベッドが一つ……」

 グレアムくんが照れたように笑った。

「レディ、よろしければ俺はソファで……」

「何言ってるの」私はグレアムくんを嗜めた。

「ソファは私の場所よ」

「え、でも俺は……」

「人間の姿をしてるんだから人間の寝る場所で寝なさいな」

 文句は言わせません。私は猫の姿に化けるとソファの上に陣取った。ま、あまり二人が盛り上がるようならバグリーさんの部屋に行くわ。そんな決心をしながら。

 そして出航の時が来た。

 地上で大きなベルが鳴った。そして船が少しだけ揺れて……ゆっくりと進み始めた。私は窓の外の様子を見ながら、雲が掴めそうな場所にあることに感動した。現役時代、箒で空を飛んでいた時もこんなに高くに上ったことはない。改めて魔蓄のすごさを実感するとともに、魔蓄技術の発展に胸を打たれた。すごい時代になったものだわ。

「ご乗船の皆様。エルメーテ新作発表会はもう間もなく行われます。準備が整い次第、大広間に集まっていただきますよう、お願い申し上げます」

 部屋に備えられた音声魔蓄管から声が聞こえてくる。娘は身支度をするとグレアムくんに手を引かれて広間へと向かった。私も猫の姿で後を追った。



 大広間に着くと、入り口のところでルイスさんが待ち構えていた。脇には立派な帽子をかぶった男性が一名と、素敵な制服に身を包んだ女性が二名。それぞれ静かに立っていた。

「失礼。この船の関係者をご紹介します」

 ルイス氏はやっぱり東洋風に頭を下げると続けた。

「まず船長のマクシミリアン・ユーバシャールです。東クランフの出身でして、真面目でよく働く者です」

「お見知りおきを」マクシミリアンさんが帽子を取って一礼した。

「続いて客室乗務員長と副長のコロンブ・オベールとリリアーヌ・ルルー。西クランフ出身。魔法を使えます」

「お会いできて光栄ですわ」

 制服に身を包んだ女性が二人、黒髪が美しい方と……こちらがコロンブさんね……金髪癖毛の可愛らしい方……こちらがリリアーヌさん……が静かに頭を下げた。と、同時に美しい花が一本ずつ、私たちの前に現れた。ふうん。初歩的な魔法だけど花の造りが丁寧ね。

「バグリー騎士団長には既に挨拶を済ませております。御三方とも会場内に入りまして、室内の展示物に目をやっていただければ。絵画、石像、照明、全てムーツィオの作でございます」

「すごい……」

 娘は息を呑んだ。無理もない。壁の絵はどれも一級品。パトリック派の聖書にある一場面を切り取ったもので、西クランフの伝統的な絵だった。そして並んだ石像の数々。まるで生きているみたいだった……! 部屋の隅、そして天井を飾る照明器具。小さな明かりでもこうして飾れば大きく照らしてくれるのね。

 芸術には疎いのか、グレアムくんはとても静かに回っていた。娘もその傍をゆっくりと、だが目を輝かせながら歩いていた。

「レディ、レディ、これはこれは」

 バグリー騎士団長が向こうの方からやってきた。彼もこの広間の芸術品を堪能したらしく、少し興奮気味に語っていた。

「中央の像が見えますかな。あの布がかけられた像です」

 私たちはそれを見た。土台がないからか、割と小ぶりな像だったが、しかしかけられたクロスの美しさが、中身の高級さを語っていた。

「『我が終焉』。そういう題のようです。ムーツィオ氏の自信作だとか!」

「肝心のカバンの発表はどこで行われるのかしら?」

 私が訊くと、いきなり背後から男性の声が聞こえてきた。素晴らしいテノールだった。

「この大広間でのパーティの最中に、弊社の社員が実物を持って各テーブルを回ります。発表する新作は五十点。弊社最大規模の発表でございます」

 振り返ると立派な髭を三つ編みにした紳士が立っていた。この個性、この風格。一目でムーツィオ氏だと分かった。エルメーテ・アンドレーア・ムーツィオ。

「いずれも皆様にご満足いただける内容かと……発表の後には販売会も開かれます。いずれも市場価格より安く購入することが可能です」

「それは素敵ね」

 私がつぶやくと、猫がしゃべることに少し驚いたのか、ムーツィオ氏が目を丸くした。

「おや、失礼」ムーツィオ氏はすぐさま頭を下げた。

「お客様。船旅は楽しんでいただけておりますか」

「大変満足です」

 私は品よく答えた。

「エルメーテ社の実力を実感しておりますわ」

「光栄の至りです」

 と、頭上から大きなファンファーレが聞こえた。音声魔蓄が天井にも設置されているようだった。

 ムーツィオ氏が私たちの傍を離れて、大広間の最奥、ステージの上にゆっくりと登っていった。大きく手を広げ、そして襟元につけた音声魔蓄に向かって声を発した。

「ご来場の皆様。これより、エルメーテ新作発表会を始めます!」

 彼の声が響き渡った。そしてそれを合図にして、大広間奥の扉が開き魔蓄機械の給仕たちが料理を運んできた。

「お楽しみください! これより船は合衆国へ向かいます!」

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