第16話 ラ・ミア

「『ラ・ミア』はどんな理由でここに展示されている人形なんですか?」

 娘がメリィさんに訊ねると、何故かダスティンさんが答えた。

「簡単です。魔蓄人形の一種だから」

 娘が首を傾げる。

「でも内部構造なんてなさそうですが?」

 するとダスティンさんは微笑んで、懐から一冊のノートを取り出した。

「それがですね、そうとも言えないんです」

 と、興奮した様子でノートのページをめくるダスティンさん。あらあら、よほどこの仕事が好きなのね。彼は一生懸命ページを指でなぞるとノートに貼られた一枚の紙切れを示してきた。

「『ラ・ミア』の内側の写しです。魔蓄撮影機を使って撮影したものなので精密な写しなんですが、ほら、ここ、歯車の跡のようなギザギザ模様が見えませんか?」

「はぁ」娘がノートを覗き込む。

「当博物館では、『ラ・ミア』を『かつて魔蓄人形だったに違いない』と考え展示しています。『ラ・ミア』はタロール地方の伝統的な手法で作られた人形ですが、これに魔蓄が仕込まれていたとなると、魔蓄そのものの歴史が変わります。我々が知っているのよりはるか百年前から、魔蓄の構想はあったことになる」

「一方で……」と、唐突にメリィさんが口を挟んだ。

「『ラ・ミア』自体は人形師ウーゴ・スカルファロットが作ったに違いないとされています。ウーゴは十年前、この博物館ができる数年前まで存命の人形作家でした。展示と研究が少し遅かった。もっと早くアプローチしていれば、『ラ・ミア』の謎も解けたかもしれない」

「つまり、伝統的な製法で人形を作っていたウーゴさんの作品に魔蓄の影があった。これはもしかしたら魔蓄の歴史そのものを覆すかもしれない発見だ……というわけですね?」

 娘の端的なまとめにダスティンさんもメリィさんも小さく頷いた。娘は続けた。

「『ラ・ミア』についてもっと聞かせてください。『ラ・ミア』という言葉自体は、何だかタロール地方の方言を想像させるのですが……」

「いい着眼点です」ダスティンさんが手を叩く。

「おっしゃる通りタロール地方の方言で『私の~』という所有格を示す言葉です。『ミア』の後に名詞を続けると『私の〇〇』という風になる。例えば『私の人生』とかね。しかし当博物館ではこの『ラ・ミア』という言葉にも大きな意味があると考えています」

「愛する人に捧げられた人形なのではないか、とされているのです」

 メリィさんが静かに続けた。

「タロール地方、もっと言うとウーゴの出生地であるフリューリ・ヴェネジアのトゥリステ地域では男性が愛する女性に『あなたを幾重にも包みます』という意味でこの入れ子人形を捧げる風習がありました。そしてその人形に男性独自の、あるいは男性の家柄独自の趣向を凝らすことで女性へのアピールとしていたそうです。なので、『ラ・ミア』に施されたと思われる魔蓄の影も……」

「もしかしたら、ウーゴから女性へのアプローチ」

「そう取れます。つまり『私の~』に続くのは『愛しい人』とかですかね」

 どうも自分で言っていて恥ずかしくなったらしい。メリィさんは困ったような顔をして俯いた。いいのよ。女性が愛について語るのは素敵なことだわ。

「その『ラ・ミア』がいきなり『また会えるなら夕暮れ時に』と?」

「そうです」黙って話を聞いていたシンディさんが大きく頷いた。

「『ラ・ミア』をきっかけに他の人形も同じ言葉を」

 娘はちょっと考えるような顔になると、私に向かって「お母さん、メモを頂戴」とつぶやいた。私がポシェットに化けると、娘は静かに私の中に手を入れてメモ帳を取り出した。すぐに鉛筆で疑問符を書く。

「もう一度お伺いします。『ラ・ミア』が最初の異変だった」

 ダスティンさんが頷く。

「ええ。時期的には、そうですね、三カ月ほど前だったかな。『ラ・ミア』がしゃべりだしたのは」

「そんなに前なんですか」

「ええ。最初は『ラ・ミア』に隠された何かが動き出したのかと思って展示をやめて研究室にしまったんです。で、メリィが調査に当たった……」

 ダスティンさんの言葉を受けてメリィさんが頷いた。

「ええ、調べました。しかし特段これと言えるものが見つからず……検査魔法の類は一通り試したのですが」

「お聞きしてもいい?」私はポシェットのまま話した。

「検査魔法には何を?」

「暴露魔法です」メリィさんは端的に答えた。

「魔蓄を用いた再現としての暴露魔法、それと当館が共同研究を行っている魔法使いの方にも暴露魔法を使ってもらいましたが、何も……」

「共同研究の魔法使いはどなた?」

「エメ・ブルギニョン様です」

 あら。知ってるわ。私と同郷。でももうかなりお年を召されてなかったかしら。生涯独身を貫いた魔女で、ちょっと変わったところはあるけど素敵なお婆ちゃんだったわ。あの方が暴けなかったなら間違いない。何もないわ。

「あの、いいですか」

 急にグレアムくんが挙手した。

「本件に当たって僕も独自に調査を。エメ・ブルギニョンさんが博物館に提出したレポートの写しを持っています。よろしければ、ご参考までに」

 と、グレアムくんは懐に手を入れ、娘に折りたたまれた紙を手渡した。娘はそれを開いて読んだ。

「『人命救助系の魔法の残滓を確認したが、今は何もない……』。お母さん、人命救助系の魔法って?」

 娘に訊かれ私は答える。

「そうねぇ、止血の魔法、拍動の魔法、覚醒と昏睡の魔法、麻痺の魔法、精査の魔法、透視魔法、暴露魔法だって使い方を変えれば人命救助系だわ。薬学も入れたらもっとある。私があなたを見守るために使った延命の魔法も人命救助系の魔法よ」

「まぁ、その報告は僕も読みました」

 ダスティンさんが乾いた笑いを浮かべる。

「しかし先程の求愛の意味としての『ラ・ミア』と人命救助系の魔法がどうにも結びつかなくてね。もしかしたら病床の女性を想って送ったものなのかもしれないけど……」

「仮説の域を出ないです。それに、そもそも『ラ・ミア』に技術的な価値があったことにも私は驚きで……」

「ああ、ああ」

 ダスティンさんが困ったような声を上げる。

「失礼。館内でも『ラ・ミア』については意見が分かれていまして。僕の博物学的な観点から言わせてもらうと、『ラ・ミア』は非常に研究し甲斐のある品なのですが、彼女の人形技術師的な立場からすると、現状機構がない人形を魔蓄人形として扱うことに抵抗があるようです」

「……仮に博物学的な価値があったとしても、他人様の遺品を勝手に持ち出して展示物にするのはどうかと思っているだけです」

 メリィさんがつぶやいた。

「ウーゴ・スカルファロットが孤独な老人だったからと言って、家族がいないわけじゃない。国がきちんと調べれば親族くらい見つかるでしょう。それを怠って、遺品を勝手に博物館に展示するなんて……」

「およしなさい。見苦しい」

 シンディさんが二人を律した。シンディさん、お若いのにこの二人をしっかり従えているのね。

「館長として、また人形技師の立場としても言わせてもらえば、国の技術たる魔蓄の研究材料になるものなら多少の無理は通るものだと思っています。それに『ラ・ミア』は現在当館で厳重に管理されています。あのまま誰にも管理されない家か、墓の中にしまわれるよりこうして残してもらえた方が作者冥利にも尽きるでしょう」

「独善的です」

 メリィさんの反論にもシンディさんは屈しなかった。

「然るべき研究が終われば返還も検討します。そんなに返したいならあなたがこの博物館に勤められる内に成果を上げればいいのですよ」

 博物館に勤められる内に。そっか。国営博物館の職員って役人様だわ。末端の役人は守秘義務の都合上、三年に一度職場が変わるんだった。

「メリィさんはこの博物館に勤めてからどれくらい経っていらっしゃるの?」

 私が訊くと彼女は答えた。

「二年半です」

 じゃあ、もうすぐここを離れなきゃいけないのね。

 人形技師的にこの職場環境がどうなのか、私には判断しかねた。純粋に技術を研究したいだけの人間ならもっと最前線へ行くか、融通の利く上層部へ行くことを望むはずだと思う。現にシンディさんは上層部に行って自由を得ることを選んだ人間なのかもしれない。メリィさんの仕事への向き合い方がどうなのか、私には分からないが彼女も生き方に悩んでいるのではなかろうか。

 その点、ダスティンさんは楽しそうね、とノートを持った彼のことを見た。すると彼は、ちょっと気まずそうにすると娘にこう告げた。

「これは僕の口から言っていいのか……実は彼女、メリィについては僕も気になっていることが一点ありまして」

 きっと想定外だったのだろう。

 シンディさんもメリィさんも、目をむいて彼のことを見た。

 彼は口を開いた。

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