節分


 ~ 二月三日(木) 節分 ~

 ※十発十中じっぱつじっちゅう

  百パー。ってこと。




 わが校の女子ソフトボール部員数は。

 試合ができる最低数。

 つまり、九人しかいないわけで。


 試合形式の練習をするにも一苦労。

 だからこうして我々の体験参加が歓迎されたわけなのだが……。


「すげえなお前ら」

「まあまあ、そう褒めないでよ、先輩」

「褒めてるわけねえだろ、トンネルクイーン」

「にゅ」

「おまえも胸張ってるんじゃねえぞ。なぜ投げたボールが横に飛ぶ」


 こいつらが運動まるでダメ子さんズだってことは重々承知していたが。


 それにしたって規格から外れすぎ。


「私たち、スポーツと名が付くものはeSPORTS以外からっきしだから」

「にゅ」

「ゲームできる奴は、大概運動得意なはずなんだけどな……」

「あ、あたしは、運動得意なんだけど……」

「ほう? どの口がしゃべり始めましたか?」

「でも、eが付くスポーツだけは苦手だから、今日の結果と相成ります」

「うはははははははははははは!!! ソフトボールのどこに『e』が入ってんだよ!」


 走るだけ。

 泳ぐだけ。


 そんな単純競技以外はまるでダメ。

 平たく言えば運動神経ゼロのこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつと俺と。

 丹弥、朱里、にゅの拗音トリオ。


 部活探検同好会の五人プラス。

 ソフトボール部の控えバッテリー。


 そんな七人とソフトボール部員ばかり七人との練習試合は。


 散々な結果で。

 今、幕を閉じようとしていた。


「二十五対三って……」

「保坂一人で守備を全部こなしてた感じだよね」

「まあな。まさかライトの俺がサードゴロを処理してホームで刺すことになるとは」

「攻撃もね。保坂しか点取ってないし。三打席連続ホームランって」

「野球得意なんだよ」


 五回裏。

 最後の攻撃。


 一番バッターだった俺が三本目のホームランを放った後、二番三番が凡退。


 そして、自ら希望して四番バッターになった朱里が。

 最後にひと花咲かせるために。


 今、バッターボックスに立ったのだった。



「……プレイ!」



 審判役の、男子野球部の一年生が手をあげると。

 エースピッチャーがサインを交換して振りかぶる。


 相手は素人だから。

 そんな気持ちが容易に伝わって来る白球は。


 なんの小細工も無しにど真ん中。

 ベースの上を通りすぎると。


 キャッチャーミットの中に収まった。



「ストライク!」



 拗音トリオと秋乃には。

 全ての球がど真ん中ストレート。


 でも、決して舐め切っているわけではなく。

 バットを限界まで短く持った朱里のスイングは。


 ミットから発せられた快音よりかなり遅くベースの上を通過していた。


 ……だが。


 そんなシーンを見た部員の子が。

 意外なことを言い始める。


「新田さん、筋いいわよね」

「え? あれのどこが?」

「私もそう思います。守備も上手だったし、それに何より真剣ですしね」

「……まあ、真剣なのだけは認めるが」


 言われずとも気付いていたんだが。

 遊び半分だった俺たちと違って。


 あいつは終始、真剣に取り組んでいた。


 ……なんでだろ?


「丹弥。あいつ、ソフトボール好きなのか?」

「どうだろう。でも、今日の部活をすごく楽しみにしてたのは確かだよ?」

「にゅ! にゅー!」

「え? そうなんだ。そんなに事前練習してたんだ」

「こら、ゆあ語をちゃんと通訳しろ。どれだけ練習したのかまるで分からん」


 でも、口を開きかけた丹弥の。

 通訳は必要無かった。


 タイムを取って、何度も素振りをする朱里の口から。


「くそう……」


 本気を表す言葉が俺たちの耳に届く。


 さすがに不真面目な態度を改めた俺たちが見守る中。

 さっきより、さらに短くバットを握った朱里のスイングは。



 カッ!



 辛うじてボールの端を捉えて、その軌道を変え。

 キャッチャーのプロテクターに鈍い音を立てさせることとなったのだ。


「おっ? おしい! いいぞ朱里!」

「しゅり! 頑張れ!」

「にゅー!」

「朱里ちゃん……!」


 ノーボール、ツーストライク。


 最後の一球の前に、再びタイムを取った朱里がバッターボックスを外れる。


 小柄な体にぶかぶかなヘルメットをかぶり直して。

 二つ折り込んだ袖をもう一つ捲ってから、バットを絞るように握り直して。


 そして、膨らませた頬から鋭く息を吐き出すと。

 戦いの場へその身を滑り込ませたのだった。



「…………プレイ!」



 足下を何度も踏み固めて。

 バットを見上げるように掲げて、グローブからぎゅっと音を鳴らすと。


 まるで奥歯の軋みが聞こえて来るかと思うほどの眼光でピッチャーを見据えながらバットを構えた。


 ……その集中力が。

 時をゆっくりと引き延ばす。


 朱里の視線は、投球モーションから離れることは無く。

 白球が指先から放たれたタイミングで、スイングを開始する。


 無限に引き延ばされた時間の中で。

 バットは、ぴたりとボールの軌道に重なっていく。


 タイミング。

 スイングの位置。


 朱里の渾身が込められて、振り抜かれたバットは。



 とうとう。



 盛大な音をグラウンド中に響かせたのだった。



 ぼすん!



「ぐにょーーーーーーっ!! お、お腹打ったーーーーっ!!」

「あるー! バット短く持ち過ぎだって! 大丈夫か!?」

「ス……、ストライク。ごめんだけどバッターアウト」


 みんなが笑いをこらえながらも駆け寄って。

 うやむやのうちにゲームセット。


 なんだか締まらない結果に終わっちまったんだが。

 そんな中、部長が朱里に手を差し出しなら話しかけて来た。


「新田さん。ひょっとして、ソフトボール好きだったりする?」

「あ、えっとですね。小さなころ、テレビで両親と一緒に見てからずっと、秘かに憧れていたんですよ!」

「そうなの? じゃあやってみればいいのに」

「いやいやいや! でも運動嫌いだし苦手だし下手くそだし!」


 事実ではあるが、謙遜する朱里に。

 そんなこと無いよと声をかける女子ソフトボール部の面々。


 そして誰かが、ああそうだと手を叩くと。

 急に全員の目の色が輝き出した。


「新田。お願いがあるんだが」

「おお、いいアイデアだ」

「へ? なんですか?」

「あのね、朱里ちゃん。今度の試合、あたしの代わりに出てくれない?」

「にょー!? なに言ってんの!?」


 突然の話に。

 朱里ばかりじゃなく、俺たちも声をあげて驚いたんだが。


「用事が出来て、対外練習試合をお断りすることになりそうだったんだけど……」

「新田が代わりに出てくればひと安心!」

「下手でもいいんだ。負けてもいいんだ」

「その代わり、全力でプレーしてくれよ?」


 あまりの熱意に負けた。

 そんなふうには見えなかった。


 朱里は確かに、胸の内にくすぶっていたものに自ら風を吹き込んで炎を燃やし。


「で、出てもいいんですか?」


 部員のみんなを大喜びさせる。

 そんな結論を出したのだった。


「でも、その試合だけってことで……。運動は嫌いなんですよ」

「ああ、いいよ?」

「じゃあ部活のある日は連絡入れるから!」

「ってことで。二次会やるか?」

「お? あれか?」


 急に二次会とか言い出したみんなが。

 なにをするのかと思えば。


 キャーキャーとグラウンドを走り回って。

 マスに入れた豆を持っての豆まき合戦。


 やれやれ。

 そんな暇あったら、こいつに練習させてやれよ。


 でもこれくらい気楽な部なら。

 こいつが混ざっても問題ないか。


「……ねえ、先輩?」

「ん? おお。言いたいことくらい分かるぞ?」

「にょー!? じゃあ……」

「ああ。練習付き合ってやるから安心しろ」

「はい!」


 変なとこ真面目だからな、こいつ。

 絶対そう言うと思ってた。


「でも……。お前ら三人、いや、秋乃も含めて四人か。運動神経が体中至る所で蝶々結びになってるからな。まともにボールも投げられないんじゃねえの?」


 そんな軽口をたたいた俺を。

 四人の鬼が、マスを持って囲む。


 そして、逃げ惑う俺に。

 見事に豆をぶつけてくるのだった。


「お前ら、スポーツ苦手属性はどこ行った!?」

「だってこれ、スポーツじゃないし」

「遊びだし!!」

「にゅ!」

「そんな屁理屈ある!?」



 ……さて。

 ひょんなことから、また課題が増えちまったけど。


 いくつも課題抱えて、ちゃんとこなすことが……。


「いてっ! いてててててて!」



 ……ほんと。

 大丈夫かな、俺。

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