黒百合



 貴女が恨めしい。いつまで私の心に居座るつもりなの、どうか出ていって。


 初めて出会った時、貴女は教室の隅で隠れるようにして小説を読んでた。それは長編小説で、格好つけてるなと思ったの。私はそんなものつまらなくて読めないから、なんだか腹が立って貴女を嘲笑った。


 どうしてそうやって格好つけてられるんだろうね、隅っこにいたってあなたの存在が消えるわけでもないのにどうしてそんなところにいるの? って。


 私はクラスでも中心にいるタイプだったから、私が貴女の悪口を言えば全員が合わせるように貴女を非難してた。それでも貴女は動じずただ本のページを捲るだけ。なんとか言ってみなよ、と呼びかけるとようやく顔を上げた。


 その時の貴女の目、今でも覚えてる。私達を強く睨んで、邪魔するなとでも言いたげで。その目線は、冷たくて痛かった。



 そこからよね、私は貴女が怖くなってよりひどくいじめるようになったの。自分では手を下さず、取り巻きに全てやらせた。一番貴女が怒ってたのは、いつも読んでいた小説に水をかけたこと。


 その時もやっぱり私を睨んで、……すごく怒ってた。低い声で、「クソが」って言ったでしょ。本当に怖かった。得体のしれない何かを相手しているみたいだった。



 貴女は決して私に屈服しなかったし、媚びへつらうこともしなかった。


 でも、急に態度が変わった。この一年間、貴女は急に私に寄ってくるようになったから、最初は怖くてしょうがなかったの。何か考えがあるんじゃないかって思って。


「今まで冷たくしててごめんね……? 本当はずっと仲良くしたかったの」


 貴女は見たこともないような微笑を浮かべてそう言った。いつも怒りと冷たさがあったはずの目にはもう何もなくて。私はもう意味がわからなかった。


 それを言ったの、ちょうど私が新しいクラスで浮いてきてた頃だったよね。だから突き返すこともできなかった。なんなら、私には貴女しかいなくなってしまったの。



 ねえ、もしかしてそれも分かってたの?


麗愛れいあちゃん、こっち!」


 貴女は一人になった私と常に一緒に行動してくれた。あの頃は見ることもなかった笑顔が、徐々に私の心を蝕んでいった。


 貴女と過ごせば過ごすほど、他の友達が減っていくのに気付いてた。でも、そんなのどうでも良くなるくらい貴女に夢中だったの。貴女からしたら笑えるでしょ?


 過去のいじめも帳消しにできるほどの繋がりなんだと思い込んで、依存してた。今思えばそんなわけないのにね。



 この感情が友情を超えてしまっていたのは、いつからだろう。依存なんだろうけど、私はこれを恋だと勘違いしちゃったみたい。しかも、それを貴女に伝えるなんて馬鹿なことをしたせいでこんなふうにまだ貴女に縛られているの。


 ねえ、責任を取って。



「あのね……私、あなたのこと好きかもしれない」


「……ははは、馬鹿。今までずっとそう思ってたの? 気持ち悪いね。許されたとでも思ってた? 本当に馬鹿。そう言ってくれるのを待ってたんだよ。あんたのことなんか大っ嫌いだ」


 貴女は化けの皮を脱ぎ捨てた。私を侵食しておきながら突き放すなんてひどい人。でも同じくらい自分がひどいことをしたって分かってる。ただ呆然として何も言えなかった。


 ちきちき、とカッターナイフの刃が出てくる音がした。はっと自我を取り戻したときにはもう遅かった。


「は、ははははは!! ははははははははははははははははははは」


 貴女は何度も、何度も刃を首に刺し続けた。笑い声をあげながら。溢れ出てくるものを私は眺めているだけで何もできずにいた。だってそうでしょ、仮にも好きな人が目の前で死んでいくのを見てまともでいられるわけがない。



 これは貴女なりの、最上級の復讐だった。私を貴女に依存させて、自分は死ぬことでずっと苦しませ続ける。どうしてこんなこと思いつくのか、なんて到底わからない。




 思い出せば思い出すほど、これは恋だったような気がしてくる、だからまた苦しくなる。貴女は本当にひどい人。そして私も同じ。


 黒百合に永遠の誓いを。貴女の呪いを、恨みを、返してあげる。私と一緒に、貴女も苦しみますように。願わくばまた、地獄で逢いましょうね。



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