第16話 メッセージ

【起きてるか大葉野】


 スマホでSNSの霊源寺のページを眺めていると、山猪からのメッセージ。


【眠るにはまだ少し早い】


 私が返信すると、山猪からはすぐ次が来た。


【おまえはどう思う 霊源寺の事】

【どうって警察は事故だと言ってる 親父さんはそう言ってた】


【そんな事はわかってる だがおまえはどう思ってる 弁護士だろ 警察の事だって俺より知ってるはずだ】

【返信早いな パソコンで打ってるのか】


【茶化すなよ】

【いや茶化すつもりはないんだが】


 私は、しばらく考えてこう返信した。


【警察の言う事が絶対なら弁護士も裁判所もいらない けど今回は警察の言い分に無理を感じない】

【そうだ完璧に出来上がってる】


【いや完璧かどうかはまだわからんだろ】

【完璧だよ 完璧に決まってる 完璧魔人の仕業だからな】


 その馴染みのある文字列に、私は目を疑った。


【砂鳥がやったって言うのか】

【砂鳥以外の誰がやるんだ】


【何のために 動機は何だ】

【俺たち三人は砂鳥の秘密を知っている】


【確かに秘密は知ってる けどだから殺すっておかしくないか 手間がかかるだけだ 最初から秘密を話さなきゃ何の面倒も起きなかったのに】


 その点は、山猪も考えていたのかも知れない。しばらく間を置いてこう返ってきた。


【霊源寺が砂鳥を脅迫していた可能性は】

【そりゃゼロじゃないだろう でも可能性だけで疑い始めたら収拾がつかなくなるぞ】


【そうだよな 証拠がない以上誰が考えたってそうなる】

【そうだよ おまえ考え過ぎだ】


【まさに完璧じゃないか】

【おまえなあ】


【俺は酒飲んで寝る事にする おまえもとりあえず周囲に気をつけろ】


 それだけ書き込んで、山猪はログアウトした。




 河地善春が美冬に宛てて書いたとされる手紙――シワシワのコピー用紙一枚――に目を通すと、五味はソファに座ったまま照明に透かしてみた。だが、何もおかしな物は発見できない。


「この手紙がアンタの兄貴の書いたもので、その骨壺に入ってるのが兄貴の骨なら、河地善春は九分九厘、ほぼ間違いなく死んでるとしか言いようがないわな」

「やっぱり、そうなんでしょうか」


 向かいのソファに座る河地美冬の目は動揺している。五味は片眉を上げて首をかしげた。

「他にどう言やいい。もし一縷の望みがあるとするなら、そこの坊主が嘘をついてる可能性くらいしかないぞ」


 すると美冬の隣に座る男の子が首を振った。


「嘘はついてません」

「だろうな」


 そうつぶやいて五味は胸ポケットからタバコを一本取り出す。それに目くじらを立てたのが、事務机の椅子に座る笹桑。


「五味さん。マナー、マナー」


 五味は横目でにらみつけると、小さく舌打ちをした。そして美冬にたずねる。


「悪いがタバコ吸っていいかな」

「ええ、私は」


 そう美冬が答えたとき。美冬の隣に座る男の子の腕を、さらに隣に座る目を閉じた女の子がギュッと握った。それが五味の視界に入る。


「どうかしたのか」


 男の子は、申し訳なさそうにうなずいた。


「ごめんなさい、妹はライターの音が怖いんです」

「……オマエ、名前何てったっけ」


 五味の問いに、男の子は真っ直ぐに目を見つめ素直に答える。


「世納春男です」

「妹は」


「妹は世納冬絵です」


 春男と冬絵。善春と美冬。五味はタバコを胸ポケットに戻しながらたずねる。


「それ、本当の名前か」


 世納春男は一瞬驚いた顔を見せたが、首を振った。


「本当の名前じゃありません」

「何で本当の名前を使わない」


「晋平さん……河地善春さんがつけてくれた名前だから。それに本当の名前は、ボクも妹も嫌な思い出しかないから」


 冬絵は春男の腕をつかんだまま身を固くしている。小さく震えているようにも見えた。五味はため息をつく。


「まあ信用はできるだろう。河地善春は死んだ、首をくくって自殺した。それで一件落着だ。俺は何もできなかった、だから報酬を寄越せとは言わない。非常に残念だがね。とにかくアンタと話すのもこれで最後だ。気をつけて帰って……」


「何故でしょう」


 美冬の言葉に、五味の眉が寄る。


「何故?」

「何故、兄は自殺したのでしょう」


「んな事まで知らねえよ。アンタはどう思ってるんだ」

「兄は……兄も、若年性のアルツハイマー病だったんじゃないかと思うんです。父と同様に」


「だったら、それを苦にして死んだんじゃねえのか」

「それだけでしょうか」


 美冬は食い下がる。春男もうなずいた。


「晋平……河地善春さんがどうして死んだのか、ボクも知りたいです。本当に優しくて、暖かくて、妹が笑えるようになったのも、あの人のおかげなんです」


 妹の冬絵はぎこちなく、何度も何度も頭を下げている。何を願っているのかは言うまでもない。


 美冬も頭を下げた。


「お願いします。依頼の内容が変わってしまったのは申し訳ありません。でも、どうか兄の死の真相を調べてください」


 五味は少しイラついてきた。タバコを吸えないだけが理由ではない。


「そうは言うがな、何の手がかりもなしじゃ仕事にならねえんだ」

「兄の手紙には『そうご』という名前が出て来ます。これは砂鳥宗吾さんの事だと思うんです」


 美冬の言葉に、五味は顔がこわばって行くのを感じた。


「私、砂鳥宗吾さんに会ってみようと思います。お願いです五味さん、一緒に来ていただけませんか」

「そいつは無理だな」


 五味は腕を組んで天井を見つめている。しかし美冬は引き下がらない。


「追加料金が必要なら支払います。だから」

「金の問題じゃねえよ」


 それは断固たる拒絶。


「命の問題だ」


 天井に向けたままの目に、苦悩と怒りが浮かんでいる。


「アンタも悪い事は言わねえ、この件はもう終わったんだ、あきらめて手を引きな。自分の仕事を頑張った方がいい」


 しばしの沈黙の後、美冬は立ち上がった。その目に悔しさを浮かべて。


「二人とも、行きましょう」


 玄関に向かって歩き出す美冬を、冬絵の手を引いた春男が追いかけようとした。しかし。美冬の足は止まった。目の前に、横顔を見せて立ちはだかる少年がいたからだ。


 笹桑が驚きの声を上げる。


「ジローくん!」

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