第30話 裏切りの序章
管理局第3課は第42地区のググト集団をせん滅する作戦を実施した。だが情報が筒抜けだったらしく、作戦は失敗した。私は内通者を探すため調査を始めた。・・・ググトのいる平行世界の「私(星野管理官)」の話。
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その日、管理局第3課は緊張感に包まれていた。それは第42地区のググト集団をせん滅する作戦をいよいよ実施するからだった。この計画は数か月前から綿密に練られ、ようやく実行する運びになった。これがうまくいけば集団で人々を襲う42地区のググトをすべて仕留められる。
時計を見ると、マサドの捜査員が奴らのアジトに突入する時間となっていた。責任者の私は朝から落ち着かず、椅子から立ち上がって歩き回っていた。少し時間がたったがまだ連絡はない。
「ルルルル・・・」
ようやく電話が鳴った。秘書の日比野君がすぐに受話器を取った。
「星野管理官。お電話です。 荒木主任からです。」
私は受話器を受け取った。作戦が成功したと期待しながら・・・。だが受話器から聞こえる声は予想外のものだった。
「作戦は失敗です。突入しましたが、奴らのアジトはもぬけの殻でした。しかも爆弾が仕掛けられており、マサドの捜査員がかなりやられました。」
「なに! 失敗した? それで。」
「病院に搬送中です。かなりの重傷を負った者もいるようです・・・」
私は報告を聞いて愕然として受話器を置いた。私は何も言えずにため息をついていた。その様子から他の者も作戦の失敗を感じ取り、第3課は重い空気に包まれた。
(どうしてだ? 作戦は完ぺきなはずだ・・・)
私は唇をかんで思い返した。
幸い死者は出なかったが、捜査員の中にはかなりの重傷もいた。私はすぐに病院に駆け付け、彼らを見舞った。ベッドの上で彼らは体中、包帯で巻かれ、激しい痛みに苦しんでいた。私は彼らにすまない気持ちで一杯になっていた。
「すまない。私の責任だ。君たちにこんなケガを負わしてしまって・・・」
私は頭を下げて彼らに謝った。
「管理官のせいじゃありません。我々はマサドです。こんなことは覚悟の上です。それよりもこの仇を取ってください。お願いします。」
「こんなケガ。すぐに治ります。だからまたすぐに復帰してググトを叩きのめしますよ。」
ケガをした捜査員たちは私をなじるどころか、私に心配かけまいと笑顔を向けてくれた。私はまた深く頭を下げて病室を出た。
彼らはマサドでも管理局専属の特別なマサドだった。特殊な訓練を受け、積極的にググトの捜査をして仕留める者たちだ。マサドのエリート中のエリートと言っても差し支えない。これほどの数の者がやられたのは痛い。今後のググト対策に大きな支障をきたす。
ググトは通常、単独で行動する。だがこのググトたちは違う。集団になってある地域の人を襲う。我々は『イケ42』とその集団を呼んでいた。その手口は巧妙かつ大胆。どんなに街を警備してもその裏をかいて、人通りの多いところで次々に人を襲って、その血を吸っていく。今回はさまざまな情報を集めようやく『イケ42』の巣を探り当てたのだ。計画ではマサドが突入してその場のググトをせん滅するはずだった。
(奴らは突入するマサドを感知してわなを仕掛けていたのか?)
私は考えた。しかしそれは通常では無理だった。今回の動きは事前に準備したもののように思えた。それにはこちらの動きを正確につかんでいないと・・・。作戦の日、時間、場所、突入する人員、方法・・・どれか一つでも欠けていればこんなことにはならなかっただろう。
その日、私は皆川部長に呼び出された。彼は管理局の幹部の一人だ。デスクに座り、報告書に目を通すと私に言った。
「星野君。どうなっているのかね? 『イケ42』のググトたちにいつもいいように振り回されているし、その挙句に作戦は失敗。負傷者も多く出ているそうじゃないか。」
「申し訳ありません。」
「私は君に期待しておったのだよ。だがこんなことでは君には責任を取ってもらうことになるかもしれんがね。」
私は皆川部長に言われなくても責任を感じていた。だが辞める前にやっておかねばならないことがあった。
私は内通者の存在を疑っていた。捜査員にも直前まで情報を伝えていない。事前に今回の作戦の情報にアクセスできたのは私と第3課々長の野村、主任の荒木、事務官の遠山、そして管理局の幹部だけだ。このうちの一体誰が?
調査は誰にも知られぬように秘密裏に行う必要がある。だが一人では無理だ。そこである男に目をつけた。管理局地方分署地域課、そこは捜査活動をサポートする。聞こえはいいが単なる雑務を処理する部署で、本局では使えない者が行くところだ。そこに和田という男がいる。
私は早速、地方分署に行き地域課を訪れた。和田に会うためだ。そこは本局とは違い、雑然としていた。私が窓口で名を告げ、和田はいるかを尋ねた。するとそこの課長が
「おい、和田。お客さんだ。本局の管理官殿だ。」
と呼んでくれた。すると、
「へえ。そうですか・・・」
和田は出て来た。ボサボサの頭にヨレヨレの服、そしてけだるそうな顔をしていた。この男が数年前までは管理局第1課のエースとして活躍したと言っても誰も信じられないだろう。彼はあることのためにここに転属になっていた。
「久しぶりだな。」
「星野さんでしたか。一体、こんなところまで来て何の御用ですか? 本局の管理官というお偉い方が。」
和田の言い方には棘があった。確かにそう言われても仕方がないだろう。だが今は和田の力が必要なことは確かだ。ぜひ協力してもらわねば困る。私は会議室を借りて彼に話をした。
「力を貸してほしい。実は・・・」
私は事のあらましを和田に伝えた。彼は考え込んでいた。
「少しばかり難しいかもしれません。一体、どうやって内通の証拠をつかむか。疑いだけでは逃げられてしまいます。」
「それはわかっている。しかしやらねばならん。このままではググト集団の被害が大きくなる。それにはどうしても君の力が必要なんだ。」
私は彼の目を見てそう訴えた。彼はそれでも迷っていたが、しばらく考えた後にやっと返事をくれた。
「わかりました。お手伝いします。」
その日から和田は管理官付き事務官として本局に戻った。そこからさまざまな資料を取り寄せて調べ始めた。捜査資料から個人の経歴、経費に至るまで。それは秘書の日比野君が手配してくれた。管理官室は膨大な資料の山に占領されていた。
日比野君がそれを整理し、私と和田で目を通していった。特に和田はてきぱきと次々に資料を処理し、怪しいところをチェックしていった。
和田は頭が切れることで有名だった。しかし経費を水増ししたとかで地域課に左遷させられていた。だが私は、彼が何か管理局の不正をかぎつけたため、誰かにはめられたのではないかと思っていた。またその不正をもみ消そうとした上層部の圧力も確かにあったのだろう。そのため彼は本局の上層部に不信感を持っていた。私を含めて。
「さあ、どうぞ。」
日比野君が気を利かしてお茶を出してくれた。和田は、
「ありがとう。」とお茶を飲みながら、端末でデータベースの情報を調べていた。すると急に
「これは!」
と和田が声を上げた。日比野君は驚いて振り返った。
「どうかされたのですか?」
「いや、見つけたんだ。裏切りの証拠を!」
私は和田のそばに行った。
「何かわかったかね?」
「ええ、これを見てください。」
和田が見せたのは事務官の遠山の本局データベースへのアクセス記録だった。
「これとこれ。改ざんの跡が見られますが、元の記録がバックアップに残っていました。明らかに不正アクセスです。幹部クラスの閲覧制限の様々な情報にアクセスしている記録があります。」
「確かにそうだ。すると遠山が・・・」
「まだ断定はできませんが、恐らくそうでしょう。」
「では遠山を呼んで確かめるか。これほどの証拠があれば。」
私はこれで解決すると思った。しかし和田は首を横に振った。
「これだけでは証拠になりません。いくらでも言い逃れはできます。しかし方法があります。」
「それは?」
「偽の情報をでっちあげて罠にかけるのです。そうすればはっきりします。ばれてないと油断しているからきっと罠にかかりますよ。」
和田は自信満々に言った。そこでググト対策の偽の警備情報をデータベースにあげた。これは極秘で限られた者しか見ることができない。これを見ればググト側に情報を伝えるために動く・・・そう踏んでいた。和田と日比野君は局内で遠山の行動を見張ることになった。
やがて遠山のIDでデータベースのアクセスした跡が見つかった。遠山が動き出すのはもうすぐだ・・・私は確信し、遠山の行動に注意した。和田も遠山の監視を続けていた。
すると案の定、遠山は動いた。嘘の外出届を出して管理局を出た。
「よし、動き出した。追うぞ!」
私と和田は後のことを日比野君に任せて、遠山を尾行した。元々、私と和田は警視庁からの出向組だ。それまでは犯罪捜査の部署にいた。だからこんなことはお手の物だ。ただし危険が伴うかもしれないのでレーザー拳銃を携帯していた。これはググトにもある程度有効だ。
遠山は誰かに尾行されていないか、何度も何度も振り返り、また周囲を警戒しながら歩いていた。
(間違いない。このまま奴らと接触するはずだ。)
私は確信した。そしてそのまま遠山の後をつけた。だがそこでへまをやってしまった。私たちの尾行に遠山は勘づいてしまったのだ。遠山は焦った顔をして急に走り出した。そして曲がり角を何度も何度も曲がり、明らかに私たちをまこうとしていた。
私と和田は必死に遠山を追った。しかし途中で見失ってしまった。
「まかれたか。」
「残念です。でもこれではっきりしました。内通者は遠山です。後は証拠をどう固めるかです。」
和田の頭には考えがあるのだろう。私たちはこれからの調査のことを話しながら本局に帰ろうとしていた。だがすぐに事件は起こった。いきなり向こうの方から、
「うわー!」
という悲鳴が聞こえた。それは遠山の声に似ていた。私と和田は顔を見合わせた。
「行くぞ!」
私たちはその悲鳴がした方に走り出した。するとそこには廃工場と思われる古い建物があった。私は和田に目で合図を送り、レーザー拳銃を抜くとそのまま慎重に廃工場に入っていった。
いつ襲われるかわからず、周囲を見渡しながら進んでいると、その先に人がうつ伏せに倒れているのが見えた。私たちは慌てて駆け寄った。そしてレーザー拳銃をしまうと、抱き起こして仰向けにした。
「遠山!」
顔を見ると確かに遠山だった。だが頭を割られてすでに死亡していた。これはググトの犯行ではない。人が鈍器で殴ったあとだ。確かに近くには大きめの石が転がっていた。和田は遠山の服のポケットを探ってみた。するとデータベースから引き出した偽の情報のメモが出て来た。
「このメモを奪っていません。ここに来てすぐに殺害して逃げたのでしょう。」
和田が言った。遠山は殺されてしまった。目をつけられているのを知って共犯者が殺害したのか・・・。
「とにかく本局に連絡しよう。」
この殺人事件の捜査権は警察ではなく、管理局が持つだろう。情報漏洩が関わっていることだから。私は無線で連絡しようとした。だがその時、
「そのまま動かないでください!」
と後ろから声をかけられた。振り向くと2人の男がレーザー拳銃をこちらに向けていた。
「佐山と山田か。 私だ。星野だ。」
それは本局のマサドの捜査員だった。普段はググト事件の捜査をしているはずだが・・・。私が立ち上がろうとすると、佐山は、
「動かないでください。本当に撃ちますよ!」
と警告した。その顔には緊張感がみなぎっていた。
「星野管理官。あなただったのですね。遠山を使って情報を漏らしていたのは。でもばれそうになって口封じに遠山を殺ったのですね。」
佐山と山田は私を犯人と思っているようだった。私は反論した。
「違う! 情報漏洩が遠山によって行われると思ってここまでつけてきたんだ。だが途中でまかれて、悲鳴を聞いて駆け付けた時にはもう遠山は殺されていたんだ。」
「言いたいことがあれば本局の取調室で聞きます。もう一人の人も。」
彼らは私と和田に手錠をかけた。私と和田は内通者を捕まえるどころか、まんまとはめられてしまったと。だがこれではっきりした・・・。
―――――――――――――――
出張から戻ってきた皆川部長は佐山から電話で報告を受けた。内通者の星野管理官と和田を逮捕したと。あろうことか2人は共犯の遠山を殺害していたことも。
「そうか。よくやった。遠山が殺されて口をふさがれたのは残念だが、これで全容が解明されるだろう。」
皆川部長はそう言って電話を切った。その顔は不気味に笑っていた。
「これで邪魔者はいなくなった。」
そう言いながらパソコンを開いた。するとまた新たな機密情報が載せられていた。
『今夜、本局の総力を上げてググト集団の隠れ家と思われる場所を一斉捜査する・・・』と。
「今夜か。それは急だな。」
皆川部長はそう呟いた。秘密裏に行われる捜査だから直前にならないと捜査員には知らされないだろう。この情報は貴重だ。幹部の私でもセキュリティーのロックを不正に解除しないと見ることはできない。これを自分でやるのは面倒だが仕方がない。
彼は何食わぬ顔をして、得られた情報をメモにしてポケットに突っ込んだ。そして気分が悪いから早退すると内線で秘書官に伝えると、そのまま本局から出ていった。
皆川部長は周囲を警戒しながら、タクシーを乗り継ぎ、そしてしばらく歩いてある場所に着いた。そこは古い洋館だった。皆川部長は静かにドアを叩いて潜めた声で言った。
「開けてくれ。皆川だ。」
すると自分の背後に人の気配を感じた。すぐに振り返るとそこに4人の人影があった。
「皆川部長。あなただったのですね。」
そう言ったのは星野管理官だった。その横に和田、佐山、山田が並んでいた。
「何のことだ! それより情報漏洩の犯人をどうして放している! 佐山! 山田! 星野たちを捕まえて留置しておくんだ!」
皆川部長が声を上げるが、佐山も山田も動こうとしない。
「あがいてももう無駄です。すべてが露見しました。ググト集団『イケ42』に情報を渡していたのはあなただ! 私と和田が佐山につかまった後も秘書の日比野君にまた偽情報を上げさせたのだ。新しい情報が出れば、私たちが捕まったことに油断して自分で情報を届けると思っていました。伝達役の遠山はあなたが始末してしまったから。」
星野管理官は静かに言った。皆川部長はうろたえて、「どうなっている!」と佐山と山田を見るが、2人は皆川部長を厳しい目で見ていた。
「あなたから星野管理官をマークするように言われて、すぐに遠山が殺されたので少しおかしいと思っていました。あまりにも事件が出来過ぎているのです。遠山が殺された時刻、あなたは本局におらず、出張からの帰りで確実なアリバイもない。だから疑いを持って4人で密かにあなたの行動をモニターしていたのです。まさかこんなことになっているとは。皆川部長。あなたを逮捕します。」
佐山は言った。星野管理官は皆川部長に尋ねた。
「どうしてこんなことをしたのです?」
「ふふん。管理局の者だってググトにいつ、襲われるかわからない。その家族もだ。だが『イケ42』のググトは約束したんだ。情報を渡す代わりに私とその家族は襲わないと。だからこの話に乗った。遠山も巻き込んでな。しかし目をつけられたようなので殺した。ついでに嗅ぎまわっている星野と和田もはめようとしたのにな。」
「そんなことをしてググトの被害が大きくなるのはわかっているはずだ。」
「そんなことはどうでもいい。自分たちが助かるのなら。どうせ『イケ42』のググト集団をせん滅することなどできっこないのだから。はっはっは・・・」
皆川部長は不気味に笑った。するとすぐに佐山が大きな声を上げた。
「そんなことはありません! 必ずググトをせん滅します!」
「そうです。我々を見くびらないでください!」
山田もそう言って皆川部長を睨んだ。
「そんなことを言ってもお前たちだけでどうするんだ? ここは『イケ42』の巣だ。殺されるのはお前たちだ。」
皆川部長がそう言うと、洋館のドアが開いて10人程の男女が出て来た。前に立つ4人を嘲るように見ている。
「情報は持ってきた。こいつらを殺してくれ!」
皆川部長がそう言うとその男女はすべてググトの姿になった。
「これでお前たちも終わりだ。私がした証拠も消える。」
「そんなことはさせない!」
星野管理官がそう言うと、彼の背後に30人程の捜査員が姿を現した。管理局の今いるすべてのマサドの捜査員がそろっていた。彼らは、
「エネジャイズ!」「エネジャイズ!」「エネジャイズ!」・・・・
次々にマサドに変身した。そしてググトたちを完全に包囲した。
「これは一体・・・」
唖然とする皆川部長を前に星野管理官が言った。
「こんなことだと思って、マサドはすべてここに集結させた。『イケ42』をせん滅するためにだ。」
「くそっ!」
皆川部長はそのまま逃げようとしたが、その前にググトにつかまった。
「下手打ちやがって!」
「ぎゃあ!」
そのググトはまず皆川部長を血祭りにあげた。そして破れかぶれでググトの集団がマサドに向かって来た。
戦いは凄惨を極めた。だが数に勝るマサドはすべてのググトを葬ることができた。マサドの被害は思ったより軽かった。ググトは泡になって消え、その後には皆川部長の亡骸だけが残された。
――――――――――――――
戦いは終わったが、手放しで喜べる状態ではなかった。私は思っていた。
(ようやく『イケ42』のググト集団をせん滅することができた。これで街の大きな被害は少なくなる。しかしググトは社会全体に広がって存在する。完全に制圧するまでにはどれほどかかることか・・・)
私の前にはググトに内通した皆川部長の亡骸が悲惨な状態で転がっていた。
(ググトに脅されればそれに抗うのは難しいだろう。大事な家族の命がかかっているとしたら・・・。これは皆川部長だけのことでないかもしれない。もしかしたら他の者も・・・。そしてこれからも・・・)
私は皆川部長だけを責めることはできなかった。
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