第8話 偽の親子

 平行世界から飛ばされてきた百合子はググトだった。彼女はこの世界で不自由なく日常生活を送っていたが、アパートの前の一軒家に住む愛子という子供のことが気になっていた。それは・・・


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 百合子は目覚めた。今日は今までとは違うすがすがしい気分で朝を迎えていた。起き上がってみるとそこは自分の住んでいたアパートの1室だった。だが彼女には自分の身の回りが変わっていることに気付いた。


「似ているけど、違う! こんなにものが置いていなかった。」


 その部屋には生活用品があふれていた。しかし本当の彼女の部屋には殺風景なほど何もなかったはずだった。


「まるで人間が住んでいた部屋みたい。」


 玄関のドアを開けると、アパートの前には見知らぬ大きな一軒家が立っていた。


(こんな家あったかしら?)


 記憶を思い起こしていた。だがいくら考えても昨日にはそんなものはなかった。


(何かが違う・・・)


 百合子は冷静に周囲を見渡し、またテレビや机の上にあった小さな画面の機械を操作して情報を集めた。


(別の世界に来てしまった・・・ここはもともとググトがいない世界。マサドもいない。)


 彼女はそう思ったが、それがどうして起こったかは分からなかった。


(まあいいわ。今のまま生活してみましょう。)




 彼女の擬態した人間の外見は30歳過ぎの地味な女性だった。彼女はあることがあってググトであることが嫌になり、せめて普通の人間と同じように生きたいと思った。それで今までググトであるのを隠して、「板垣百合子」としてこのアパートに住んで、パートで仕事をして生活していた。もちろん食事はここから離れた場所で行ったし、彼女のお場合は2、3日に1回で済んだ。慎重に行動していたので、周りの人間に怪しまれることもなく、またマサドにも遭遇することもなかった。


 この世界に飛ばされたものの。ここは百合子にとってより良いものだった。生活は変わらなかったし、元々人間の「板垣百合子」が住んでいたから怪しまれることもないし、何しろマサドがいないのだから安心して暮らすことができた。




 ただ百合子には気になることがあった。アパートの前の一軒家から悲しそうに泣く女の子の声が聞こえていた。母親に叱られているようだが、それは度を越しているように思えた。


「かわいそうに。そんなに怒らなくてもいいのに・・・」百合子はつぶやいた。


 それはだんだん多くなっていた。ある時、百合子が夜に食事のために外に出た時、その女の子が庭の隅に座っていた。また怒られて外に出されていたようだった。それを見て百合子は思わず、その家に近づいた。女の子はうずくまって寒そうに震えていた。


「大丈夫なの?」


 百合子は声をかけた。その声に女の子はびっくりしたようだった。


「ごめんね。驚かして。どうしたの?この寒い中、外にいて。」


 百合子は塀の上から顔を出して優しく言った。


「ママに怒られたの・・・」女の子は言った。


「そう。でもこんなところにいたら風邪をひくわ。私がママに言ってあげましょうか?」


「ううん。いいの。私が悪いから・・・それにもう少ししたらママが中に入れてくれるわ。」


「そう・・・」


 百合子はそう言って顔をひっこめた。私なんかが介入する問題ではないと思っていた。もし大ごとになったら自分の正体がばれてしまうかも・・・という心配があった。だが彼女は気になって仕方がなかった。だからしばらくそこにいて女の子の様子を見ていた。




「ガチャ。」




 裏口とのドアが開いて、母親らしき女が出て来た。


「反省した? もうこれからはいい子になるのよ。」


「うん。いい子になる。」


 女の子は笑顔で言った。しかしそれはこわばったものだった。


「じゃあ、中に入りなさい。」


 女が言うと女の子は立ち上がって家に入っていった。


(よかった。)


 百合子はほっと胸をなでおろした。そしてなぜかその見知らぬ女の子に強く気がひかれるような気がしていた。




 実は彼女にも娘がいた。しかし住んでいた家をマサドに急襲され、娘を殺されたのだった。だから幼い女の子を見ると、自分の子と重ね合わせてしまうのだった。


(生きていればもう10歳か・・・)


 それはその女の子と同じくらいだった。


「もう忘れなくちゃ・・・」


 百合子はつぶやいた。その夜、彼女は食事に行くのを止めた。








 次の日、百合子はパートから早めに帰ってきた。するとあの女の子が家の前で遊んでいた。百合子はふと足を止めた。女の子は地面に図形を描いて一人で石けりして、けんけんぱっと飛んでいた。百合子はなぜか、足を止めて女の子を見ていた。


 それに女の子が気付いた。


「昨夜のおばちゃん?」


「ええ、石けり、上手ね。」百合子は笑顔を向けた。


「ママが帰ってくるまで時間があるから、いつもここでこうしているの。」


「そう。ママが早く帰ってくればいいのにね。」


 百合子がそう言うと、女の子は急に足を止めた。


「本当はね。家にあまりいたくないの。」女の子が悲しそうに言った。


「どうして?」


「ママは私が嫌いなの。弟ばかりかわいがって。昼は弟を連れておばあちゃんのところに行っているの。でも私はずっと留守番。」


「そんなこと言うんじゃないわ。ママはきっとあなたのことも大好きなはずよ。」


 百合子は励まそうと女の子の手を取った。すると袖の下に青あざが見えた。そしてよく見ると服から出ている皮膚にも青あざが少し出ていた。


(あっ。この子、虐待されている・・・)


 百合子はとっさに思った。警察とかに通報したらいいのかもしれないが、今の彼女にはそれはできなかった。ただ可哀そうにと思うことしかできなかった、


「また石けり、見せてね。」。


「ええ。いいわ。」


 女の子はまたけんけんぱっと飛び出した。母親が帰ってくるまで家に入れてもらえず、じっと石けりを続ける女の子を見て、百合子は何もしてやれない自分を責めていた。








 百合子はパートの時間をずらしてもらって、早めに帰るようにした。そして家の前にいる女の子と話すようになった。


 女の子は両親と5歳になる弟と住んでいた。父親は仕事が忙しく、女の子と話すことが少ないようだった。母親は幼い弟ばかり手をかけて、女の子はあまりかまってもらえないようだった。だが彼女は母親に虐待を受けていることを一言も言わなかった。


「私がいい子になったら、きっとママは優しくしてくれる。」


 女の子はそう言った。しかし夜にその家から聞こえてくるのは女の子に当たり散らす母親の声だった。


 百合子は女の子から話を聞くたびに胸が締め付けられる気がしていた。それを敏感に感じていた女の子は、


「どうしたの?おばちゃん。どこか悪いの? 元気出して。」と言ってくれた。


(この子のどこが悪いというのか・・・やさしいいい子なのに・・・)


「ありがとう。どこも悪くないわ。優しいのね。ええと・・・そういえばまだ名前を聞いていなかったわね。」


「私は愛子、佐竹愛子よ。おばちゃんは?」


「おばちゃんは百合子。向かいのアパートに住んでいるの。」


 その愛子に百合子は他人とは思えない親しみを感じていた。








 ある夜のことだった。百合子が遠くの町で食事をして帰って来る時だった。その日は寒く、雪がちらついていた。あの前の家を通るとき、彼女はふと庭を見た。




「えっ!」




 そこには愛子がうずくまって震えていた。


「どうしたの?」あわてて駆け寄って尋ねた。


「また外に出されちゃった。私が悪いから・・・」愛子が震える声で答えた。


「もうずっとそうなの?」


「う、うん・・・」愛子はひたすら我慢しているようだった。


「私がママに言ってあげる。これでは風邪をひくわ。」


 百合子はそう言ったが愛子は首を横に振った。


「やめて。ママは悪くないから・・・私が叱られるから・・・」


 それを聞いて百合子は仕方なくアパートに戻った。だがその心の中は愛子ことが気になっていた。いつ、家の裏口が開いて愛子が中に入れてもらえるかを窓からじっと見ていた。だがそのまま家の明かりは消えた。母親は愛子のことを忘れて寝てしまったのだろうか・・・


(どうしよう・・・でも愛子ちゃんはまだ外にいるというのに・・・)


 外は雪がまだ降っていた。百合子はそのままアパートを飛び出した。


 その家の庭で愛子は雪を振り払いながらじっと待っていた。百合子は塀を乗り越えて、愛子を自分のコートに包み込んだ。


「寒かったでしょう。」


 百合子が言ったが、愛子は答えなかった。


「ママに言って家に入れてもらうからね。」


「やめて・・・叱られるから・・・」


 愛子の言葉に百合子は迷った。だがこのままではこの子は凍え死んでしまう・・・。


「じゃあ。おばちゃんちに行こうか。それならママに叱られないから。」


「うん・・・」


 愛子はか細い声でそう言った。百合子はやさしく愛子を抱き上げて庭の外に連れ出した。いけないこととはわかっていた。だがそんなことをして後でどんなことになるかを考えることもできなかった。ただ目の前の幼い愛子をそのままにはしておけなかった・・・。


 そうして愛子を自分のアパートに連れて来てしまった。愛子は雪で凍えて寒そうに震えていた。百合子はすぐに冷えた体を温めようとして、濡れた服を脱がせた。そこには無数のあざがあった。


(やはりこの子は虐待されている。こんなにひどく・・・)


 百合子は悲しかった。そんな百合子の様子に愛子は、


「転んだだけ。階段で転んだだけ・・・」と言うばかりだった。そんな愛子を百合子はやさしく抱きしめてやった。そしてその夜は暖かくして一緒の布団で寝た。愛子は安心したようにすやすやと眠っていた。








 次の日、外は大騒ぎになっていた。女の子が行方不明になったということで。


「愛子ちゃん。もう家に帰りなさい。ママが心配しているようだから・・・」


 百合子は言った。だが愛子は首を横に振った。


「いや。もう帰りたくない。あの家に。」


 愛子はきっぱりと言った。


「でもママが・・・」百合子が言いかけると、


「ママなんか嫌い! おばちゃんが好き。お願い。一緒にいさせて。いい子でいるから。」


 愛子は悲しそうに言った。それを聞いて百合子は愛子を抱きしめた。


(いいわ。この子は私が守る。)


 なぜかわからないが、百合子はそう決心した。ここにいるとすぐに警察に見つかってしまうため、愛子とともにそっとアパートを抜け出した。




 百合子は愛子を連れて雪がちらつく中、あちこち逃げ回った。誰かに見つかれば引き離されてしまうと・・・。それは愛子も同じだった。彼女は百合子から離れまいと必死に手をつかんでいた。


 百合子は逃げる場所に当てがあった。少し遠くだが廃工場の建物があった。そこなら、まだ電気や水道が通っており、誰も寄り付かないことを。


「もう少しよ。もう少し頑張って!」百合子は愛子に声をかけた。愛子は疲れているはずだが、にっこりと微笑みかけていた。










 アパートの前の家では警官や刑事が集まっていた。その家の夫婦はそれをうっとうしそうに見ていた。静かな休日を過ごすはずが、あの子のせいで台無しだと・・・。


「もう本当に厄介な子だから!」母親はイライラしていた。


「そう怒るな。そのうち見つかるさ。」父親は暢気そうに言った。だが2人は恐れていた。愛子に虐待をしてきたのが世間にばれることが・・・よい家族、理想的な家族で通してきたのに、これではプライドがずたずたになってしまうと・・・。


 警察にはちょっと目を離したすきにいなくなった。誰かが家から愛子を連れ出した…とだけ言っていた。そのため警察は誘拐事件が起きたと動き出したのだった。




 警察は近所に聞き込みをして、怪しいと思われた百合子のアパートに踏み込んだ。そこにはもういなかったが、愛子と一緒にいた形跡はあった。


「誘拐だ。非常線を張れ!」警察は捜査本部を立ち上げ、百合子たちを追っていた。当初は営利目的と思われていた。だが犯人からの電話は何日たってもかかってこなかった。


(まずい。警察が動いたのが分かったから、女の子を殺して身軽になって逃げたのかもしれない。)


 刑事たちは、最悪の事態を考えていた。それで公開捜査になって百合子と愛子の写真が全国に流れた。


「10歳の女の子を誘拐したと思われる凶悪な犯人です。情報をお願いします・・・」と。






 その頃、廃工場で百合子と愛子は息をひそめて暮らしていた。愛子が食べる分は何とかそこに残された食べものでまかなえた。だが百合子は食事に出るわけにもいかず空腹を抱えていた。だが彼女は愛子がいてくれるだけで満足だった。一方、愛子もこの寒くて暗い廃工場の中でも今までで一番の幸せを感じていた。


「愛子ちゃん。寒いわよ。こっちにおいで。」百合子はコートのボタンを外した。


「うん。」愛子は百合子のコートの中に入り、百合子は愛子を抱きしめた。


「おばちゃん。暖かい。」愛子は笑顔で百合子に言った。2人は身を寄せ合って夜を明かしていた。






 捜査は難航していた。2人の、いや百合子の足取りはどうしてもつかめなかった。手がかりを得ようと警察に百合子の叔父の敬介が呼ばれた。もしかして百合子の行き先を知っているのではないかと。


 敬介は百合子の唯一の肉親だった。本当は平行世界に行ってしまった人間の百合子の叔父だが・・・。彼は今度の事件を知ってひどく胸を痛めていた。


「すまないと思っています・・・百合子は早くに両親を亡くし、私が親代わりに育てました。私のせいです。」敬介が謝るように言った。そんな彼を刑事は厳しく責め立てた。




「あなたの姪の百合子はとんでもないことをしたんですよ。」


「あなたに何か言ってきてないですか? 身内だからと言ってかばわないでください。隠していたらあなたも罪に問われますよ!」


「もしかしたら子供を殺して逃げているのかもしれないのですよ。」


「誘拐犯なのですよ! 凶悪な女です。かばう事なんかない!」




 その心無い言葉に敬介はこらえていたものを我慢できなくなった。




「何が誘拐犯なんですか! 自分の産んだ子を連れて行ったら誘拐なんですか!」




 敬介は声を荒げて言ってしまった。その言葉に刑事は驚いた。


「一体、どういうわけなんですか?」


「言いたくはなかった。あちこちから口止めされていてね。百合子は若い時、男に騙されて女の子を産んだ。しかし金がなく育てられなかったから、仕方なく養子に出したんだ。それがあの佐竹の家だ。だがそこの夫婦に男の子が生まれて、その女の子は邪険な扱いを受けていることを百合子は偶然、知ってしまったんだ。だからあのアパートに引っ越してきっとあの家を見ていたんだ。娘を見守るために。」


「そんなことが・・・」




 それは警察でもつかんでいなかった事実だった。だからと言って法律上は赤の他人であって、誘拐には間違いなかった。しかし我が子を殺すことは考えにくくなった。その時、


「廃工場に隠れているらしい。近所から通報が入った。行くぞ!」と声が響いた。








 百合子は感じていた。この工場に人が近づいてきていることに。


(見つかった。早くここから逃げないと。)


 そう思ったが、もうすでに包囲されているようだった。空腹で目がかすみながらも、横にいる愛子はまるで殺された自分の娘のように思えてきた。


(この子は誰にも渡さない!)


 百合子は愛子を抱きしめた。


 刑事たちは犯人を刺激しないようにゆっくり近づいた。そして百合子を取り囲んだ。


「板垣百合子だな。未成年者誘拐で逮捕する。」


 刑事はそう言って手をつないだ愛子を引き離そうとした。




「いや! 絶対いや!」




 百合子は叫んだ。そしてググトの姿になった。


「ば、化け物!」


 刑事たちは驚いて逃げ惑った。愛子だけでも引き離そうとした刑事もいたが、触手ですぐに吹っ飛ばされた。


 そのググトは愛子を抱きかかえて廃工場から逃げて行った。刑事たちはもう何もできなかった。だがあわてて方々に連絡した。


「犯人が逃走。女の子を連れている。奴は化け物だ。人を襲って血を吸う奴だ。」


 多くの警官が動員された。そしてその噂はあちこちに広まった。人々は化け物を恐れ、家に閉じこもった。








 ググトは百合子の姿に戻った。そして愛子とともに川の橋のたもとに隠れた。こんなに大騒ぎになってもう自分は逃げ切れないと思っていた。それに愛子にググトの姿を見せてしまった。多分、もう私を怖がっているだろうと思っていた。


「ごめんね。おばちゃんはググト、いえ化け物なの。もう嫌いになったよね。愛子ちゃんはもう好きにしてもいいのよ。」


「ううん。おばちゃんはおばちゃんだもの。私はずっとおばちゃんといる。」


 その言葉に百合子は愛子をしっかり抱きしめた。


「ありがとう。ありがとう・・・」


 向こうの世界でもずっと孤独だった百合子は涙が出るほどうれしかった。愛子も百合子に母のようなぬくもりを感じていた。2人は本当の親子になりたいと心の底から思っていた。








 だがその願いはすぐに断ち切られた。涼介がググトを追って彼女らの近くに来ていた。


(この辺りにググトがいる・・・)


 涼介はググトの気配を感じていた。凶悪な誘拐犯があのググトと知って駆け付けて来たのだった。多分、ググトは食事をしていない。このままでは小さい子供であっても空腹に耐えかねて、殺してその血をすすってしまうと。


「そこか!」


 涼介は百合子を見つけた。近くには小さい女の子もいる。一刻も早く助けないと・・・。


「エネジャイズ!」涼介はマサドになった。


「ここにもマサドが!」


 百合子は驚いた。だが愛子を連れてもう逃げることはできなかった。愛子のため、いや2人のささやかな幸せのために戦わねばならなかった。


「じっとしていてね。」


「おばちゃん・・・」


 愛子は不安そうに百合子を見た。愛子にはわかっていた。おばちゃんが自分を守るために、またあの姿になってあいつを追い払おうとしているのを・・・。でも愛子には嫌な予感がしていた。


「大丈夫よ。」


 百合子は愛子を不安にさせまいとにっこり笑った。そしてゆっくりマサドの方に進んできてググトの姿になった。


「ググトめ! いくぞ!」


 マサドがググトに向かって来た。ググトは必死に触手を動かして攻撃した。


「この子は誰にも渡さない。私の子よ。私が守るのよ!」


 ググトはそう叫んでいた。ひどい空腹で力は出ないはずだが、それでも気力を振り絞って必死に戦った。


(こいつ、何を言っているんだ。他人の子供を誘拐しておいて! 早くこいつを倒して女の子を保護しなければ!)


 マサドも女の子を救い出そうと必死になった。


 ググトはよく戦ったが、やはりマサドには敵わなかった。連続パンチを浴びて「バーン!」とマサドのキックがググトを引き裂いた。


「ううう・・・」


 ググトは倒れていった。ググトには自分の娘がマサドの殺された記憶が走馬灯になって見えていた。それは愛子と重なっていた。そして最後に、


「愛子ちゃん・・・」


 とつぶやいて目を閉じた。ググトの体は儚い泡になってやがて溶けて消えていった。


「おばちゃん・・・」


 愛子が飛び出してきた。しかしそこには何もなかった。もうググト、いやあの優しいおばちゃんはいなくなっていた。愛子はその場所にしゃがみこみ、


「おばちゃん、おばちゃん・・・どこいったの・・・帰ってきて・・・」


 と涙を流して呼んでいた。だがあのおばちゃんは現れず、愛子はいつまでも泣いていた。


 マサドは涼介の姿に戻った。彼はその女の子のひどく嘆き悲しむ姿に声をかけられなかった。


(一体、どういうことなんだ。あの恐ろしいググトを退治したのに・・・。ググトのために泣くなんて・・・)


 涼介は何か後味の悪さを感じながらも、彼にはどうすることもできなかった。しばらくして彼はそこから立ち去った。




 その後、愛子は児童相談所に保護された。そして二度とあの佐竹の家には帰らなかった。彼女はまたあのやさしいおばちゃんが迎えに来てくれると固く信じていた。

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